第58話 前世の知識
登場人物のおさらい
リア・マギュロ
主人公。エドゥ王国、マギュロ家の三男。七歳。転生者。
リック リアの従者
リアの初めての側近。十四歳。使用人八門の八門の出。
ばぁば
マギュロ家に長年仕える使用人。小柄でふっくらしている快活な老婆。使用人八門、二門の出。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
マルス様とルーク様は顔を見合わせた。
「リア……怪我は魔法で治せるけど……病は魔法では治せないんだよ」
ルーク様が、少し眉を下げてそう仰った。
リア様は魔法について学んでいらっしゃるが、まだそこまでは習っていない。
知らないという事がこれ程までに残酷なのかと、リア様の顔が強張った事でより心痛に響いた。
リックは、見守る事しか出来ない。
「やだ! 変だよ! この世界には魔法があるのに! 何で?! 何で治せないの?!」
リア様が、怒りからなのか、何なのか……顔を真っ赤にされてこうして喚く様ははじめてだ。
感情が爆発していると形容しても可怪しくないくらいに、足を床に打ち付け、拳を握った腕を小刻みに振り……そう、癇癪を起こされている。
リックは、堪らず……無意識にも近い感覚で、リアの背後に周り必死に腕を撫でながらただ側に居た。
「病はな、怪我と違って見えないだろう? それに、病の根本的な原因が……理解らないんだ。何年か前に、ルークが清掃魔法を創った。この魔法で居住空間を清潔にする事でかなり病の発生率が下がった。だから、埃や雑菌が原因ではないかと憶測はしているのだが、それでもまだ病の根本的な原因が理解らないんだ……」
マルス様が、ゆっくりと隠さずリア様に説明をされる。
子供だからと誤魔化さずに話をして貰えたからなのだろう。リア様はフッフッと、御しきれない感情をどうにか抑えようと鼻から息を吐き出しながら、それでも黙って聞いていた。
「ばぁばは……」
「うん」
「肺の病気なんでしょ? 肺炎? 肺癌? 結核とかも咳とか出るイメージだよね? ウイルスとか? 癌は細胞が悪くなって増えるんだっけ? 原因…原因……」
そう言って、リア様はブツブツと呟き始めた。
肺炎? 肺癌? 結核? イメージ? ウイルス? 細胞?
どれも聞いた事のない言葉が並び、リア様の前世の記憶なのだと気付く。
それは、私以外の皆様もそうだったようで、全員が目配せをしだした。
「リア。リアは、病の原因を知っているのか?」
「リア、知っている事を教えてくれる?」
マルス様とルーク様が優しく問い掛ける。
リア様の後ろから見たお二人の瞳が、強く輝いたように感じた。
「よくある原因くらいしかわかんないよ。僕、お医者さんじゃないし……」
途端に、リア様はしょんぼりと口籠られたが、それでも、一生懸命に説明を続けられた。
目に見えないほどの小さな生物のような物が病の原因となる事がある事、人の体が、細胞と呼ばれる物で形作られている事など。
信じられないような話がリア様の口から語られ、途中途中で出てくる不明な単語の説明だけでも、相当な時間を要する事となった。
リア様の在った世界は、想像を絶する別世界なのだと感じた。
リア様が五歳の頃、リア様に前世の記憶が在る事が判明した。
それ以前からも実はなんとなくと仰ってはいたが、前世の記憶が在ったのだと言う。
奉告の儀に上手く託け、奥様のご協力も得……無事、リア様に前世の記憶がある事を皆様にご理解頂けた。
その後も、ふと思い出されたように、リア様は、私の知らない言葉や知識を、普通の会話の一節としてお話される。
リア様は、前世と現世を区別しておられない。
それ――前世の記憶を持っている事――が、普通とは違うともあまり感じていらっしゃらないのだと思う。
それ以外は、本当に普通の子供。
幼く、素直で、優しく、拙い。
リア様が六歳の頃。
朝からリア様の様子が可怪しい日があった。
私に何か話そうとしているようにソワソワと、モジモジとするのだ。
私の顔を見ながら何度も少し照れていらっしゃるように見え、こちらから尋ねて良いものか……と、様子を見ていたが、そのまま夜となった。
いつも楽しみにして下さる、寝る前の物語の読み聞かせもどこか集中されていない御様子で、チラチラと私を伺う。
なので、聞いてみた。
『あのね、あのね……僕と……リックは親友だよね?』
頬を染め、キラキラとした瞳で可愛らしく尋ねられ、私はカーっと熱くなり、有り得ない程の多幸感に包まれた。
ふと、前の日に読み聞かせをした短い物語を思い出した。
幼い蜂の子が、偶然であった少し年上のしっかり者の蜂の子と冒険をする物語だ。
リア様は、蜂の蜜蜂作りの為に、蜂好みの七の花を幼い頃からお世話をされているので、蜂が大好きだ。
幼い蜂の子は、少し年上のしっかり者の蜂の子に甲斐甲斐しく世話をされ、守られ、憧れるのだ。
そして、冒険を重ねることで、お互いいなくてはならない存在となっていく。
その物語の最後の方で、こういうやり取りがあった。
『そんなおっちょこちょいなんて助けずに逃げればよかったのに』
伝説の花の蜜を探す大冒険で、怖い怖い大熊に襲われた時の事に対して、別の蜂の子が意地悪を言う。
少し年上のしっかり者の蜂の子は、胸を張って言うのだ。
『助けるさ! だって僕達は“親友”だからね!』
リア様は、まだ同年代の子供達との交流がなく、友達と呼べる存在がいらっしゃらない。
一番年が近いのが私とルーク様だ。
ルーク様は、リア様の兄君。
私は、リア様の側近。
物語の途中で、何度もリア様は、少し年上のしっかり者の蜂の子を『リックみたい』と、くふくふと可愛らしく照れながら仰っていた。
ちょっとおっちょこちょいで、泣き虫の幼い蜂の子をご自身と重ね、少し年上のしっかり者の蜂の子を自分と重ねて下さっていたのだろう。
私は、リア様のはじめての“友達”で、更に“親友”だと言って頂けたのだ。
ただの側近以上の存在だと言って頂けたのだ。
それでも、側近として見間違うことは許されない。
でも、リア様のお気持ちにお応えしたく、私はこう返事をした。『勿論です、リア様。ですが、これは私とリア様だけの秘密です。秘密の親友ですよ』と。
使用人八門として求められている使命への後ろめたに、秘密にしてしまったのだ。
それでも、リア様は、『うんっ!』と、キラキラとした瞳でにこりと満面の笑みを見せてくれ、『ひーみーつーっ! ひーみーつーっ!』と、可愛く照れながら布団の中に隠れてしまわれた。
私は、これほどの至福があるのかと思うほど……世界で一番の幸せを享受したのだ。
私の唯一の主。
私の唯一の親友。
そのリア様は、今、喪服で、声もなく涙を流されている。
結論から言うと、マルス様とルーク様は、肺患いの治療魔法を完成させた。
病の根本となる原因は、この魔法で取り除く事が出来たのだが、ばぁばは、老いと病による極度の衰弱で、肺患いが治った次の日、皆に見守られながら……女神様の御許へ旅立たれてしまわれた。
そして、リア様は……変わられたのだ。
変わってしまわれたのだ。




