第52話 初恋
登場人物と領のおさらい
モーガン・ヒーラメ
メージ王国ヒーラメ領当主。表向き愛想が良く見えるが、普段は表情がない。体が大きい海の男。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ジョージ・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家当主。リアの父。長男と次男のやらかしに悩んでいる。
ジゼル・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家当主夫人。リアの母。長男次男が普通ではなかったので普通の子供のリアの子育てに幸せを感じている。
メージ王国 ヒーラメ領
西の特区とメージ王国王都の中間にあり、大きな港のある貿易拠点で、三重の城壁に囲まれた城塞都市。
「とうとう……とうとうこの日を迎えたわっ……!」
真っ直ぐで長い黒髪を、頭の高い位置で一纏めにサラサラと揺らし、一人の少女が少しプルプルと震えながら呟いていた。
「お嬢様、お気持ちは理解りますが、大人しくなさって下さいよ」
「もうっ! 理解ってるわよ!」
パッチリとした瞳と、長くくるりと上向きの睫毛。小柄で細身ながら胸元だけはキツそうな軍服。
童顔な少女に似つかわしくない装いで、服に着られた感が拭えない少女は、キツい胸元をぐっと張って、気合を入れて前に進む。
そして、大柄な人物の前まで進むと、踵をザッと合わせて姿勢を正し、少女らしい高く跳ねるような声を上げた。
「メージ王国ヒーラメ部隊、メリッサ・ヒーラメ他三十二名、到着をご報告申し上げます!」
「ご苦労。さて……久しぶりだね、メリッサ副隊長。お会いするのは数年ぶりかな。すっかり大人の女性だね。お父上も鼻高々だろう」
優しく砕けた言葉で答えたのは、マギュロ家当主のジョージ・マギュロだ。
「ふふ。お久しぶりです! 私ももう十五になりましたわ! 本日から軍人として、ヒーラメの威を示すべく務めますの! 期待して下さいな!」
「ははは。大いに期待しているよ」
メージ王国ヒーラメ領は、三重の城壁に囲まれた城塞都市である。
領民は全員子供の頃から軍人としての教育や訓練を受けるのだが、成人したら一定期間、実戦経験を積むために、南部唯一の戦地である此処、フジー大街道にある大要塞で従軍する事となっている。
先日、十五歳となり、成人したばかりのヒーラメ家の次女、メリッサ・ヒーラメも本日から従軍するのだ。
「ところで……あのぉ……る、ルーク様は……?」
長い髪を揺らしながら、キョロキョロとメリッサは周りを見回す。
ジョージ・マギュロは、ああ……まだ諦めていなかったのか……と、内心思いながら、表情を変えずに答えた。
「ルークはまだ誕生日を迎えていないからね。まだ入軍はしていないのだよ」
「え……。そ、そうですか……」
メリッサは、ルークの事が好きだ。
今から三年前、滅多に領外へ出ない父でありヒーラメ領当主のモーガン・ヒーラメが、エドゥ王国マギュロ領にある大要塞へ急遽視察に行くことになった。
末っ子のメリッサに甘い父に、強請って強請って強請りまくって、視察に同行したのだ。
この時、滅多に領外へ出ないヒーラメ領当主モーガン・ヒーラメが何故、急遽視察に出たかと言うと……南部連合軍の会議で、北に囚われている同胞の一人に協力を得、映像と音声を届ける魔道具を通し、常時監視していると各国に報告が齎されたからだ。
第一要塞内にある監視室へ赴き、目と耳で確かめ、同胞を救う気概を絶やさぬ為の視察。
三百年前、フジー大街道と同じく、戦地となったヒーラメ領当主として、必ずこの目で確かめねばならない。
勿論、まだ十二歳のメリッサは軍事施設である大要塞までは連れていけない。
なので、マギュロ領の領都で観光させる事にしたのだが、子供を連れて来ていると耳にしたマギュロ家の当主ジョージ・マギュロと当主夫人であるジゼル・マギュロが気を利かせて、茶会にメリッサを誘ってくれた。
マギュロ領都に聳える城内の庭園で開かれた茶会。茶会もそろそろお開きという頃、持て成していたジゼルがメリッサに伝えた。
「メリッサさん、もうすぐ次男と三男が挨拶に来るわ。三男は五歳で、最近はお客様に挨拶の練習を頑張っているところなの。拙いとは思うのだけど、ご挨拶をさせて頂ける? 次男はメリッサさんと同い年よ」
「まぁ! 是非ご挨拶をさせて頂きたいですわ!」
「ふふ。宜しくね。あ、丁度来たところね」
広い庭園。離れたところから、同じくらいの年頃の子と、小さな男の子が従者を引き連れてこちらに向かって来ていた。
ちょうど陽の位置が逆光となって、眩しくまだ顔は確認出来ない。
挨拶の為立ち上がり、目を細めながら二人を待っていると、そう時間も掛からず東屋まで二人はやって来た。
