第50話 マルスの奇行
登場人物と国や用語のおさらい
エドゥ王国
主人公リアの暮らす国。フジー山脈の南側に位置し、南部最大の大国。
コフーン王国
エドゥ王国の東、東の特区である城塞都市がある国。海岸沿いにある。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十四歳。人より神に近い超人。
「ほへー。噂には聞いていたけど……マジで凄いな。マギュロ家の次代様ってのは……」
「……だな。お前とどっちが上だ?」
「いやいや、あっちでしょ……。何さ、あの魔法? ってか、あれは魔法なの? それに、あれじゃ俺、気迫負けしちゃうもん」
「もんって……。まぁ、言わんとすることは理解るが……」
コフーン王国の剣術大会で見事優勝した若き天才剣士ダリルに尋ねたのは、相棒のフーゴ。
二人は、コフーン王国の軍人で、南部連合軍として南北線戦に従事している。
現在、戦闘の真っ只中のはずなのだが……ダリルとフーゴだけでなく、南部連合軍の戦線にいる軍人達全員が、棒立ちして同じ方向に注視している。
多くの視線を集める先には、エドゥ王国の貴族であるマギュロ家の長男、マルス・マギュロがいた。
いつもなら、マルス・マギュロは、優秀な指揮官として、第三要塞の歩廊から指示を飛ばし、前線には出て来ない。
それが、何故か……今日は「諸君っ! 理由は極秘の為、明かせないが…………重大なっ! 重大なっ任務の為っ! 北の魔法攻撃が尽きた後の先鋒は私一人のみに任せて欲しいっ! 諸君等は、取り逃した敵兵の討伐のみを任せる!」と、苦汁を舐めたような表情で、鬼気迫る迫力で宣言。
ダリルとフーゴも、他の軍人達も理由がわからなかった。
だが、上官の命令。
軍人とは、どんな理不尽な命令でも、上官の命令は絶対である。
そして、北のいつもの巫山戯た「女神様に見捨てられし黒い証を持つ南の蛮族共よ――女神様に愛されし我らが貴様等きさまらに鉄槌を下す!」と言う宣言後、戦端が開かれた。
魔法攻撃後、マルス・マギュロは、本当に一人で敵軍にとんでもない勢いで突っ込んで行ったのだ。
敵軍の数は、大凡六千から七千程。
此処数年、どんどん増員されているようで、こちらもそれに合わせて増員せざる得ない状況だ。
其の内、後衛の長距離攻撃魔法部隊を除く、前衛と中衛だけでも、五千はいる。
マルス・マギュロは、その中に……たった一人で突っ込んでいったのだ。正気とは思えない。
だが、派手な攻撃魔法を使った訳ではない。
剣で斬り掛かった訳でもないのに……先頭から順に、敵兵が意識を刈り取られたように、一人ひとり沈んでいくのだ。
敵兵が、生きているのか死んでいるのかさえわからない……。
敵も、応戦すべく、マルス・マギュロに斬り掛かって行くが、剣で一撃を防ぎ……次の瞬間には、斬り掛かった敵兵が沈む。その繰り返し。
しかも、とんでもない速度で進められるその戦闘は、広い戦線を左右満遍なく……マルス・マギュロを無視して右翼が出て来ようものなら左翼に居たはずのマルス・マギュロが、まるで瞬間移動したかの如く右翼に現れる目を疑う現象が繰り返されている。
「意味わかんねー……」
ダリルの言葉にフーゴも「ああ」としか返せない。
たった一人で、既に二千は戦闘不能にしているのではないだろうか?
