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ゾンビ世界でも慎ましく生きたい  作者: 小説書こう


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5/15

5日目 停電

5日目。


 夜。


 事件は、カレーを温め直している時に起きた。


 ブツッ


「あっ」


 部屋の電気が消えた。


 冷蔵庫の音も止まる。


 テレビも消える。


 一瞬で世界が静かになった。


「……停電?」


窓の外を見る。街灯も消えていた。アパート全体が闇に沈んでいる。ゾンビ世界で停電。字面だけで怖い。廊下から住人たちの声が聞こえてきたため、俺も懐中電灯を持って外へ出る。 ロビーにはみんな集まっていた。ロウソクを並べ、簡易避難所みたいになっている。子供が泣きそうな顔をしていた。おばちゃんが

「大丈夫大丈夫」とあやしている。奏子さんが俺に気づき、少し安心したように笑った。


「五郎さんも来ましたか〜」


「まあ……一人の方が怖いんで」


「ふふっ」


 笑われた。でも事実だから仕方ない。


外からは時々、


「あ゛〜……」


とゾンビの呻き声が聞こえる。暗闇のせいで、いつもより遠く、いつもより近く感じた。


 誰かが小さく呟く。


「停電、いつ直るんだろ……」


 誰も答えられなかった。その時だった。


 ふっ、と。俺の視界の端に光が灯る。


「……え?」


気づけば、ロウソクの火が消えていた。代わりに白い蛍光灯が頭上を照らしている。


 コンビニの自動ドアの音。


 レジの電子音。


 誰かの笑い声。


 ……明るい。


 懐かしいくらい明るい。


「いらっしゃいませー」


 店員の声に俺は立ち尽くす。


 ここは昔よく行ってたスーパーだ。


 パンデミック前の。


 普通だった頃の。


 店内には家族連れ。


 学生。


 仕事帰りのサラリーマン。


 誰も武装してない。


 誰も怯えてない。


 BGMまで流れている。


「…………」


 胸の奥が妙に苦しくなった。


 ああ。


 こんな世界、あったな。


 俺はふらふら歩く。


 弁当コーナー。


 半額シール。


 アイス売り場。


 全部そのままだ。


すると遠くから、女性アナウンサーの声が聞こえた。


『今日も一日お疲れ様でした♪』


 テレビ売り場。


 ニュース番組。


 あの、俺が好きだったキャスターも映っている。


 笑ってる。


 いつも通り。


 “ゾンビなんて存在しない世界”で。


 俺はその場へ座り込みそうになった。


 なんだこれ。


 やめろ。


こんなの見せられたら帰りたくなるだろ。


すると横から声がした。


「前田くん」


その声に振り返る。


土木時代の先輩だった。ヘルメット姿に缶コーヒーを持って笑っている。


「今日もサボってんのか?」


「……っ」


 懐かしい。


 もう会えない人だ。


 感染したって聞いた…


俺は何も言えなかった。先輩は苦笑しながら言う。


「お前、ビビりだけど意外と真面目だったよな」


「……うるさいっすよ」


「ちゃんと飯食えよ」


 その言葉に、妙に胸が詰まる。


 ああ。


 普通だったんだ。


 昔は。


 仕事して。


 コンビニ寄って。


 疲れたって言って。


 明日も仕事かぁって思いながら寝て。


 それだけだった。


 でも今思うと、それがすげぇ幸せだった。


 その時。


 ブツッ。


 蛍光灯が消えた。


 世界が暗転する。


「っ!」


 スーパーが消える。


 先輩が消える。


 明るい世界が壊れていく。


 遠ざかる。


 待ってくれ。


 まだ。


 まだ少し――。


「前田くん?」


肩を揺さぶられた

ハッとする。

おじさんが不安そうにこちらを見ていた。


「大丈夫か? ぼーっとしてたぞ?」


「……ああ」


 俺はゆっくり息を吐く。


外ではゾンビが呻いている。電気もない。未来なんかどうなるか分からない。でもさっき見た“普通の日常”は、やけに温かかった。

その時ブゥン、と電気が戻る。ロビーが明るくなった。


「おお〜!」


住人たちが歓声を上げる。俺は眩しさに目を細めながら、小さく笑う。


「……やっぱ明るい方がいいな」


 そう呟いた瞬間、なぜか少しだけ泣きそうになった。

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