第43話 民兵都市
登場人物と国や用語のおさらい
マルコ・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長男。軍人。マルスの婚約者マリアの兄。
エリック
エドゥ王国軍人。マルコの部下。涙もろい男。
アイク
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。黒髪で目は青い。ルキウスを信奉している。
イーサン
ムカディエ家の奴隷の少年。十二歳。南部に協力し、映像と声を届ける魔道具を装着中。
ルーク・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の次男。十二歳。人より神に近い超人。
マルス・マギュロ
エドゥ王国 マギュロ家の長男。十七歳。軍の司令官。婚約者のマリア命の狂人。
リア・マギュロ
主人公。エドゥ王国、マギュロ家の三男。五歳。転生者。
マリア・キュジラ
エドゥ王国キュジラ家の長女。マルスの婚約者なので苦労人。
メージ王国
エドゥ王国の西、海岸沿いに広がる国。西の特区である城塞都市のある国。
メージ王国ヒーラメ領
西の特区とメージ王国王都の中間にあり、大きな港のある貿易拠点で、三重の城壁に囲まれた城塞都市。
昼頃、馬車がゆっくりと停止し、しばらくして「到着しました」と、扉の外から声が掛る。
私から先に降り、エリック、イーサンと馬車から降りれば、目の前には整列した見事な真っ白い領軍服のヒーラメ領兵が一番に目に留まった。
こちらも留学生達や部下達に直ぐ様指示を出し整列させる。
「ようこそ同胞諸君! 私は此処ヒーラメ領都の領主モーガン・ヒーラメだ! 存分に故郷の地を楽しんでくれ! 歓迎する!」
「ヒーラメ殿、歓迎感謝する。マルコ・キュジラだ。宜しく頼む」
モーガン・ヒーラメは、噂には聞いていた予想以上に大柄な体躯で、豪快で快活な声がなんとも晴々とし、気持ちの良い男だ。
代表者として、私がまず握手を交わし、留学生代表者であるアイクを紹介する。
「彼が留学生の代表だ」
「お会い出来て光栄です。アイクと申します。短い間ですが、どうぞ宜しくお願い致します」
アイクは、片膝を深く折り、左手を胸に、右手を伸ばし礼をする。
南部では見かけないこの独特の礼は、北部では下位の者が上位の者へ最上級の礼をする際の所作なのだそうだ。西の特区で見た時は、何とも言えない気持ちになった。
ヒーラメ殿も同じように感じたのか、満面の笑顔が一時固まったのがわかった。だが、すぐにそれもなかったように「頭を上げてくれ」と、上体を起こしたアイクの手を取り握手を交わす。
「皆疲れただろう? 一人一部屋用意させている! まずは、体を清めて休息を。夕食で会おう! 色々話を聞かせて欲しい。案内を!」
ヒーラメ家の使用人達が、留学生達を案内していく。
これから留学生達が滞在するヒーラメ家の別邸は、貴族の屋敷には珍しく五階建ての建物だ。
張り巡らされた城壁で、土地が限られている領都では、高い建物が多く、高層の建築技術に長けていると聞いていたが、その通りだと思った。
城や砦でもないのに、ここまでの高さの建物は見たことがない。
留学生達も驚いたのか、屋敷の扉へ足を進めながら上を向き、口々に建物の高さに驚きの声を上げていた。
「さて、我々は移動しましょうか」
先程までの豪快で快活な声とは違い、温度のない声でヒーラメ殿に促され、私、エリック、そして軍の指揮官数名、特区の役人達は、馬車に乗り直し、ヒーラメ領都で最も高い建物、ヒーラメ城へと向かう。
北部の事は知らないが、南部で最も高層の建築物。
聳えるように建つ城は、城と言うより要塞。岩山のように佇んでいた。
「いやはや、無愛想ですまないが、此方の方が楽でね。笑顔を作るのも疲れるもので」
言葉は詼けているが、その抑揚は平坦で、ヒーラメ殿の無表情が場を強張らせる。
「まずは我が領都の方から」と、ヒーラメ殿は淡々と話し始めた。
