第53話 見学
登場人物のおさらい
メリッサ・ヒーラメ
メージ王国ヒーラメ家の次女で末っ子。十五歳。連合軍ヒーラメ部隊の副隊長。小柄で胸が大きい。ルークが好き。
モーガン・ヒーラメ
メージ王国ヒーラメ領当主。表向き愛想が良く見えるが、普段は表情がない。体が大きい海の男。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
マーカス
マルスの側近。苦労性の常識人。マギュロ家使用人八門、一門の出。
連合軍のあるこの大要塞に来る前は、軍事情報は機密な為、なかなか情報が集まらなかったが、いざ連合軍として任に付けば、思った以上にあっさりとルーク様の情報は集まった。
長男のマルス様が全大隊の指揮を預かり、尚且つ、北との休戦中の連合軍の訓練時のみ、ルーク様はこの要塞に訪れていらっしゃる。頻度としては、あまり高くなく、四半期に一度程。
南部最強との噂は本当で、誰も太刀打ちできない程にお強いのだとか。
驚いた事に、まだ入軍していないにも関わらず、既に従軍経験がお有りなのだとか。ルーク様凄いわ!
そして、メリッサ最大の失態――恋する殿方の生まれた日を調べる事を失念して後悔したが……調べてみれば、ルーク様が成人される十五歳まであと三ヶ月だと言う。
お誕生日にはお祝いを贈りましょう。突然過ぎるかしら? ……良く考えると、誕生日の当日に軍に入る訳では、無いのよねぇ……。
(三ヶ月……長いわね……)
三年待ったのだ。三ヶ月程度、待てない事もない。
その間に、ルーク様のお兄様であるマルス様と良好な関係を築いて、ルーク様との仲を取り持って貰えるようにしなければ……。
最前線の全大隊を預かる司令官は、南部の大国でありフジー大街道のあるエドゥ王国、東の特区を持つコフーン王国、西の特区を持つメージ王国の三国が主に取り仕切るが、他の南部の国も持ち回りで預かっている。
エドゥ王国が預かる際は、ここ数年はルーク様のお兄様であるマルス様である事が殆どだそうだ。
流石、ルーク様のお兄様である。
うちの長兄とは大違いだと内心思いつつも、兄が悩んでいる事を知っているので、今思ってしまった事は心に留めようとメリッサは思った。
メリッサが第三要塞に入り、半月。
そろそろ北がまた戦端を開くだろうと予想される頃、マルス様が第三要塞に入られたと情報が入った。
だが、過保護で厳格なヒーラメ部隊の隊長を務める長兄が、なかなか自由に行動させてくれずまだ会えていない。
カンカンカンと、要塞内に鐘が響き渡った。
「伝令! 北が開戦準備! 総員、配置に着け!」
「「了」」
伝令の声が響き渡り、第二及び第三要塞はそこかしこで、足早に軍人達が駆け回り始めていた。
「お兄様!」
「おい、遊びじゃないんだ。隊長と呼べ」
「うっ……失礼しました、隊長」
「よし。これから歩廊に上がる。今日は、一部の者にとって初陣ではあるが……成人したばかりの副隊長及び新兵四名は、私に着いて来い。今日は見学だ。それ以外は、通達した配置に着け」
「「了」」
丁度、ヒーラメ部隊は、第三要塞と第二要塞の間の訓練場で一纏まりに揃っていた。
今回が初陣となる、成人したばかりのメリッサを入れた五名は、見学となるらしい。
華々しい初陣を飾るぞ! と気合を入れていた五名は、若干気落ちしつつ、上官の命令に口答えも出来るはずも無く……隊長であるヒーラメ家長男モリス・ヒーラメの後を着いて行く。
メリッサは、チラリと長兄モリスを覗き見る。
表向き陽気で豪快、実は誰より非情で冷静な父。その求心力は、北との第二の戦地と成り得る城塞都市を預かる領の長として、領軍の長として歴代最高で最強だと言われている。
そんな父のように陽気にも、豪快にも、非情にも成り切れない兄。
堅物で、頑固で……弟妹達にとびきり優しく、領民を心から愛している。
父なら最悪の局面で、民をも犠牲に出来るだろう。
昔、北との第二の戦地となったヒーラメの民も、そういった局面での自己犠牲も覚悟も出来ており、もし仮にそうなった場合、殆どの民達は、そうした判断をした父を恨みはしない。むしろ支持するだろう。
だけれども、兄はきっと――決断できない。
歩廊までの道を歩きながら、モリスは新兵達に語る。
「お前達は、運が良いのか悪いのか……。本日の全大隊の指揮は、エドゥ王国の名高きマルス殿だ。彼が全隊を預かる間は、お前達の出番は……ないだろう」
「おにい……隊長、どういう事ですの?」
メリッサは、意味がわからず隊長である兄に尋ねる。
出番がないとはどういう事だろうか?