眩しく見えなかった顔が、東屋の影に入り、顕わになる。
「こちら、メージ王国ヒーラメ領のメリッサさんよ」
「はじめまして、マギュロ家次男のルーク・マギュロです。お会いできて光栄です」
「はじめましてっ! 三男のリア・マギュロですっ! お会いできて……こうえーですっ!」
見た事も会った事も無い程の完璧な“美”がそこに在った。
これがこの世の目鼻口の唯一の美を飾る配置だとしか思えない程の整った顔。耳から入った軽やかで優美な声は、脳を揺らす程に甘美。
東屋の屋根で遮られているにも関わらず、キラキラと眩しく神々しい笑顔。
メリッサだけでなく、メリッサの従者達も息を止めて固まってしまった。
「耐性がないとやっぱり駄目ねぇ……」と、ジゼルが小声で呟き目配せをすると、ルーク耐性のあるマギュロ家の使用人が、ヒーラメ家の使用人の一人の肩を揺さぶった。
ハッと、正気に戻ったヒーラメ家の使用人が、ササッとメリッサに近寄り「お、お嬢様」と小声で正気に戻す。
「あっ……はじめ、まして……。メ、メリッサ・ヒーラメです、わ………………」
メリッサの心臓は、キュッと締め上がったように固まっていたが「同い年だと母から伺っています。今日の装い、素敵ですね」と、ルークに笑顔で言われ、爆発したように、心臓から血が全身に巡った。
ボンッつと、湯気が出そうなほどに茹で上がりそこからは記憶がない。
「リア、ご挨拶上手に出来ていたよ」
「えへへ」
と、ルークに褒められリアが照れ照れしており、客人の前で少々礼儀を欠いていたのだが……ルークが客人――特に女性客の場合、挨拶の後にまともな反応――正気を保たれた事がないので、兄弟にとっては、通常通り、しばらくわちゃわちゃとした後、客人を気にすること無くその場を後にした。
「はぁ……」
放心しているメリッサを横目で見やり、ジゼルは溜息を吐きながら去って行く息子達を見送る。
(挨拶は茶会の最後にして正解ね……。じゃないと茶会にならないもの。リアがルークも一緒が良いってお強請りされたから許したけれど……ルークがいるとまともにリアの挨拶の練習が出来ないじゃない……)
ここ最近は、大要塞の例の視察で、南部各地から王侯貴族がひっきりなしにマギュロ領にやって来る。
夫人や子供を伴って観光もしてくれる場合も多いので、その度に持て成してているが……ルークが挨拶をする度にこうなのだ。
出来るだけルークを出さないようにしているが、リアが「一人だと恥ずかしいのぉ。兄ちゃんと一緒がいい! 母上、お願い!」と、可愛いお強請りをされては、ジゼルは断れない。
(だって、マルスとルークは、お強請りなんてしなかったのですものっ!)
こうして、次の日に正気に戻ったメリッサ・ヒーラメは、一目惚れしたルークに初めての恋をした。
メリッサは、すぐに父に願った。
ルーク様のお嫁さんになりたい、と。
だけれども、現実は非情であった。
「メリッサ。残念だが、マギュロ家とは縁を結ぶのは無理だ」
「何でですの?!」
「代々マギュロ家は、領外との婚姻は結ばない家なんだ」
その事実に絶望したメリッサだが、諦めきれず情報をお集めてみれば、父の言う事に矛盾を見つけた。
「お父様っ! 私調べましたのよ! 長男のマルス様は、領外であるキュジラ家のご令嬢とご婚約されているわ!」
「ああ、あれは……仕方ないんだ。とにかく、ルーク君の事は諦めなさい。マギュロ家は認めないだろう」
「そんなぁ……!」
(マギュロ家の長男は許されて、何故次男のルーク様は駄目なの?!)
とにかく、何百年も領外との縁を結んでこなかったマギュロ家の現長男は、その歴史を覆したことに変わりはない。
マギュロ家は、武家だ。ルーク様は必ず従軍する。
再びマギュロ領でルーク様に会えるとしたら、フジー大街道の大要塞だ。
長男のマルス様は、従軍してすぐに大隊を任され、軍の指揮を取ったと言う。
ルーク様は、噂を集めてみると、南部最強と言われている事がわかった。
つまり、長男のマルス様と並び、次男のルーク様も最前線で活躍される可能性が高い。
年の離れた長女の姉も、ヒーラメ家の者の義務として成人してすぐに従軍したが、後方――第一要塞で事務方の任にあたったと聞いている。
だが、ルーク様は最前線の第三要塞で任に着かれる可能性が高い。
メリッサの目標が決まった。
同じ第三要塞で任に着き、ルーク様に振り向いて貰う!
調べれば……歴史を覆し、長男のマルス様が領外との縁を結んだのは、長男のマルス様が熱烈にキュジラ家のご令嬢を望んだからだと言う。
つまり、ルーク様がメリッサを熱烈に望んで貰えたなら、可能性はあるという事。
メリッサ・ヒーラメ、十五歳。
努力を重ね、実力と親の威を借りて、副隊長の役職を得た。
そして、この日から、待ちに待った三年越しの初恋の攻略に踏み出したのだった。




