第55話 はじめてのお願い
登場人物と国のおさらい
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
マーカス
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、一門の出。
マリア・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長女。二十一歳。マルスの婚約者なので苦労人。
マーク
マルスに忠誠を誓っている側近で、マルスが突然拾ってきた。使用人八門の出ではない。
マリオ
マルスに忠誠を誓っている技術者で、マルスが突然拾ってきた。魔道具や兵器の開発をしている。
リア・マギュロ
主人公。エドゥ王国、マギュロ家の三男。七歳。転生者。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
エドゥ王国
マギュロ家が属する国。フジー山脈の南側にある南部の大国。
アシュカ王国
鉱山を多く所有しており、優れた鍛冶師が多い南部の国。
マーカスは、驚き目を見開く隣国の新兵達に申し訳なく思いながら、戦場を駆ける己の主を見つめていた。
マルス様の生贄……いや、身を捧げると……諦め、婚約を了承して下さったマリア様に働いた狼藉は、本当に情けないものだった。
各国が喉から手が出る程に欲しがる魔道具を、あろう事か、己の欲の為に使用するとは……。
運良く、と言っていいかはわからないが、マリオが魔道具を仕掛けている最中に事の次第が判明して本当に首の皮一枚繋がってくれた。
もしも、未然に防げず後で発覚した場合は……考えたくもない。
あの断罪の次の日の事だ。
マルス様の拾ってきた側近マークは、マルス様の命しか聞かないので、側近のくせに役に立たない。なので、いつもの如く、マーカスと使用人八門出の二名の側近は、またマルス様が暴走する可能性を考えて、交代で寝ずの番をしていた。
マルス様を簀巻きにして、寝台の上に転がし、尚且つ縄で寝台に縛り、徹底して身動きを封じた。
更に、念には念を入れ、暴走しなければ、マリア様手ずから刺繍を施された手巾を侍女のマリーを通じてお願いしてあげなくもない、と言う餌としてぶら下げ、大人しくしているように言い聞かす。
暴走したマルス様は、たまにフジー大山脈の中腹から降りてくる気性の荒く手が付けられない事で有名なイノッシと言う魔物の方がまだ大人しいのではないかと思う。
それ程に、マリア様の事で暴走すると、能力の高さ故に誰も止められないのだ。
ルーク様なら止められるが、何故かあの方はニコニコと傍観される事が多い。マルス様を兄として慕っているようなので、兄の味方でいたいのだろう……。
そうして、迎えた朝。
思った以上に大人しく拘束されていたマルス様は、拘束を解かれると、側近三名の前で――土下座したのだ。
「一生のお願いだ! マーカス、マーティン、マーロン……私を助けて欲しい!」
マルス様の土下座は、はっきり言って、とても――安い。
高貴な身分のこの御方は、しょっちゅう土下座をされるからだ。
マーカス達も、土下座で謝られた事が何度かある。
だが、未だ嘗て、マルス様に“お願いだ”、“助けて欲しい”と請われた事はない。
幼少から常人を画すマルス様は、知性でも武芸でも何でも、他者に劣る事がなかった。
何でも出来てしまう此の方が、目の前で請う為に、平伏している……。
「か、顔をお上げ下さい……」
我に返ったマーティンが、慌ててそう促すが、マルス様は顔を上げない。
はじめての事に、マーカスも相当動揺したが、側近三名の中で最年長である自分が聞くしかないだろうと姿勢を正す。
「マルス様。我々に何をお望みなのです?」
やっと、パッと顔を上げたマルス様は、マリア様に縋るような目線とは違う、縋った目をしていた。
それは、はじめて主に“請われている”と、嫌でも感じさせられるもので、マーカスは勿論だが、マーティン、マーロンも息を呑みつつ、どこかソワソワと面映ゆい。
