8.8日目
「……分かったよ。ここでじっとしてるよりはマシ、か」
俺は覚悟を決め、ホルスターにナイフを収め、ハンマーをバイクの後ろにくくり、愛車のバイクに跨がった。その後ろに奏子さんが乗る。
譲はといえば、キャンプ場の脇に隠してあった自身のアフリカツイン(オフロードバイク)を引きずり出してきた。おちゃらけた見た目のくせに、ずいぶんとガチな相棒に乗っている。
「じゃあ、そのお嬢ちゃんは俺の後ろな。お兄さんのバイク、3人乗りじゃさすがにこの山道は上がれないだろ」
譲は怯える少女をひょいと抱え上げ、自分のバイクの後部座席に乗せて手際よくベルトで固定した。少女は相変わらず声も出せないようだったが、譲の背中に必死にしがみついている。
「よし、出発するぞ。遅れるなよ、お兄さん!」
譲のバイクが鋭い排気音を響かせて急発進する。俺も慌ててアクセルを捻り、その後に続いた。
山道は思った以上に荒れていた。ひび割れたアスファルト、行く手を阻むように転がっている落石や朽ち木。それを譲は鮮やかなハンドル捌きでかわしていく。
(クソ、あいつ何者なんだよ……本当にただの猟師か!?)
バックミラー越しに奏子さんの怯えた表情を確認しつつ、俺は必死にハ
ンドルを握りしめていた。手汗のせいでグリップが滑りそうになる。
何より恐ろしいのは、このスピードの中で「アレ」が始まることだった。
(今……今ここで幻覚が始まったら、間違いなく崖から転落して死ぬ……!)
脳裏に、かつてのクソむかつく上司の顔がよぎりそうになり、俺は必死に頭を振ってそれを打ち消した。
「来るな、来るなよ俺の脳みそ……! 今はただの山道だ。目の前にあるのはただの道路だ!!」
「五郎さん……!? 何か言いましたか!?」
後ろの奏子さんが風の音に負けないよう大声で聞いてくる。
「いや! なんでもないです! 舌噛まないように気をつけてください!」
半分泣きそうになりながらバイクを走らせていると、前方を走る譲がチラリとバックミラーでこちらを見て、にやりと不敵な笑みを浮かべたのが見えた。まるで俺のパニック寸前の内心を見透かしているかのような、底意地の悪い笑みだ。
(絶対に信用しきっちゃダメだ、あの男……。でも、今はついていくしかない……!)
恐怖と疑心暗鬼、そして脳内の防衛戦で頭がパンクしそうになりながら走ること十数分。
やがて視界が開け、山の斜面にへばりつくように建てられた、錆びついた鉄製の正門が見えてきた。
廃校になった小学校だ。
譲のバイクがその門の前でスピードを落とし、足を地面につけた。俺も胃がキリキリと痛むのを感じながら、その隣にバイクを滑り込ませた。