「まぁ、見てれば理解る。言っておくが、これが常だと思うな。諸君等は、初陣で少々興奮していた事だろう。如何に自分達が常人であるか思い知っておけ」
思い知れと言われ、五人は顔を見合わせながら、これから何が待ち構えているのかと少し怖くなっていた。
だが、ヒーラメ領民は、北との辛い歴史を乗り越え、南部唯一の民兵都市とまで言われる誇り高い要塞都市の民だ。
誇りと戦意、覚悟だけは、他国や他領に劣るわけがなく、ここで怖気付くわけにはいかない。
隊長の背で、五人は目配せし合いながら、闘志を再び漲らし互いに意思を確認し合った。
「何ですの? これ……」
北の「女神様に見捨てられし黒い証を持つ南の蛮族共、女神様に愛されし我らが貴様等きさまらに鉄槌を下す!」と言う、殺意を覚える宣言後始まった遠距離の攻撃魔法による対戦が始まった。
主に、遠距離の魔法攻撃を任とするメリッサは、自分の力量と自軍と敵軍の攻撃を見比べながら、その圧倒的な魔法による弾幕に圧倒されつつ、同期となる四名と手に汗握って戦況を見入っていた。
ところが、遠距離攻撃が終わった後、目の前では信じられない事が起こっていた。
誰かはわからないが、一人の軍人が飛び出し……たった一人で敵軍を制圧していっているのだ。
「モリス殿、お疲れ様です。こちらは……新兵でしょうか?」
何故かはわからないがゲッソリとした軍人が、長兄モリスに話しかけてきた。
「ええ。成人したばかりの自領の新兵です。初陣なのですが……まぁ、状況的に見学が妥当かと……」
「すみません……。うちの次代が」
「いえいえ。責めるような言い方を…失礼しました。こちらこそ申し訳ありません」
「いえいえいえ。せっかくの実戦の機会を奪い、立てた作戦も無駄にしているうちの次代が元凶です。直接皆様に罵倒して欲しいのが本音ではありますが……はぁ……知っての通り、しばらく好きにやらすしかなくて、ですね……。はぁ…………。ったく、マルス様はっ…………」
「マルス様?!」
どんな状況で見学が妥当なのだろう? 飛び出していったあの軍人の事だろうか?
長兄は『これが常だと思うな』と言っていたし、これは普通ではないのだろうと思いながら聞いていたメリッサは、今一番会いたい人物の名が出てきて反射的に声を出してしまった。
自分は新兵である。
兄と言えども、上官達の会話に割り込むなど軍規を乱す事になりかねないのに、と咄嗟に口を手で覆い「す、すみません。お話途中に」と頭を下げる。
「マーカス殿、口を挟ませ失礼しました。これはメリッサ・ヒーラメ。妹です」
「妹君でしたか。お気になさらず。私は、マギュロ家の次代、マルス様に仕えるマーカスと申します」
「メ…メリッサ・ヒーラメです。先程は失礼致しました」
「いえいえ、ところで……うちの次代が何か……? まさか! 何かご迷惑を?!」
「いえ、そんなっ!」
先程失礼を働いたばかりである。
ここでがっついてはいけないと思い、当たり障りない回答をしようと言葉を選ぶ。
「マルス様の御高名は聞き及んでおりまして……ご挨拶をしたいなと思っておりまして」
「御高名、ですか……。はぁ……。世間は誤魔化せているんですねぇ……。おっと、すみません。うちの次代は、アレで御座います。きっと色々と良い印象を持って頂いていた事でしょう。それが、あんなので申し訳ないです」
そう言って、マーカスが指で指し示した方向は、敵軍を制圧している一人の軍人……。
「え?! あれがマルス様でございますか?」
「ええ……。残念な事に……」
話を横で共に聞いていた四名含め、メリッサ達は改めて戦場の一点を見つめて驚愕した。
あれが、エドゥ王国マギュロ領次代、今回の南部連合軍の全大隊の司令官――マルスなのかと。




