第44話 留学生活
登場人物のおさらい
アイク
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。黒髪で目は青い。ルキウスを信奉している。父親は南部の人間。
イーサン
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。南部に協力し、映像と声を届ける魔道具を装着中。
ルキウス・ムカディエ
北の大国であるネッコ王国軍要職についてる貴族家次男。兄を退け当主を狙う野心家。奴隷を使い南部を内側から崩そうと画策している。
マルコ・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
僕達留学生は、過ごし方の注意点などを学び、ヒーラメ領に着いて三日目、滞在していた屋敷から外へ出る事になった。
名目上、この第一回目の留学の目的は“交流”。
北の……ルキウス・ムカディエからは、何かしらの南部の軍事情報や政治情勢を探れと密命を受けているが、南部は馬鹿じゃない。そう易易と北部に重要情報を漏らす真似はしないだろうに……。しかも、一番警戒される初回の時点でそんな情報を得れない事も想像できないのだろうか……。
「イーサン、思ったより南は植生が豊かなんだね」
「そうだね」
僕達は、ヒーラメ領の城塞都市内にあるヒーラメ領立庭園と言う、領民に解放されている美しい庭園を散策しているところだ。
北部では見たことがない色とりどりの花や青々と茂る木々が、心地良いそよ風に揺れ、鮮やかな色彩が広がっている。
隣で他の留学生同様に楽しそうにしているアイク。
僕は、ルキウス・ムカディエから軍事情報や政治情勢を探れと密命を受けているが、アイクは何を命令されているのだろう……。
この二年で、アイクは十歳前後を中心に、成人前、したばかりの子供達を扇動してきた。
一定数の子供達が定期的にルキウス・ムカディエにアイクと共に招かれる。
そこでは、奴隷として相当上等で、多分……北の平民よりは少し劣るだろう沢山の食事を振る舞われる。
その食事前には、透明で綺麗な湯を使わせて貰え、更に、奴隷では入手出来ない石鹸も渡され、体を洗う事が出来るのだ。
身奇麗になり、新しい衣服を与えられ、お腹いっぱいに食べる。
奴隷としては、想像も出来ないような高待遇に、子供達は夢現に身を委ねる。
そして、ルキウス・ムカディエと、アイクが言葉巧みに子供達を洗脳していく……。
奴隷となって以降、奴隷達は親から子へ、絶やすことなく南部人である誇りを説いてきた。悲惨で非情な歴史と共に。
ルキウス・ムカディエと、アイクが唆す甘事に惑わされるな。騙されているのだと大人達は必死に説得し続けてきた。
だけれども、夢のような待遇を実際に味わい……奴隷よりも尊重される将来を語られ……未だに救われていない南の奴隷の現状を、南部の同胞が今後も自分達を救う気のないのだろうと断言され……思春期も重なった子供達は、大人達に反抗した。
だから、楽しそうにはしているが、留学生達の口からは、嫉妬や怨嗟するような怨言が口々に小言となって蔓延していく。
「助けに来ないくせに俺達より良い生活をしやがって」
「こんな綺麗な場所にいつでも来れる? 僕達は隔離場以外に自由に行けないのに」
「今朝の食事。聞いたか? 南の一般人の普通の食事だってよ。僕等はまともな食事が出来ないのに」
その怨言は、コソコソと囁き合う音量で、同行している南部の人達の目に入らぬ隙に、留学生達の間を掛け巡る。
「イーサンもそう思うよな」
そう、留学生の一人が耳元で愚痴り同意を求め、僕は口に出して同意せず曖昧に苦々しそうに笑って見せる。
気持ちは理解るよ。
三百年前、僕等のご先祖様が攫われなかったら、きっと僕等はヒーラメでこうして見せられた生活を本来送っていたのだろうから。
羨ましいよね。
悔しいよね。
恨みたくなるよね。
手にしていたかも知れない幸せを、毎日こうして留学期間ずっと見せられるのだから……。
留学生の中の一人、成人して十五歳となりこの中で最年長の知人を見やる。
彼は、同じようにルキウス・ムカディエの甘事に惑わされた一つ年下の少女が来年成人したら夫婦になることが決まっている。
ルキウス・ムカディエの馬鹿げた思想に染まった者同士で夫婦となれば、ボロボロの掘っ立て小屋ではなく、小綺麗な新築の小屋を隔離場に与えられる事が決まっている。
隔離場内で、ルキウス・ムカディエの馬鹿げた思想に染まった者とそうでない者との“格差”をこれから奴隷達に目に見える形で見せつけていく計画なのだ。
既に、隔離場の一角には小綺麗な新築の小屋が出来上がっている。
隙間風も雨漏りもない……清潔で真新しい木の香りのする家。入居すれば使うことが許される、奴隷では入手できない生活道具。
まだ入居は許されていないが、見学は誰でも許されており、“格差”を目にした若者をこれでもかと惑わせる。
彼は言う。
移動中の馬車から見えるヒーラメの領民が住まう家の一つを指さして『俺がムカディエ様に頂く家より古そうだな』と。
留学生の中でも、ほんの少し留学生の誰よりも優遇されている未来を少し自慢げに。
それでいて、それでもヒーラメの一般的な領民より貧しい未来に不満を滲ませながら……。
将来的に、隔離場がどうなっていくかは、このままでは火を見るより明らかだ。
馬鹿げた思想に染まった若者同士で子を成し、代々受け継いできた南部人の誇りを忘れ、世代交代する毎に薄れ……染め上げられていくのだろう……。
――時間がない。
マルコさんがこっそりと教えてくれた。
『詳しくは言えないが、そう遠くない未来。君達を救う手立てが整う可能性が高いと私は思っている。理由は言えない……。君が思っている通り、時間がないのを我々もよく理解っている。どうか、希望を忘れないで欲しい。諦めないで欲しい』
僕は絶対に諦めない。
横目で見る親友の碧い目に陽の光が透け、いつもより明るく見えた。
眩しそうに目を細めるアイクは、ルキウス・ムカディエのように微笑んでいる。
作られた微笑に……本来のアイクの面影が薄れていく……。
アイクの事も、僕は絶対に……絶対に諦めない!




