5日目 停電
5日目。
夜。
事件は、カレーを温め直している時に起きた。
ブツッ
「あっ」
部屋の電気が消えた。
冷蔵庫の音も止まる。
テレビも消える。
一瞬で世界が静かになった。
「……停電?」
窓の外を見る。街灯も消えていた。アパート全体が闇に沈んでいる。ゾンビ世界で停電。字面だけで怖い。廊下から住人たちの声が聞こえてきたため、俺も懐中電灯を持って外へ出る。 ロビーにはみんな集まっていた。ロウソクを並べ、簡易避難所みたいになっている。子供が泣きそうな顔をしていた。おばちゃんが
「大丈夫大丈夫」とあやしている。奏子さんが俺に気づき、少し安心したように笑った。
「五郎さんも来ましたか〜」
「まあ……一人の方が怖いんで」
「ふふっ」
笑われた。でも事実だから仕方ない。
外からは時々、
「あ゛〜……」
とゾンビの呻き声が聞こえる。暗闇のせいで、いつもより遠く、いつもより近く感じた。
誰かが小さく呟く。
「停電、いつ直るんだろ……」
誰も答えられなかった。その時だった。
ふっ、と。俺の視界の端に光が灯る。
「……え?」
気づけば、ロウソクの火が消えていた。代わりに白い蛍光灯が頭上を照らしている。
コンビニの自動ドアの音。
レジの電子音。
誰かの笑い声。
……明るい。
懐かしいくらい明るい。
「いらっしゃいませー」
店員の声に俺は立ち尽くす。
ここは昔よく行ってたスーパーだ。
パンデミック前の。
普通だった頃の。
店内には家族連れ。
学生。
仕事帰りのサラリーマン。
誰も武装してない。
誰も怯えてない。
BGMまで流れている。
「…………」
胸の奥が妙に苦しくなった。
ああ。
こんな世界、あったな。
俺はふらふら歩く。
弁当コーナー。
半額シール。
アイス売り場。
全部そのままだ。
すると遠くから、女性アナウンサーの声が聞こえた。
『今日も一日お疲れ様でした♪』
テレビ売り場。
ニュース番組。
あの、俺が好きだったキャスターも映っている。
笑ってる。
いつも通り。
“ゾンビなんて存在しない世界”で。
俺はその場へ座り込みそうになった。
なんだこれ。
やめろ。
こんなの見せられたら帰りたくなるだろ。
すると横から声がした。
「前田くん」
その声に振り返る。
土木時代の先輩だった。ヘルメット姿に缶コーヒーを持って笑っている。
「今日もサボってんのか?」
「……っ」
懐かしい。
もう会えない人だ。
感染したって聞いた…
俺は何も言えなかった。先輩は苦笑しながら言う。
「お前、ビビりだけど意外と真面目だったよな」
「……うるさいっすよ」
「ちゃんと飯食えよ」
その言葉に、妙に胸が詰まる。
ああ。
普通だったんだ。
昔は。
仕事して。
コンビニ寄って。
疲れたって言って。
明日も仕事かぁって思いながら寝て。
それだけだった。
でも今思うと、それがすげぇ幸せだった。
その時。
ブツッ。
蛍光灯が消えた。
世界が暗転する。
「っ!」
スーパーが消える。
先輩が消える。
明るい世界が壊れていく。
遠ざかる。
待ってくれ。
まだ。
まだ少し――。
「前田くん?」
肩を揺さぶられた
ハッとする。
おじさんが不安そうにこちらを見ていた。
「大丈夫か? ぼーっとしてたぞ?」
「……ああ」
俺はゆっくり息を吐く。
外ではゾンビが呻いている。電気もない。未来なんかどうなるか分からない。でもさっき見た“普通の日常”は、やけに温かかった。
その時ブゥン、と電気が戻る。ロビーが明るくなった。
「おお〜!」
住人たちが歓声を上げる。俺は眩しさに目を細めながら、小さく笑う。
「……やっぱ明るい方がいいな」
そう呟いた瞬間、なぜか少しだけ泣きそうになった。




