第59話 悪い報告
登場人物のおさらい
マーロン
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、三門の出。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
ばぁば
マギュロ家に長年仕える使用人。小柄でふっくらしている快活な老婆。使用人八門、二門の出。リアが七歳の時に亡くなった。
マルコ・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
エリック
エドゥ王国軍人。マルコの部下。涙もろい男。
イーサン
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。南部に協力し、映像と声を届ける魔道具を装着中。
ルキウス・ムカディエ
北の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。兄を退け当主を狙う野心家。奴隷を使い南部を内側から崩そうと画策している。
第三要塞の一室で、マルスの側近であるマーロンが、いつもの如く頭を下げていた。
マルスの尻拭いである。
「敵がいつものように敗走したとは言え、いきなり戦線を離れ、突然指揮権をこちらに寄越し……帰ってきたと思ったら、また同じように一人で突っ込んでいく。お前んとこの次代は一体何がしたいのだ?!」
「申し訳御座いません」
屈強な肉体を持ち、短髪に髭を蓄え、見るからに強面の男、ガレス・ナミャズ。
ガレス・ナミャズは、ナーラ王国最強のナーラ王国軍団長だ。
元は平民で、その類まれなる強さをナーラ王に認められ、平民でありながら王国軍の頂点に上り詰めた男で、ナーラ王への忠誠に厚い軍人だ。
いつ如何なる時も、王の為に強い軍で在る為に、自国の軍人達の練度を上げる事に余念がない。
それが、マルスのせいで機会を奪われこうして何度も呼びつけられ、マルスの代わりにマーロン達側近が入れ代わり立ち代わり怒られているのだ。
しかも、今回は、ばぁば様がお倒れになった件で、マルス様は、軍全体の指揮権を預かっていたにも関わらず、ガレス・ナミャズに指揮権を「急用が出来た。しばらく頼む」と、伝言だけ残し、戦場を離脱されたのだ。
家族ならまだ配慮して頂ける可能性はあるが、ばぁば様は、所詮使用人だ。使用人の為に理由も言わず戦場を離れたと知られれば、マルス様の立場が相当悪くなるのは目に見えている。
「敵を無力化する魔法を試す為だったな……。それなら北の馬鹿共の息の根を止めれば良いものを……見ている限り、そうではない。それに、南部で実戦出来る場がこの南北戦線だけだと言うのに、お前んとこの次代はその機会も奪う。で、一体いつまでこれを続けるんだ?! あぁ?!」
「申し訳御座いません」
マギュロ領以外、領外や他国の軍関係者には、表向き、効率良く敵を無力化する魔法を試す為だと説得し……裏向きには、試せねば、マルス様が何をしでかすかわからないと、理解を求め、どうにかこうにかマルス様が一人敵陣へ突っ込む許可をもぎ取った。
実はそれが、マルス様がマリア様と婚姻を結ぶ為だとはとてもではないが言えず……更に、憎き北に対し、痛みも与えず無力化する魔法を作る為だとは、口が裂けても言えない……。
同じような叱責が各国の軍関係者から寄せられ、側近三人で都度頭を下げまわっているのだ。
ちなみに、マルス様にはこう言う時は一切口を開かせない。本当の理由もきつく口止めしている。
マリア様が少しでも関連している場合、斜め上の理論を展開、口撃する事で、問題が激化してしまうのだ……。
マーロン達に出来る事は、相手が言いたい事を言い終えるまで「申し訳御座いません」とひたすら頭を下げるのみ。
ここまで各国軍関係者に睨まれても、マルス様の立場が揺るがないのは、過去の様々な功績あってなのだが……あと二か月程で、ルーク様が成人され、入軍される。
ルーク様は、南部最強である。
入軍されたら、ルーク様を核とし、本格的に北の同胞達を救出するための北上作戦が控えている。
(あのマルス様とルーク様が揃って問題が起きないわけがないんだよなぁ……今日も胃が痛い……)
「聞いてんのか?!」
「ええ、申し訳御座いません」
こうして、マルスが一人敵陣に突っ込む間、側近三人は、日々胃を痛め続けるのだった。
その頃、マルスの婚約者マリアの兄、マルコ・キュジラは、一つの報告を受けていた。
「許可を出すのか……」
メージ王国で西の特区を治めるメッダカ領からの伝令の男が「ええ」と答える。
「例のイーサン殿の件は、まだバレておりませんし、北上作戦を彼に伝える最後の機会だとの上の判断です。それに、こちらが譲歩すれば、北も油断するのではないかとのことで」
「そうか……。これは、決定なのだな?」
「はい。数日以内に正式に決まる予定です」
「理解った。任務ご苦労。しっかり休んで行ってくれ」
「有難うございます。では、失礼します」
マルコは、大きく溜息を吐き長椅子に凭れ掛かる。
「大隊長ぉ……」
マルコの部下のエリックが心配そうな目を向ける。
「ああ……」
北からの留学生受け入れからずっと、北はひとつの要求をしてきた。
それは、留学生達それぞれの先祖の地に、留学生を向かわせて欲しい、と言うものだ。
これまで、留学生達は、メージ王国内でしか滞在を許していなかった。
主に、メージ王国のヒーラメ領……三重の城壁に囲まれた城塞都市に滞在させていた。これまで二度程、万全の準備を整え、メージ王国の王都への滞在もさせた。
出来るだけ、こちらの情報を敵に与えるわけにはいかないからこそ、移動を制限してきた。
留学生達の……イーサン以外の全員は、植え付けられた馬鹿げた思想に染まりきっていて、最早改善が見込めないところまで来ていた。
イーサンに装着してもらっている音声と映像を送る魔道具での監視で、大まかな北の思惑は把握できている。
あの魔道具は、一方通行で、こちらから何かを伝える機能はない。
だから、イーサンに何か伝えるなら、彼が留学中しかその機会はないのだ。
「イーサン君に北上作戦を伝える事も決定とは……心配でならんな」
「そうですよ! もしも何かの疑いがイーサン君に掛かって拷問でもされたらどうするんですかね!」
「全くその通りだ。イーサン君にはこれ以上の危険を犯して欲しくないのにな……」
「そうですよ! 上は、イーサン君の事もっと考えて欲しいです!」
マギュロ家のルーク君が、成人し従軍したら、以前から北の奴隷達を救出する本格的な作戦を進めると決まっていた。
マルコ達は、ただでさえ魔道具を機密裡に装着し、危険性が高いイーサンに、更に危険性の高い北上作戦について話すのは避けるべきだとずっと反対していた。
それに、敵を油断させる為とは言え、移動制限を緩め、留学生達を分散し、南部各地にある彼等の先祖の故郷の地へ向かわすなど……北のルキウス・ムカディエが、何か仕掛けてくるとしか思えず、危険性しかない。
(ルキウス・ムカディエ……一体何を仕掛けてくる……?)
拭いきれない悪い予感。
決定は覆せない。
その上で、自分達が何が出来るかを……最悪の場合を想定して準備するしかないと、再び気合を入れ直し、思案しだすのだった。
ガレス・ナミャズ(鯰、ナマズ)




