第54話 条件
登場人物のおさらい
マリア・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長女。二十一歳。マルスの婚約者なので苦労人。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
マーカス
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、一門の出。
マリー
マリアの侍女。マリアがマルスを殴打する用の扇をさっと用意する出来る侍女。
マルコ・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
少し話は遡る。
今しがた、マリアの部屋を覗き見ようと魔道具を仕掛けると言う大罪を犯し、下された罰――婚姻時期を無期限で延長――に絶望したマルスだったが、しばし放心した後、突然、マリアの実家から連れて来た護衛の剣を奪い、城から飛び出そうとした。すぐにマーカス含め、マルスの側近三名が動き、マルスを引っ立て制圧。
両手両足、胴体を雁字搦めに側近三名に伸し掛かられ、それでも暴れようとするマルスを力の限り取り押さえていたマーカスが怒りを滲ませながら問い質す。
「あんた、今やらかしたばかりなのに何やってんですか?! 剣を持って何処に行こうとしてたんです?!」
「煩いっ、マーカス! 離せっ! マリアと婚姻するんだ、私はああああああ!」
白い目で見ていたマリアが見兼ねて声を掛けた。
「見苦しいわ、マルス。マーカスの問いに答えなさい」
「マリアっ!」
マリアの言葉に、一気にうっとりと頬を染め、暴れていたのが嘘のように動きを止めたマルスは語る、軽やかに。
「嗚呼、私の女神! 美しいあなたと一秒でも早く結ばれる為に、今から北の砦を襲撃し、砦を落とし、破壊。これで前線を上げれるので……大街道を道通りし易くしようと! 一晩も掛からないから、明日からはルークと北上して機密裡に救出して来る予定だ! マリア、待っていて欲しい! 計算通りなら、半年も掛からずあなたを私の妻に出来る! だから――」
言葉を続けようとしたマルスの頬に、バシッっと音を鳴らしてマリアの扇が打ち叩かれ真っ二つに割れる。
同時に、マギュロ家の使用人含め一同はマルスの罪を重ねる愚かさと情けなさに項垂れる。
「マルス。あなた、条件を理解していないようね」
底冷えするように冷たい視線でマルスを見下ろし……マリアの侍女マリーが新しく手渡した扇をザッと美しく開いたマリアは、再びザシュっと閉じた扇で……マルスの顎を突付きながら問う。
「私が伝えた条件を言って御覧なさい」
恍惚とした蕩けた表情でマルスは軽やかに答える。
「北の同胞全員を救い出せば、すぐにでも妻となってくれるのだろう?」
愛しのマリアの言葉を忘れるわけないじゃないか! と笑顔を向けるマルス。
「ええそうよ。但し、リアちゃんが嫌がらない方法で、よ」
マリアは、考えた末に、無理難題をマルスに突き付けていた。
三百年続いている南北線戦。
我等南部の成さねばならない悲願は、囚われている奴隷となった同胞達全員の救出だ。
それさえ叶えば、フジー大街道を埋め、東と西の特区を廃し、北と断絶すれば良い。
兄のマルコ・キュジラが、度々マリアを餌にマルスを動かしている事は知っている。
数年前、マリアに会いたいが為に、幼かったルークを敵に嗾けた事を聞いてから、マルスのせいで――マリアに会いたいマルスのせいで、誰かが犠牲になる可能性を知ったマリアは、血の気が引く思いをしたのだ。
その時は、敵方に甚大な被害……死傷者が出た。
ルークは無傷だったが、それでも聞いた時は、会って確かめるまで不安で不安で仕方なかった。
これ以上、自分のせいでマルスが無茶をするのは耐えられないし、許せない。
マルスはマリアの為なら手段を選ばない。
故に、平気で弟をも駒にする。
もし、もしも……その誰かが南部の人間だったら? 南部の人間が、身近な誰かが……命を落とすことがあったなら……。
もしもがあれば、マリアは耐えられないだろう。
そこで、父や兄にも内密に、腹心の侍女であるマリーの双子の弟――キュジラ領軍人――に協力を得、連合軍でのマルスの動向を何年も監視していたのだ。
