第51話 マルスの奇行
登場人物のおさらい
ラファエル・ヘービ
北のウッシ王国の英雄で貴族家長男。十九歳。マルスを一方的に敵視している。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ラファエル・ヘービが、辛うじて未だにウッシ王国で英雄と呼ばれているのは、この戦線でまだ自軍内最強の名を維持しているからに過ぎない。
入軍した十五の年、同い年だろうと思われる南の司令官が指揮を取り出してから全てが上手くいかなくなったのではないかと予てより疑っている。
あいつが、ラファエルに不幸を運んできた元凶としか思えないのだ。
根拠と言える程のものは何もないので感であるが……。
あいつが司令官でなければ、ウッシ王国の王女を救った褒美として与えられた魔法剣で、華々しい戦果を上げることが出来ていたのだ。
あいつが司令官でなければ、一撃で自軍を壊滅させる化物が出てくる事もなかったのだ。
どちらも、やはり感でしか無いのだが、何故だかラファエルは確信していた。
全ての元凶は――あいつなのだと。
そもそも気に食わないのだ。
同じ年頃だと言うのに、あいつは当時から司令官だった。
当然、かなり地位のある貴族家の出なのだろう事が想像出来る。可能性は低いが、王族の可能性もある。
ラファエルも一介の貴族家長男ではあるが、ラファエルが英雄となった事でやっと盛り返してきたばかり。嘗てのヘービ家の繁栄も完全に取り戻してはおらず、貴族家として不安定なままだ。
しかも、英雄とは言え、初陣からこれまで、手放しで称賛される程の戦果は、まだ無い……。故に、実はまだ満足な役職も貰えていないのだ。つまり、立場はあいつが上の可能性が……高い。
今日は、改良された魔法剣を数発試した後、後衛に留まり、遠距離魔法の撃ち合いが終わり次第、未だに自軍では最強の剣技で、魔力の余力を以って、南の蛮族を撃つ予定であった。
魔法出力の改良は予想以上ではあったが、今日も南の防御を突破出来ず、悶々として次の出番を待っていた。
遠距離魔法の撃ち合いが終わり、近接戦が始まるなと、後方から前方へ足を進めるべく動き出した時だ。
――既視感。
砂埃を上げながら、一人の南の蛮族がこちらへ突撃してくるのが見えた。
「――化物か?!」
思い出すのは、四年前……フードを深く被った少年が、ラファエルしか使えなかった雷魔法を模し……しかも、自分の倍どころではない威力で……それもたった一撃で、自軍の要塞を壊滅させ、大量に味方を殺された苦い記憶……。
「いや……ち…違うっ!!!」
見間違えるはずがない。
何故此処にいる?
此処にやって来た?!
目を凝らさずでもわかった。
こいつは、あの化物ではない。こいつは…………あいつだ!!!
傷を負ったように見えないが、次々と味方が倒れる。
戦線が崩壊して行く。
味方が、我先にと要塞へ逃げ戻る。
逆流するようにラファエルは進む。
隠れず、逃げず挑む、勇敢な味方が一人、また一人とあいつに倒される。
怒りが込み上がる。
ラファエルは、魔法剣を両手で握り込む。
今まで、遠目でしか見ることが叶わなかった憎きあいつの姿形がはっきりと見える。
更に怒りが込み上がる。
あいつは――憎々しい程に、美しく整った顔を、してやがる……っ!
背丈は負けるが、体格はラファエルの方が勝っているだろう。
女性に秋波を送られるラファエルだが、野性味溢れる顔立ちだと……好みの分かれる顔だと、従姉妹に言われた事がある……。
運命的に救ったラファエル好みド真ん中の姫様は、どうやら野性味は好みでは無かったらしく……美しさに男らしさを足したように整った顔立ちの美丈夫に夢中だと最近噂を聞いた……。
そう…………目の前のあいつに 似 た 系 統 の……っ!!
会えば、花咲くような笑顔を向けてくれていたと言うのにっ!!
期待しちゃうだろーがっ!!
『助けて下さったラファエル様はとても素敵でした!』じゃねーよっ!!
イケると思ってたんだよ。
王都で“姫と雷の英雄”って題目の演劇だって催されたんだぞ!
初演は、姫様の隣の席で鑑賞だってしたんだ。
俺達を見て『お似合いの御二人ね』って言ってた御婦人方の嘘つきっ!!
もしも姫様が……あいつを見てしまったら……?
いや、あいつは罪深い黒き蛮族だ。
あり得ない。あり得ない。あり得ないだろう。
本当にあり得ない、か……?
二度見してしまった程に、蛮族の癖に……異常に美しく整った顔。認めたくはないが、認めたくはないがっ……!
ラファエルの姫様が……想像の中で……あいつに頬を……………………染めた………。
殺す!
絶対に……っ殺す!!
怒りが殺意に変わる。
既にラファエル以外に味方の誰一人として立っていなかった。
「俺は、ラファエル・ヘービだっ!!」
あと一歩と言う間合いに入った瞬間に、ラファエルは名乗りを上げる。
両手に握った柄から、過去最大の魔力を流す。魔法剣が許容量を超えたかのように軋む程に。
「名を名乗れっ!!」
魔法剣を振り下ろしながら叫んだ。
ラファエル渾身の一撃が、あいつの剣とガチりとぶつかりあった。
魔法剣に込めた魔力をここで解放すれば、ラファエルも唯では済まないだろう。
自爆覚悟で、腹を決める。
二振の剣の向こうには、睫毛の一本も見分けられる程に近いあいつの顔。
「ああ。お前、雷男か」
「は?」
雷男だと言われ、一瞬気が削がれた。
その一瞬が命取りだった。
何をされたか訳も分からず……ラファエルの意識が――。
(い…痛い…痛……)
痛みと「起きろ、雷男!」と言う声に、一気に覚醒する。
目の前に、あいつの顔が在った。
「起きたか。おい、痛みはあるか?」
そう問われたままに、意識すれば、全身があり得ない程の激痛に見舞われている事に気付く。
「あがっ……」
あまりの痛みに顔を顰める事しか出来ず、まともに言葉すら発せそうにない。
だが、それよりも勝る殺意がラファエルを刺激した。
「ころ、して…や…る!」
「そうじゃなくて、痛みはあるかと聞いている。どうなんだ? 雷男」
「殺し、て…や……る!」
「あーもう役に立たん男だな。次だ、次」
そう言うと、ラファエルを無視したあいつは、隣に倒れていた味方の頬をバシバシと叩き、同じ様に痛みの有無を確認している。
(一体、何だと言うのだ……!!)
未だ、名も分からぬあいつは、幾人かの味方に同じ事を問い質し、そして……振り返ること無く、自軍に颯爽と去っていったのだ。




