第47話 マリア・キュジラ
登場人物のおさらい
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十九歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
マリア・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長女。二十一歳。マルスの婚約者なので苦労人。
マルコ・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
マリオ
マルスに忠誠を誓っている、魔道具や兵器の開発をしている技術者。
目の前でキュジラ家から連れて来た侍女達と護衛が、部屋中を隈無く捜索をしている。
覗き見の魔道具。マリオを拘束した時にも部屋中を捜索し、全て取り外したとは思うが、万が一漏れがあってはならない。
マリアは、その様子をぼうっと見ながら、自身の巫山戯た婚約者をこれからどうするか考えていた。
キュジラ家は、マギュロ家と隣り合っている領地を治めている。
今現在、エドゥ王国の北の辺境はマギュロ領だが、マギュロ王国がエドゥ王国に下るまでは、キュジラ領がエドゥ王国の北の辺境だった。
今は、同じ北部を敵とし、同じ国の民となり良好な関係を築いているが、嘗ては隣り合わせの隣国。
それに、マギュロ王国がエドゥ王国に下ったのは、南部の連合軍が戦っていたとは言え、マギュロ王国が南北線戦最前線であり、人的にも物資や資金面でも多くの犠牲を払っていたから、その物資や資金の補給の為である。
もしも北部との戦争が終わる事があれば、マギュロ領は独立をするだろうと言われている。
現に、マギュロ王国がマギュロ領となり約三百年の間、マギュロ家は、嫁取りをマギュロ領内の家臣の家から行っており、エドゥ王国の血は未だに一滴も入っていないのだ。
初対面で突然求婚された際、マリアが十三歳、マルスが十一歳だった。
大人達は、マリアとマルスが将来的に縁を結ぶ事はないと理解っていたので、幼い初恋を微笑ましく見守っていた。もう少し大きくなれば歴史的な事情を理解するだろうと。結ばれない縁もあるのだと。
それに、マルスは物静かで聡明で、稀に見る優秀さだとも事前に聞いていたのだ。
だから、そんなマルスが、性格さえも変化させるほど狂人的にマリアを欲するとは、誰も思いもしなかった。
(出会った日は、驚いたけれど……可愛らしい子ね、と微笑ましく私も思っていたのよね……)
馬車を降りた瞬間、目の前で年下の少年が土下座をしながら求婚してきた。
聞いていた為人とは違う、情熱的な求愛を寄せられはしたが、この頃の二歳差は大きい。背もマリアの方が顔一つ分程高かったし、マルスは、声変わりもしていない美少年。
大人に憧れていたマリアにとって、子供のマルスは完全に恋愛対象外。
だが、好意を直接的に初めて寄せられ、悪い気はしなかったし、嬉しいとも思った。
だが、次の日から既にマルスは無視できない存在と化していた。
十一歳の少年は、家を抜け出し、求婚の為に日参するようになったのだ。
それからは、マルスの想定外の行動に、両家は振り回されることになった。
マルスを諦めさせる為に、早めに婚約者を選ぼうとすれば全て妨害された。
婚約者候補がマルスに誘拐された事もある。
もしも、マリアがマルス以外と婚約をしようものなら、相手を殺害しマリアを攫うだろう。婚約に手を貸した者達も命の保証は無いだろう事も予想出来た。
子供がそんな事を……と言う者もいたが、マルスは全てにおいて規格外。個人の武力だけでそれをやってしまえる天才だったのだから……。しかも、様々なやらかしてきた行動はそれを裏付けていた。
両家共に万策尽きていた。
エドゥ王国の王室からも、マギュロ家にエドゥ王国の血を入れたいとの長年の方針もあったし、流石にマギュロ家も、自領以外の血を入れることに了承。
マリアは最終的に自分の意志で、自ら身を捧げる事に決めた。
(流石に今回の件は、許せないわ。だからって、婚約破棄は出来ないわよね……)
自身の部屋を……それも浴室まで仕掛けられていた覗き見の魔法具。
見つけた時は、本気でマルスに殺気が湧いた。
淑女としての尊厳の問題である。
怒りに任せて婚約破棄してやろうとも思ったが、既にマルスのマリアに対する狂人ぶりは、マルスが南部連合軍に入軍した事もあり、南部各国の貴族家では周知の事実だと聞く。
つまり、マルス以外への嫁入り先は――無い。
貴族として生まれた以上、嫡子ではない子供――特に女性――は他家との縁を繋ぎ家の利とならなければ今まで享受してきた貴族としての特権も無駄になり、家門の荷物でしかない。
(どうせ既に私は行き遅れ……。マルス以外に嫁げない……)
現在、マリアは二十一歳、マルスは十九歳。
マルスとは二歳差だ。二十一歳のマリアは、貴族女性としては既に行き遅れと言われる年齢。
婚約当初、マルスが十七歳となったら婚姻予定だったが、色々やらかした結果、その罰として婚姻を何度も引き伸ばしており、現在の予定では、婚姻は一年後、マリアは二十二歳、マルスは二十歳と決まっていた。
(最近は、マルスの事を見直していたというのに……)
入軍してからのマルスの活躍は、多方面から聞こえてくる。
軍の機密なので、兄であるマルコもあまり詳細は教えてくれないが、歴史に名を残すほどの成果を挙げている、らしい……。
その成果の影には、マリアと言う餌をマルスの目の前にぶら下げると言う手段を兄が取っている事も知っている。
最初は腹立たしかったが、兄はマリアが本当に嫌がる事はさせないし、餌と言っても、マリア直筆の手紙や、マリアが刺繍を施した手巾、マルスと出会う前のマリアの子供時代の話程度。
正当とは言えなさそうではあるが、マリアが南北線線の一翼を担っていると言われると少しは誇らしいし、あんなのでも将来の旦那様が活躍してくれる事は喜ばしかった。
(それに……異常ではあるけれど、愛されている事自体は嬉しいのよね……)
マルスは全くよそ見することなく十一歳の頃からマリアに一途だ。
会えば、うんざりする程に愛情を注いでくれる。
(ただ、やはり過剰だし異常なので、鬱陶しくなってしまうのだけど……)
マリアは、元々穏やかな性格だったはずなのだ。
それが、マルスのせいで今では――マルスに対してだけだが――苛烈な女だと思われている……。
マルスを足蹴にするし、頬への平手打ちも、扇での殴打も……怒りの感情に任せて暴力を振るっている。
淑女としては失格である。
だが、こうでもして怒りを発散しないと、感情が落ち着かない程に色々とやらかされてきたのだ。
少しでも情を見せると、マルスはつけ上がる。
不意に、さっきの覗き見の魔道具がマリアの攻撃魔法で破壊された時のマルスが咽び嘆いていた場面を思い出した。
(泣きたいのはこっちよ!! 覗き見なんて……本当に有り得ない!! 変態! 変態! 変態っ!! やはり、今までのような婚姻の引き伸ばしの罰ではこの怒りは収まらないわっ!!!)
そして、マリアはマルスにとっての最大の罰を下すべく、無理難題を思案しだしたのだった。
これが、この大陸の歴史を塗り替えるとは知らずに……。




