第60話 思惑
登場人物のおさらい
ルキウス・ムカディエ
北の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。兄を退け当主を狙う野心家。奴隷を使い南部を内側から崩そうと画策している。
ロバート・ネッコ
北の大国ネッコ王国第三王子。美姫と呼ばれた第二王妃のを母に持つ美男。ルキウス・ムカディエに協力している。
アダム・ネッコ
北の大国ネッコ王国第二王子。正妃の子。女神様への信仰心が厚い。兄の第一王子を慕っている。
ウルバヌス
神官。ネッコ王国第二王子アダムの側にいる。
北部の大国であるネッコ王国の城の一室で、ルキウス・ムカディエと第三王子のロバート・ネッコが密談をしていた。
「殿下、やっとこの時が来ましたね。作戦が上手くいけば、婚姻する気もない第一王子や、兄の為と尻込みばかりの第二王子を追い落とし、王太子の座は貴方様のものとなるでしょう」
眼鏡の奥に見える碧い瞳を爛々と輝かせ、大袈裟な身振りでルキウス・ムカディエは、軽やかに言葉を紡ぐ。
「その言い様は少々不敬だぞ。まぁ、作戦が上手くいけば、だろう……」
美姫と呼ばれた第二王妃のを母に持つ美しく儚い顔ばせを、僅かに歪めながらロバート・ネッコは、小さく息を吐いた。
ルキウス・ムカディエとは、表向きは違う派閥だが、裏では母の実家の後ろ盾の弱いロバートを何かと支援してくれている。
ロバートが王位を継ぐ事は、見た目とは違い欲深い母の願いだ。
ロバート自身は、王位を喉から手が出る程望んではおらず、愛する母の願いの為と、もしも本当に王位が転がり込めばやぶさかではない、と言った程度の温度感だ。
それに、ルキウス・ムカディエとは取り決めをしている。
仮に作戦が上手くいけば、ロバートの功績とし、失敗した場合は、ロバートの名は一切出さないと。
ロバートに都合の良い取り決めだからこそ、密かに動いてルキウス・ムカディエに協力をしているのだ。
ルキウス・ムカディエは、美しいだけの第三王子ロバート・ネッコを内心嘲笑いながら表情には何の悪意も無いように微笑む。
(扱いやすい駒は、大人しく私の言う事を聞いていれば良いのですよ)
ルキウス・ムカディエにとって、第三王子ロバートは、とても都合の良い駒だ。
美しさだけで第二王妃となったロバートの母親は、王の寵妃でもある。
ロバート経由で、ルキウスの名は出さず、欲深い第二王妃から王へ、ちょっとしたお願いを何度かして貰った。
ロバート自身も、ルキウスの事を都合の良い駒だと思っているだろうが、お互い様であり、何よりどちらが主導してどちらを動かしているかが見えていないロバートの愚かさについ笑いそうになってしまう。
留学生達が、分散して南部各地の先祖の祖国への訪問がやっと叶う。
何年も掛けて育ててきた下賤の奴隷が、やっと役立つ時が来たのだ。
「心配性ですね、殿下は。ですが、慎重な所は良い事かと存じます。ああ、そうです。お聞きになりました? かの聖地で、女神様の加護を受けた聖女が誕生したとか……」
「そうらしいな……。近い内に我が国に訪問されるそうだ」
「そうなのですか! 素晴らしい!」
北部最北端に位置する大神殿の治める“聖地”は、遠い昔、女神様が降臨されたと伝承の残る聖なる地である。
その聖地で、女神様の加護を受けた“聖女”が誕生したとの知らせが届いたのはつい数日前。
噂によると、不治の病を聖なる魔法を用いて癒したのだと言う。
ルキウスは、ロバートを目を細め観察する。
美姫である第二王妃の血を色濃く受け継ぎ、ネッコ王国の貴族の令嬢達が頬を染める美しい容姿。
聖女はまだ少女と言われる年齢だと聞く。所詮、小娘だ。訪問時に、ロバートの美貌の虜になってくれさえすれば、更に第三王子の価値は上がるだろう。
(時期と言い、全てが私の思惑通りに進んでいるとしか思えない)
ルキウス・ムカディエは、輝かしい未来の予感に更に目を細めるのだった。
その頃、神官ウルバヌスも同じ事を考えていた。
(第二王子アダム様と聖女の縁談をどうにか叶えねば……)
聖女誕生の報は、ウルバヌス含め、神殿関係者に大きな衝撃を与えた。
そもそも“聖女”とは何なのか? と知らせを聞いた時は思ったのだが、聖女の功績を聞いて納得した。
この世の魔法は、怪我などの外傷は治せても、病は癒せない。
ところが、聖女は病を癒してみせたのだと言う。
なるほど……確かにそれであれば、女神様の加護だと納得のいく奇跡の所業。
やはり、女神様は同じ黄金を纏う北の我等を愛しておられるのだと感謝の祈りを捧げた。
聖地から知らせを届けた神官に詳細を尋ねれば、聖女は貴族の庶子で、最近まで平民だったのだと言う。
(平民ならその気にさせるのも容易そうだ……。大神殿の意向も探っておかなければな……)
神官ウルバヌスもまた、輝かしい未来の予感に更に目を細めるのだった。
北部最北の聖地にある大神殿。
外の寒さなど微塵も感じさせない温かで豪華な神殿の祭壇前で、少女が女神に祈りを捧げていた。
(やったわ! 私が……私が聖女! ヒロイン間違いなしよっ! 女神様、感謝しますっ!)
その少女は、母親と貧しいが慎ましやかな暮らしをしていた。
ところが、働き詰めの母親が、肺患いと呼ばれる不治の病に侵されたのだ。
町の薬師の元へ駆け込むも、特効薬はないと言う。
日々弱る母親。
そんな時、父と名乗る貴族が家を尋ねてきた。
本妻が亡くなり、愛していた母と自分を迎えに来たのだと言う。
だが、寝台に臥せ、不治の病に倒れた母を見て、父はもっと早く迎えに来ていればと嘆いた。
その様子を眺め、自分は、実は貴族の庶子であったと判明し驚愕した時……前世の記憶が蘇った。
記憶の混乱の中、前世とは違い魔法のある世界であれば、病気も魔法で治せるのでは……? と、少女は母親に手を翳した。
(肺患いって、肺炎かしら? もしかして肺癌とか? とにかく、肺の細胞を修復するイメージよね)
すると、どうだろう。
青白かった母の顔に赤みが戻り、息をするにも掠れていた呼吸が穏やかになったのだ。
奇跡だ! と騒がれ、そこからはトントン拍子に話が進み、少女は貴族となり、大神殿から聖女の称号を与えられたのだ。
(もうすぐネッコ王国に招かれるのよね。王子様三人はみんな婚約者がいないって事は……!)
少女は、信じている。
自分が、前世でよくあった転生聖女のヒロインなのだと。
少女は知らない。
母親の病を治したその前日に、南部で同じ病を治す魔法を創った兄弟がいた事を。
それぞれの思惑を乗せて、時は進む。
大きな世界の流れの転換となるたくさんの運命を一箇所に引き寄せるように。




