第45話 留学生活
登場人物のおさらい
マルコ・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
エリック
エドゥ王国軍人。マルコの部下。涙もろい男。
アイク
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。黒髪で目は青い。ルキウスを信奉している。
イーサン
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。南部に協力し、映像と声を届ける魔道具を装着中。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十七歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
マリア・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長女。マルスの婚約者なので苦労人。
ルキウス・ムカディエ
北の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。兄を退け当主を狙う野心家。奴隷を使い南部を内側から崩そうと画策している。
「大隊長……」
部下のエリックが、眉を下げ肩を落とし縋るように声を掛けてくる。
「ああ……。これは想定外だったな……」
同じようにマルコは眉を下げ肩を落とす。
現在、マルコやエリックを含む今回の留学担当の軍人達は、留学生達の宿泊する屋敷から離れたヒーラメの軍事拠点の一室に集まっていた。
イーサンに装着して貰っている映像と音声を届ける魔法具でからの様子をこの部屋で監視任務中だ。
マギュロ領の第一大要塞に監視部屋があるが、マルスに依頼し、こちらにも臨時の監視体制を整えて貰ったのだ。ちなみに餌……いや、お礼は、最近マリアが好んでいる焼き菓子の情報だ。
映像の向こう側は、夕食も終わり、留学生達が談話室で寛いでいる……のだが、その談話内容がこちらの想定していたものではなかったのだ。
『さっきの飯もそうだ。こっちの平民が普段食べている夕食の献立だとよ。肉も入ってたし、屑じゃない野菜も沢山……俺等が今まで隔離場でどんな食事をしていたか奴ら想像もつかないんだろうな!』
『本当だよ! 自慢かよ!』
『背の高い石造りの建物がこの町の平民の一般的な家とかっ……見せつけやがって!』
『しかもさ、こっちは冬でも雪が積もらないらしいよ。俺らが薪も配給して貰えなくて凍えている冬でも誰も寒くて死んだりしないんだろうね。不公平だよ』
『俺とこいつの世話係の軍人がさ、何て言ったと思う? いつか絶対に君達を取り戻すから、だって。いつかっていつだよ?! 何百年も助けに来なかったのにさ。ムカディエ様が言ってた通りだ! 俺達奴隷はいつまでもこのままじゃ奴隷のままだ! 黄金人様達のお役に立って北部の人達に受け入れて貰えるよう頑張るしかないんだ!』
『だよね! なのに大人達は未だに南部人の誇りがとか、騙されてるとか……。騙されてるのは大人達だ! 助けが来るなんて嘘を何年信じるつもりだ? 先祖代々子孫を騙し続けて変わろうとしない。俺らが変わらなきゃいけないんだ!』
五人の留学生の内、アイクとイーサン以外の三人が口々に不満を爆発させている。
『そうだね。ムカディエ様のお慈悲に感謝しよう、皆んな。不満はあるだろうけど、問題は起こしちゃいけないよ。大人しくしていなきゃね。ムカディエ様の為に。ね?』
アイクが三人にゆっくりとした口調で優しく語りかける。
『ああ、そうだな。はぁ……。アイクには感謝しているよ。俺が無視しても一生懸命何か月もムカディエ様のお考えを聞かせ続けてくれたから今があるんだ。あの頃の俺は馬鹿だったよ』
『そう言ってくれて嬉しいよ』
『ありがと、アイク。そう言えば、イーサンどうした? さっきから俯いて……。体調でも悪いのか? お前、普段から無口な方だけど、体調悪いなら早めに言えよ』
『気に掛けてくれて有難う。大丈夫。ちょっと夕食を食べ過ぎて胃もたれしちゃってさ……』
『そうか……。そうだよなぁ。あんなに腹一杯食える事なんて、ムカディエ様に食事を与えて貰えた時くらいだったもんなぁ……。胃が慣れないんだろうさ』
『……』
イーサンの複雑そうな表情を画面越しに、マルコ達は歯を食いしばる。
優しい彼は、私達に気を使い、同調したくなく体調の優れないふりをしてくれているのだ。
華美ではないが十分な食事をして貰い、出来る限り誠実に対応し、南部で人々の生活を見て貰い、故郷への想いを確固たるものにして欲しかった。
北部の思惑に染まった彼等をどうにか引き戻したかった。
だが現実は、全てが逆の意味で捉えられている……。
「イーサン君は、こちら側だと証せないから説得も難しい……。このままでは、南への敵意さえ育ってしまうだろう。留学生には過度にこちらの情報や意思を伝えない方向だが……我々南が今でも戦線を維持している事や北が何をしてきたかを説くべきだろうか? いや……信じ、ないだろうな……」
「……。大隊長ぉ……。俺、悔しいです」
「ああ、私もだ」
エリックは、画面を肩を振るわせ注視しながら、涙を滲ませている。
背を向けているので気配だけだが、部屋にいる他の者達も同じように感じているのが空気を伝って理解るのが辛い。
明日からは、領都の市場や子供の学舎の見学などが控えている。
こちらの平和な暮らしを通じて、希望を持って貰えればと立てた日程だったが、この調子だと、問題は起きないだろうが彼等留学生に与えるのは……嫌味になるのだろうな。
実際、大きな問題も起きることなく、第一回の留学期間は終了した。
留学生達は、大人しく平和に過ごしていたように表向きは見えたが、無事に留学を終えたととてもではないが言えない。
留学終了後、すぐに開催された南部連合軍の会議では、大きな課題として扱われ、様々な議論が飛び交った。
会議は数日間に渡ったが、解決の糸口は見つからないままだ。
マルコは一大隊を率いる大隊長だ。
大要塞に戻って間もなく、北部が戦端を開き、現在南北線戦で部隊を率いている。
このままでは将来、敵方に黒髪黒目の同胞が混じり、こちらに敵意を持って攻撃してくるのだ。
その時、私達は……。
やりきれない想いを、今は手に握り込む剣に乗せることしかマルコには出来なかった。