そこで理解ったのは、マルスがやろうと思えば、自身と弟のルークを使い、すぐにでも北を責め滅ぼせる可能性が大いにある事、だった。
北部も南部と同じくらいの広さだと伝え聞いている。
広大な土地だ。その広さ故に時間は多少掛かるだろうが、北の囚われている同胞達を全員救う事も可能だろう。
其れ程に、マギュロ家のマルスとルークは突出しているのだ。
故に、普通は難題となる「北の同胞全員を救え」と言う命も、マルスなら形振構わなければやり遂げてしまう。
大抵の事は、片手間に何の苦も無くやってしまえるマルスだが、たった一つだけ、未だに手を焼いている難題を抱えている事をマリアは知っている。
リアちゃんのお願い、だ。
マルスと婚約してしまった後に、マギュロ家に生まれた三男で末っ子のリアちゃん。
生まれた時から知るリアちゃんは、マリアの癒し筆頭だ。
可愛くって仕方なく、マルスのような男に育たないようにしなければと常々思い、使命感を持って、リアちゃんの子育てに関与している。
おしめだって替えたこともある。赤子の時は、よくばぁばに代わって貰い、よく泣くリアちゃんをあやしたものだ。
兄を引っ叩き、踏み付けるマリアを、怖がらず「マリア姉さん大好き!」と抱き着いてくれるリアちゃんは天使なのだ。
そんな癒しの天使リアちゃんが、情緒不安定となった時期がある。
戦争に行って欲しくない。
誰かが傷付くのが嫌だと、何ヶ月も塞ぎ込んでしまったのだ。
当然、マリアも心配で心配で、時間を見つけては、リアちゃんの様子を見に行っていた。
大人達は、万策尽き、どうしたものかと狼狽えていたのだが、ある日を境にすっかり元の元気で明るいリアちゃんに戻っていた。
リアちゃんの側近リックに確認した所……マルスとルークに、南部の味方だけでなく敵方の北の蛮族含め、誰も傷付かず、痛い思いをさせず、奴隷となった同胞を救い、戦争を終わらす方法を考えて欲しいと“お願い”したのだと言う。
無条件で、兄二人を慕うリアちゃん。
兄二人なら、願いを叶えてくれると疑うこと無く信じたリアちゃんは、安心していつも通りの日常に戻った。
純粋なのだ、リアちゃんは。
マリアもそうだが、誰しもが思うだろう。
それは無理だ、と。
マリーの弟からの情報で、ルークが十五で成人し入軍したら、本格的に北上し、奴隷となった同胞の救出作戦が始まると知っている。
人を凌駕する存在であるルークがいるのだ。
作戦は、完遂されるだろう。
但し、双方に死傷者は確実に出る。
リアちゃんの願いは――叶わない。
叶わない事が理解っていて、マルスへの罰に条件として加えた。
別に、本当にマルスと婚姻を結びたくないわけではない。
リアちゃんの願いが無理難題な事は理解っている。
最低でも一年は今回の罪を反省させるべく、マリアはこの条件を覆さない気でいる。
頭にきていたし、マルスを反省させる為なのだ。
婚姻はする。
何だかんだ言って、暑苦しく重すぎるマルスの愛情をマリアは受け入れているからだ。
だから、気が済んだら条件を暖和する予定ではある。
これ以上、マリアの怒りを買わなければ、だが……。
「ゔっ…」と、言葉に詰まり目を逸らすマルスの顎をペシペシと扇で叩く。
「ルークは成人するまで軍の作戦に投入するなと言われているでしょう。あの子はまだ十四よ。それから、リアちゃんにお願い事を変えさせるような真似は許さないわ」
図星だったのか、またマルスの目が泳ぐ。
「マーカス」
「はい、マリア様」
「マルスが条件に違反していないか監視して。もし違反した場合は報告を」
「畏まりました。……マルス様、有りの儘をマリア様に報告しますからね」
「ゔゔ…………」
「宜しくね、マーカス。……マルス」
呼びかけると、不利を悟ったようで、若干青褪めているマルスが縋るような目で「マリアぁ……」と再び項垂れた。
それを無視して、マリアはマルスに釘を差す。
「リアちゃんの嫌がらない方法でお願いを叶えてあげてね」
無慈悲にとびきり優しげに微笑んでやる。
(少しは誰しもが経験する挫折や理不尽さを味わえばいいのだわ、変態!)
婚姻できない可能性を十分示唆し満足したマリアは、マリーや護衛達を引き連れて部屋に戻る。
明日のリアちゃんとのお茶会のお菓子は何が良いかしら、と考えながら。




