第56話 良くない事
登場人物のおさらい
リア・マギュロ
主人公。エドゥ王国、マギュロ家の三男。七歳。転生者。
リック リアの従者
リアの初めての側近。十四歳。使用人八門の八門の出。
ばぁば
マギュロ家に長年仕える使用人。小柄でふっくらしている快活な老婆。使用人八門、二門の出。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
マーカス
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、一門の出。
リアは、最近ずっと楽しい。
魔法は、残念ながらまだ使う事が出来ていないが、お勉強をすれば、リックも母上も褒めてくれるし、重くて振り回されていた子供用の木剣を、もっと軽い木材でリックが用意してくれた事で、少しは剣が上達した気がするからだ。
(昨日は、マリア姉さんの護衛も剣の打ち合いに付き合ってくれて褒めて貰えたし!)
ニマニマと頬を緩めてふふふと照れているリアにリックが声を掛けた。
「何か良い事でも思い出されましたか?」
「うん! 昨日のね……剣で褒めてもらえたでしょ? 僕って剣、上手になってるかもって!」
「ええ、日々上達されておりますよ」
「えへへぇ」
リックに更に褒められ、リアが照れ照れしていると、少し遠くで「誰か!」「奥様にお知らせしろ!」と、大声で走る使用人達の慌てた声が聞こえてきた。
「どうしたのかなぁ?」
「気になりますね……」
慌て様から、良い事ではなさそうだと思われる。
だからこそ、何があったかリア様が知っていて良い事なのかリックは判断が付かない。
出来れば一人で確認に行きたいが、リア様をお一人にするなど有り得ないし、何があったかわからない現状、共に確認に行くことも出来ない。
どうすべきか迷っていると、しばらくして使用人の一人が足早にやって来てリックに耳打ちした。
「リア様、奥様からお声が掛るまでお部屋にいて下さいとの事です」
「母上から?」
「ええ。お部屋に参りましょうか。物語の続きをお読みします」
「うん! 魔物をやっつけてる途中だったもんね! 続き、どうなったのかなぁ?」
もう七歳だ。
文字も覚え、本も読めるようになったリアだが、文字ばかりで絵が少なく厚みのある物語本をスラスラと読み進める事はまだ苦手だ。
なにより集中力が持たないのだ。
最近は、マギュロ王国の建国の祖である、智者であったオートロ一族の女と、アカッミ一族の強靭な男が、巨大な魔物を力を合わせ討伐した物語を寝る前にリックが読み聞かせてくれている。
他の誰でもない、リックが読み聞かせてくれるからこそ、寝る前のその時間をリアはとても楽しみにしている。
楽しみだと、素直に喜ぶリアに気付かれないようにリックは込み上がる感情を奥歯を食い縛って隠す。
後で、目の前のリア様の……この無邪気な笑顔が曇る事を知っていて、不自然にならないように――笑顔を作った。
次の日の昼。
リアが一人で昼食を取って、お昼のお散歩の為に歩いていると、ドタバタと騒がしい音が近付いて来た。
「リア! ばぁばは? 大丈夫なのか?!」
「え………?」
大声で駆け込んできた兄、マルスの声に、リアは、二つの意味で混乱した。
少し前に、マルス兄さんはこう言っていたのだ。
『リア。兄さんは……兄として、男として、やり遂げねばならない使命がある。其の為に、しばらく会うことが出来ないが、必ずやり遂げる。待っていてくれ』
マルス兄さんのはじめて見る真剣な表情と、『男として、やり遂げねばならない使命』と言う格好良い響きに、マルス兄さん格好良い! と、リアなりに神妙な顔を作って『うん、待ってる!』と見送ったのだ。
マルス兄さんは、たまに一月弱城にいない事もあるので、それよりも短い日数しか経っていないのに、目の前にマルス兄さんがいる事にリアは混乱した。
そして、もう一つ。
「ばぁばがどうしたの……?」
良くない事な気がして、胸の辺りがキュッとなる。
マルス兄さんは、その場で固まってしまい、追いかけて来て追い付いていたマルス兄さんの側近のマーカスが分かりやすく目を逸らした。
良くない事が、本当に良くない事なのだと感じ、リックを見上げる。
リックは、辛そうな顔をしている。
そして、リックは、目線を合わせるように膝を突いた。
「リア様。お伝え出来なくて申し訳ありません。リア様に……心配を掛けたくなかったのです」
良くない事が、ぼやけた姿を明確な輪郭を持って存在を主張しているような感覚が、リアの胸の辺りを締め付ける。
「ばぁば様が、体調を崩され……お倒れになったのです」
一気に血の気が引き、さっきから締め付けられていた胸の辺りが、一層冷たさを持って気持ち悪さを伴い喉をせり上る。
生まれた時からずっと面倒を見てくれたばぁば。
笑うとしわくちゃで、いつも優しくって大好きなばぁば。
いっぱい褒めてくれて、叱ってくれて……大好きな、大好きなばぁば。
「ばぁばぁ……うっく…う……んうっ……」
次から次へと涙が溢れた。
ばぁばを思い出す度に、大好きがいっぱいになる度に、それを形で示そうとするかのように、それは涙へと形を変えて溢れ出す。
「りっきゅ……ば……ぁばに…んうっ……あいた…うっく…い……」
ふわりと壊れ物を触るように優しく、優しくリックの腕がリアを包んだ。
「ええ、ええ。リア様、ばぁば様の元に参りましょう」