「一晩考えたのだ。どうしたら、リアの願いを叶えられるのかと」
リア様の願いは、到底叶えられるものではない。
マルス様とルーク様を以ってしても未だに叶えられていないのが答えだ。
どんな事でも、この二人であれば叶えてしまえる力があるのだから。
「敵兵を使って実験をしようと思う」
「は?」
不穏な言葉に、また大きな問題を起こすのだと、先程までの面映ゆい気分は、一気に日頃の怒りに変換されそうになる。
「痛みを与えず敵を無力化する方法の実験をしたいのだ。物理的な物は色々考えたが、痛みをどうしても取り除けそうにない。やはり、魔法しかないと思ったのだ。痛みを与えず敵を無力化する魔法を創る。其の為には、人で試すのが一番なのだが……お前達や我が家の使用人や家臣を使うと怒られるだろう? 民も駄目だ。となると、敵兵だろう。人数も多いし色々と試せるしな」
マーカス達側近三名も、マルス様に付いて連合軍では軍人としてマルス様の補佐をしている。
元々、マギュロ領はマギュロ王国だったが、三百年前に北のせいで、エドゥ王国に属する事となった。
マギュロ王家に代々仕えてきたマーカス達使用人八門や家臣達も、今やマギュロ領民となっているマギュロ王国民達も、願いは一つ。
北から同胞を救い、再び王国が独立する事だ。
だから、北の奴らが実験体となる事に関しては、特に思う事はない。
むしろ、痛みを最大限与えて欲しいとすら思う。
「それで、我々にどうして欲しいのです?」
怒られも止められもしなかった事に気を良くしただろうマルス様は、一瞬表情を緩めたが、すぐに元に戻してこう言った。
「実験は、検証もあるから一人で行いたい。だから、しばらく……そうだな、あと三か月ちょっとでルークが従軍だろう? それまでの間だけでも、一人で敵陣に赴く事を、父上や軍の上層部に許可を得れるように根回しを手伝って貰いたいんだ。私が一人で願い出ても却下される可能性が高い。……だが、お前達なら色々とその辺りは心得ているだろう?」
「えっと……つまり、マルス様は、敵軍に一人で突っ込んで行きたいと言う事でしょうか?」
「ああ。その通りだ。効率を考えれば、遠距離の攻撃魔法が打ち終わってからが良いな」
「「「………」」」
側近三名は、顔を見合わせる。
主の安全を考えるなら止めるべきなのだが……マルス様が負傷する想像が出来ない。
一人で突っ込んで行っても、過擦り傷一つ無く、目的を遂行するだろう。
根回しについても、これまで散々マルス様の尻拭いをし、方々に頭を下げて来た経験から、不本意なことに……どうにかならなくも、ない。
それよりも、ここでマルス様の願いを断って、自分達の知らぬ間に何か起こされる方が問題である。
願いを叶えれば、被害を負うのは、憎き敵兵のみ。
願いを叶えなければ、被害を負うのは……考えたくもない。
再度、側近三名は、顔を見合わせ、それぞれ同じ事を考え結論に辿り着いただろう事を確認する。
画して、敵兵に一人で突っ込むと言う、通常は無謀とも言えるマルスの要望は、叶えられる事となったのだ。
主に、マルスの願いを叶えない場合の被害よりはマシであろうと言う理由で……。
新兵達が絶句しているのを横目に、マーカスは「モリス殿、それでは」と頭を下げ、背を返す。
鉱山を多く所有しており、優れた鍛冶師が多いアシュカ王国の軍人達が、自国の開発した魔法剣を試せる場をマルス様のせいで奪われ、ここ最近ずっと文句を言われているのだ。
アシュカ王国の国民は、酒好きが多い。
そろそろ頼んでおいた酒樽が届くので、それを詫びの品として持ち、頭を下げに行く。
ちなみに、他二名の側近は、また別の国の軍人達に頭を下げに行っている。
いつもの事ながら、毎日気力がごっそりと削がれていくのを感じる日々だ。
(マルス様……痛みを与えず敵を無力化する魔法………早く完成させて下さい……………。胃が持たないです………)
重い足を動かし、マーカスは肩を落としながら歩廊から足早に去るのだった。