最早、早過ぎて、殆どの者が目で追えなくなっているマルス・マギュロを、一時も見逃すまいと、ダリルは軽口を叩きながらも、天才と言わしめた突出した動体視力を以って集中して凝視する。
大概の平民の男の子が憧れるように、ダリルも幼い頃から剣士を夢見て努力してきた。
軍人の中でも、剣士は花形だ。
近所の退役軍人の爺さんに教わり、身体を鍛え、剣技を磨いてきた。
遺伝なのでダリルの努力ではどうしようもなかったのだが、ダリルは背があまり伸びず、筋肉も憧れの隆々には育たなかった。
お陰で、力技ではどうしても体格差で押し負けてしまう。
それを、小柄な体躯を活かした、誰よりも素早い動きと、繊細な剣技で打ち勝ってきた。
今年は、その努力が実り、とうとう母国コフーンの剣術大会で優勝と言う栄誉まで賜った。
入軍してからの相棒であるフーゴも入賞して八位と健闘し、二人で町中を歩くと女の子達から黄色い声援が飛ぶ。
女の子人気は若干ダリルの方が勝っていると思う。
声援に「格好良い!」より「可愛い!」が多く混じってはいるが……多分、勝っている、はず。
フーゴは、平均よりかなり大柄で、筋骨隆々なので、同期からは凸凹組などと揶揄われるが、力で押し退けるフーゴと、素早い剣技で切り崩す二人の相性は抜群で、コフーン王国でも敵無しだ。
――と、乗りに乗っているダリルなのだが……自信を無くしそうだ……。
マルス・マギュロは、優秀な指揮官。一軍人として、前線で戦う姿は一度も見たことがなかった。
訓練では、何度も見た事はある。
剣も魔法もとんでもなく優秀。だが、今思えば、手合わせの相手に合わせていたのだろう……噂よりは、この程度か、と思わせる程度だった。
その噂とは、マギュロ家次男のルークと渡り合っている、と言うものだ。
最早、南部連合軍では、ルークは超人過ぎて、同じ人間だとは思っていない。なので、比べるのも烏滸がましく、意識の範疇にある意味――無い。人間が自分と神を優劣で比べるか? と言うものだ。
だが、目の前で繰り広げられている光景を見れば、噂は本当だったのだと納得せざる得ない。
果たして、自分が敵兵だとして、マルス・マギュロと渡り合えるのか?
この世界の戦闘の勝敗は、ある意味、結界の優劣に比重があると言っても良いだろう。
物理的にも魔法的にも、結界の防御は絶対だと言っても過言ではない。
盾を必要としないのは、結界の防御は鉄壁だからこそ。如何に結界に割く魔力を消費させ、結界の威力を落とすかが勝敗の鍵なのだ。
結界の魔法が途切れ、同時に体力も落ちてからが、人本来の個々の力量が試される。
力であり、体力であり、技である力量で生死が分かれるのだから。
ところが、だ。
マルス・マギュロが、一体どうやって敵兵を戦闘不能にしているのかが全くわからない。
敵兵の結界の魔法をどうやって打ち破っているのか?
魔法なのか? いや、わからない。
体術か? 剣か?
剣は防御にしか使っていないようにしか見えないし、敵兵が剣による負傷で血飛沫を飛ばしているようにも見えない。
なのに、次々と有り得ない速度で敵兵が、言葉通り沈んでいくのだ。
辛うじて目で追えている。
それで精一杯……。
敵兵が、どんどん引き上げ出した。
いや……逃げ出した、と言った方が正しいか。
しばらくして、動ける敵兵が逃げ終え、倒れている敵兵だけとなったのだが……マルス・マギュロが、可怪しな行動を執りだした。
何故か、一人ひとり顔面をバシバシと叩き起こし……何かを問い質している。
どうやら、敵兵達は生きていたようだ。
「何していると思う?」
「わからん」
「だよなぁ……」
十数人程に同じような行動を繰り返し、不機嫌そうにこちらへマルス・マギュロが戻ってきた。
マルス・マギュロは「諸君、ご苦労だった。残念な事に……思った結果が得られなかった……。次も今日と同じく私が先鋒を一人で務める。以上だ」
「お……応」と、直進するマルス・マギュロに道を開けながら、棒立ちしていた軍人達が覇気なく疎らに応える。統制の取れていない返事は軍人として如何なものかとは思うが、副官達も人の事は言えない反応をしてしまい、妙な気不味さが伝染する。
一体、マルス・マギュロはどんな結果を得たかったのだろうか?
どう見ても、圧勝だったはずなのに……。
歴史に残りそうな一戦は、勝利の歓喜も無く……何とも言えない消化不良感を以って終わったのだった。




