8.6日目
「ひぃっ、ひぃっ、帰るぞ、一旦戻るからな……!」
車が崖下に消え去った恐怖と、少女を抱えた重みで、俺の膝は生まれたての小鹿みたいにガクガクと震えていた。後ろを振り返る余裕なんてない。あの不気味な僧衣の集団が音に気づいて戻ってきたら、それこそ一貫の終わりだ。
俺は少女の小さな手を引っ張るようにして、半分パニックのまま林道をがむしゃらに走り抜けた。
「五郎さん! ……えっ、その子は!?」
キャンプ場で息を潜めていた奏子さんが、ボロボロの俺たちを見て驚愕の声を上げる。
「くるま、くるまが崖から……! それより奏子さん、あいつら、あいつらがいたんだ!!」
俺は少女を奏子さんの腕の中に押し込むように避難させると、その場にへたり込んだ。心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、冷たい汗が全身から噴き出す。
あいつらだ。あのボロボロの僧衣。間違いない。
赤子ゾンビを抱えて勧誘に来たあのイカれた連中——
“救済の輪”だ。
「……救済の輪……」
ガチガチと震える唇から、その名前が漏れ出た。
「え? 五郎さん、それって」
不審がる奏子さんに、俺は首を激しく横に振った。アパートの時は、奏子さんのお願いだからと、土木作業時代の2.7kgのデカいハンマーを担いでビビりながらも追い返した。あの時、女の腕の中で「ギィィァァァッ!!」と暴れていた、目が灰色の赤子ゾンビの姿が、強烈なフラッシュバックとなって脳裏に蘇る。
(あの時は……運良く幻覚が起きなかったから良かったものの、もし今、あいつらが戻ってきて、ここでアレが始まったら……!)
想像しただけで全身の毛穴が開く。ゾンビならまだナイフで戦えるか、最悪逃げられる。だが、この極限状態で俺の脳みそがイカれて幻覚が始まったら終わりだ。もし不気味な僧衣の男たちが急に会社の上司や取引先に化けて「君も救済の輪に入りたまえ」なんてオフィスチェアに座って迫ってきたら、完全に詰む!
「五郎さん、落ち着いてください!」
奏子さんの声で俺はハッと我に返る。幻覚に入りかけてたかもしれない。
隣では、助け出した少女が恐怖に目を見開いたまま、声も出せずに俺たちを見つめていた。ショックが大きすぎるのか、何を聞いてもガタガタと震えるだけで一言も喋らない。
「あのイカれた集団が、すぐ近くの林道を歩いていたんだ……。もし見つかったら、またあの『祝福』とかいうゾンビ噛みつき攻撃を仕掛けてくるに決まってる……!」
俺たちの安全な避難場所だったはずのこのキャンプ場は、一瞬にして、いつ狂信者どもに見つかるか分からない恐ろしい場所に変わった。