「事前に伝えていた通り、留学生達が一目で判るように赤く塗装したこちらの木板で出来た身分証を首から掛けて貰う。領都民達にも通達済みだ。知っての通り、我が領都民は、民であり兵でもある。商店から小さな屋台の売り子、そこらで買い物をする御婦人まで例外はない。子供達も幼い頃から我が領の在り方は徹底して教えられており、皆が目となり耳となり、言葉は悪いが“監視”を徹底する体制を敷いている。留学生の行動区画は、毎朝即座に全領都民に速やかに通達されるので、留学生達が単独で行動しても問題なく報告が届くように連絡網も徹底させている。何か全領都民に通達すべき事態が起きた時はすぐに知らせて欲しい。対応させて頂く」
これでも貴族家の嫡男。表情は動かさずにいれたが、内心かなり圧倒された。
ヒーラメ領都の特殊な在り方は知っていたし、領民達による監視も事前に知らされていたが。
だが……「毎朝即座に全領都民に速やかに通達」「連絡網も徹底」と言うヒーラメ殿の話に底知れぬ領主としての凄まじい手腕を感じた。
訓練された軍人部隊でも、こんなに広範囲でバラつく大人数に情報伝達は難しいだろう。
それを正規の兵ではない民兵……民に対して行えるとは、とんでもない事だ。
是非ともその方法の一端でも知りたい所だが、教えてくれる気は無さそうに感じる。
それからある程度この領都における注意事項などの話を聞き終わり、こちらからの情報も共有し、今後の予測を話し合う。
「今回は留学の初回。様子見も兼ねて留学生が指示された何かをしてくることはないでしょう。私ならそうしますし。この先、定期的に留学生を迎えますが、この先しばらくは大人しくしてくれるでしょう。一つ気になるのが、代表のアイク君が特にですが……先祖の故郷の地に行きたいとしきりに要望を出している点です」
これは、馬車の中でもイーサンに確認を取ったが、北の同胞達は、代々南部の何処が故郷だったかを先祖から口伝で伝え繋ぎ続けてくれていたようだった。
イーサンも「僕のご先祖様は、マギュロ王国の人だったそうです」と、教えてくれた。
目をキラキラとさせ「どんな国なんですか?」と言うイーサンに、マギュロ王国は、フジー大街道の戦線維持の為にエドゥ王国の傘下に入り、今はマギュロ領となっている事をザックリとした歴史と共に説明すると「僕達の為に……」と、目を潤ませていた。そして、エリックはここでもまた泣いていた……。
「当初の予定通り、留学生達をこのヒーラメ領都以外に移動させる気はありません。特に、南北戦線の最前線であるマギュロ領の情報は極力与えたくない。特にマギュロ家の兄弟のおかげで南北戦線は圧倒的に北を圧倒し続けています。内側から崩したい北部としては、マギュロ領の情報こそ最も手に入れたい所でしょう。ですが、留学の回を重ねれば、いつかは彼等の“先祖の故郷の地に”と言う要望を叶える時を用意せざる得なくなるでしょう。名目上は……和平の為、だそうですから」
この留学は……と私は言葉尻を下げる。
「マギュロ家のご兄弟は今お幾つに?」
「……? ええっと……長男のマルス君が十七。次男のルーク君が十二。三男のリア君は、まだ五歳だったはずです」
何故あの兄弟の年齢を? と疑問に思いながらも答える。ヒーラメ殿は、相変わらず無表情だが、僅かに口端を上げてこう言った。
「三年。次男のルーク殿が十五となれば従軍される。そのタイミングでマギュロ領に留学生を招けば良い」
「は……?」
そして、更に口角をぐっと上げ続ける。
「ご長男のマルス殿が上手くやるでしょう」
滅多にヒーラメ領から出ないと言われるヒーラメ殿が、マルス君やルーク君を良く知っていそうな確信的な物言い。あまりに予想外の言葉に驚きつつも、マルス君なら……と、あまり宜しくない根拠を思い浮かべ、口が引き攣る。
可愛い妹マリアを餌にすれば……と過ぎる私は兄失格だろうか……。
時間を見つけてマリアに土産を買おうと、後ろめたくマルコは思うのだった。




