第57話 病
登場人物のおさらい
リア・マギュロ
主人公。エドゥ王国、マギュロ家の三男。七歳。転生者。
リック リアの従者
リアの初めての側近。十四歳。使用人八門の八門の出。
ばぁば
マギュロ家に長年仕える使用人。小柄でふっくらしている快活な老婆。使用人八門、二門の出。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
ジゼル・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家当主夫人。リアの母。長男次男が普通ではなかったので普通の子供のリアの子育てに幸せを感じている。
マーカス
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、一門の出。
マーティン
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、二門の出。
マーロン
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、三門の出。
ジーク
マギュロ家家令。使用人八門、五門の出。
城の一角。
普段は、客室である一室で、ばぁばは寝台に横たわっていた。
腰が抜けた訳では無いが、心の悲鳴のようにカタカタと震えるリアは上手く歩けず、マルスが抱き上げここまで連れて来た。
「リア……それにマルスも……」
顔色の悪い母上がそう声をかける向こう側、寝台で目を閉じているばぁばの顔が、背の高いマルスに抱き上げられていた事で、現実を突き付けるように、リアの目に焼き付けるように残る。
ぜぇぜぇと苦しそうなばぁばの呼吸音が空気を伝って、リアの耳を震わした。
「ばぁばっ!」
抱き上げられている事など忘れて、ばぁばに飛びつこうと上体を投げ出すリアの身体を、マルスが慌てて抱き直し、数歩進んで寝台の側で、意識がそこにしか向いていない暴れるリアを慎重にゆっくりと降ろした。
寝台のばぁばに抱き着こうと爪先立ちになって手を伸ばしながら「ばぁば! ばぁば!」と、泣き縋るリア様。
リックは、誰よりも大事な主の心を、不意打ちから守れなかった事が悔しくて仕方なかった。
マルス様は、今回は悪くないだろう。
意図したわけではない。
(それでも……こんな形で、リア様が知る必要なんてなかったんだっ…………)
昨日、リア様がお眠りになった後と今朝、家令のジーク様から報告があった。
ばぁば様はその日、少し咳き込んでいらしたそうだ。「年かねぇ……ちょっと喉の調子が悪いだけさ」と、少し咳き込む以外は、いつものばぁば様だったらしい。
それが、昼も過ぎてしばらくし、突然蹌踉めいたと思ったら、そのまま意識を失ってしまわれたそうだ。
すぐに医者を呼び診察をすると、高熱とぜぇぜぇと息苦しそうにしており、深夜に一度意識を取り戻し、どうにか医者の処方した薬湯を飲んで、朝まで一度も目を覚ましていないと聞いていた。
『医者によると、熱さえもう少し下がれば、意識も取り戻すはずだと……。奥様が、リア様にはそれまで知らせぬようにと。リック、頼むぞ』
リア様は、奥様と同じくらいばぁば様が大好きだ。
自分を頼って慕ってくれるのとはまた別の甘えをばぁば様はよく見せる。
(今、私に出来る事が……ない………)
無力感に手足が冷え、ただその場に立ち尽くす事しか出来ない自分が不甲斐ない。
「リック」
小声でそう呼ばれ、ハッと意識を向け声のした方を向くと、マルス様の側近のマーティンが扉の側で呼んでいた。
よく見ると、マルス様やルーク様に、それぞれの側近達が廊下にいる。
もう一度、リア様の方へ顔向け、やはり今自分に出来る事が無いことに無力感を感じながら、リックは廊下へと出た。
「ばぁば様だが……」
ルーク様が、説明を始める。
「医者と俺の見立てだが、肺患いだと思われる。症状は、高熱が長く続き、呼吸が乱れ、それに伴い、胸に痛みを伴う事も多い。体力も奪われ、熱が下がらなければどんどん衰弱する。ばぁばは高齢だ。このまま高熱が続けば……保たない可能性が高い」
ルーク様の知識は、そこらの医者よりも膨大だ。
医者も同じ見立てなのなら、ばぁば様のご病気は……肺患いなのだろう……。
肺患い――この病気は、高い致死率として知られている。
若くて体力があれば回復する可能性もあるが、幼子や老人の致死率はかなり高い――死病だ。
この世界には、魔法がある。
怪我などの外傷は、治癒の魔法の発達で、殆どの場合、傷跡無く治る。
手足が千切れたとしても、すぐに切断面を繋げば、治癒の魔法専門の使い手がいれば四肢欠損も怖くない。
だが、病は違う。
体力などの回復を促す魔法はあるが、病自体を治す事の出来る魔法は存在しないのだ。
病だけは、薬師による薬に頼るしかない。
誰もが言葉を失う中、マルス様が目の前に移動してきた。
「リック、すまない……。リアにはまだ知らされていなかったのだな……」
頭を下げるマルス様。意図したわけではない事が理解るだけに、何と言っていいのかわからない。やり場のない気持ちをマルス様に向けるのは、八つ当たりのようで……自分の情けなさに更に言葉を詰まらせる。
それなのに、マルス様の後ろで、マルス様の側近であるマーカス、マーティン、マーロンも「次代様を止めれずすまない」と、頭を下げてくる。
自分は、使用人八門の人間だ。
仕えるべきマギュロの王族であるマルス様に、頭を下げさせるなんて許されない事なのに「頭をお上げ下さい」と言う言葉が喉につっかえ、出て来ない。
漸くその言葉を拙く出せたのは、家令のジーク様に肩を叩かれてからだった。
「これから、奥様からリア様に、ばぁばのご病気についての説明がなされます。マルス様やルーク様、それにリック。リア様のお側でお支え下さい」
そう言った、普段厳しく威厳のあるジークの目は、いつもより弱々しく見えた。
「リア。ばぁばのご病気についてお話するわね」
奥様が、泣いているリア様の目元を手巾で優しく拭いながら話される。
「うぐっ……。うん……」
リア様は、肩を竦め、涙を我慢するように唇をきつく引き結ばれている。
身体に沿うように伸ばされた掌は握られ、力が入っているのが目に見えた。
「ばぁばのご病気はね。肺患い。息をすると、お胸の辺りが膨らんだり萎んだりするでしょう? そこが悪いみたいなの。お熱も高いから、なかなか目が覚めないのよ。リア、理解る?」
リア様は、目をギュッと瞑ったまましばらく肩で息をし、そして顔を上げた。
そして、視線を彷徨わせる。
「……う…」
リア様が何かを呟き、「リア?」と奥様が尋ねると、リア様はバッと顔を上げた。
「魔法っ! 兄さん! 兄ちゃん! お願いっ! ばぁばを治す魔法を創って!!」




