9 デートのお誘い
朝のウォーキングにもだいぶ慣れてきた気がする。金ちゃんは気まぐれなのか、お邸から抜け出せないのか、日によって来たり来なかったりした。
今日は金ちゃんが来ていなかったので、ひとりで訓練場の周りをウォーキングすることにした。
「ほらそこ! 脇が甘い! そんなんじゃ敵の攻撃に耐えられないぞ!」
「ハイッ! 団長!」
訓練場では、騎士達の早朝訓練が行われているみたい。そういえば、もうすぐ大掛かりな公開演習があると聞いている。王族や貴族のみならず市民にも公開され、特に最後の模擬戦は大いに盛り上がるイベントなのだそう。きっとそれに向けて訓練にも力が入っているのね。
あら、あれはもしかして……
「あっ、シェリルちゃ〜ん! おっはよ~!」
「ル、ルーちゃん隊長! 危ないです!」
「これくらい余裕よぉ〜」
私に気付いたルーちゃん隊長は、右手では華麗な剣さばきを見せながら左手で私に手を振っている。相手との実力の差が大きいのか、それとも耳のあたりにもうひとつ目が付いているのかと思うくらい、よそ見をしながら打ち合いを続けている。
――キン!
「あっ!」
「ほら〜相手の剣の軌道を予測しきゃ。それが見えていないから全部ちょっとずつ遅いのよ。そのあたりを意識してやれば筋は悪くないわ」
「はいっ、ありがとうございました!」
ルーちゃん隊長は相手の剣を飛ばし打ち合いを終わらせた。そのまま軽い足取りで私の元へ駆け寄ってくる。
「朝から会えるなんて嬉しいわ。訓練の見学?」
「いえ、体力作りのためにウォーキングをしているんです。ルーちゃん隊長は抜け出して大丈夫なんですか?」
「いいのいいの。正式な訓練じゃなくて、自主練だから。部下達に頼まれて時々訓練に付き合ってるの」
「そうなんですね。それならよか――」
「シェリル嬢ーーっ!」
私の名を叫びながら、剣を手に持ったグレイウルフ団長が物凄い勢いで走ってくる。えっ、えっ、こわっ!
そのままの勢いでフェンスにガシャンと突っ込んできた団長に、思わず二、三歩後ずさりした。
「なぜ逃げる」
「そりゃあ逃げるでしょ。団長、剣くらい下ろしたら?」
「ああ、そうか。すまなかった」
「いえ、大丈夫です。団長も訓練お疲れ様です」
ルーちゃん隊長に指摘されると、団長はワタワタと剣を下ろした。そんなに慌ててどうしたのかしら。
「シェリル嬢、朝のウォーキングか?」
「はい、体力作りのために毎朝訓練場の周りを歩いているんです」
「知っている……」
「えっ?」
「いや、なんでもない。ひとりで大丈夫だろうか?」
「ええ、いつもはワンちゃんが付き合ってくれるんですけれど、ひとりでも大丈夫ですよ」
「プッ、ワンちゃん。フフッ」
「なんだルーク、何がおかしい」
「なーんにもないわ〜アハハ」
ルーちゃん隊長はおかしくてたまらないとばかりに、お腹を抱えて笑っている。ひとしきり笑うと、ハァ〜と息を吐いた。
「ねぇシェリルちゃん、今日はアタシがウォーキングに付き合おうか?」
「駄目だ!」
「そうですよ。訓練中なのに、隊長にウォーキングに付き合ってもらうなんて申し訳ないです」
「あら、ワンちゃんはいいのに?」
ルーちゃん隊長はなぜかチラリと団長の方を見た気がした。
「ワ、ワンちゃんはいいだろう。お前は部下達の訓練に付き合え」
「ハイハイ、わかりましたよ。シェリルちゃん、いつでもウォーキングに付き合うからね〜」
「あ、ありがとうございます」
そう言うと、ルーちゃん隊長は長い黒髪をなびかせて訓練に戻って行った。
「ウォーキングなら俺が付き合おう」
「いえいえ、団長にお付き合いいただくなんて! どうぞ訓練にお戻りください」
「だがっ」
「お気遣いありがとうございます。慣れていますので本当に大丈夫ですから」
心配そうな瞳の団長に一礼して、私はウォーキングに戻った。
◇◇◇◇
「あら団長、シェリルちゃんとウォーキングに行かなかったんですか?」
「う、断られた……」
「あらら、ワンちゃんの姿だったら断られないのにねぇ?」
「ワンちゃんて言うな! 人の姿の俺はまだ、そこまで距離を詰められていないんだ。仕方ないだろう」
「さっさとデートにでも誘えばいいのに。団長が誘わないなら、またアタシが誘っちゃおうかな〜」
「だ、駄目だ! 他の男とデートなど許さん!」
「じゃあなおさら早く誘ったらいいのに。他の男がシェリルちゃんの魅力に気付いたら……」
「そうはさせん!」
「公爵家の力を使えばお付き合いも……なんなら婚約もどうにかできるのに、なんで使わないの?」
「それはしたくないんだ。彼女には本当の俺を好きになってもらいたい」
「ほ〜ん、本当の俺ね……ま、頑張ってくださいな」
「ああ」
◇◇◇◇
昼休み、またも金ちゃんは何かを咥えてやってきた。新しいおもちゃかしら。
「金ちゃん、それはなあに?」
私が手のひらを向けると金ちゃんは口から一枚の紙を出し、たしたしと前足で押さえた。だんだんわかってきたわ。この『たしたし』は、私に何かをくれるときの合図だ。
「王立中央植物園……これ、公園の中にある植物園のチケットね? 私にくれるの?」
「がう!」
「ありがとう! 実はまだ一度も行ったことがなかったのよ。嬉しいわ」
「ふう〜ん」
金ちゃんの顔をモフモフすると、気持ちよさそうな声を上げた。なんてかわいいのかしら。
「ふふっ、ブラッシングもしましょうね」
私は金ちゃんグッズが入った布のバッグを膝に載せた。例のイラスト刺繍入りバッグだ。金ちゃんはバッグに目をやると、目をまん丸に見開いた。
「が、がう?」
「ああ、これ? 金ちゃんのグッズ入れに刺繍をしてみたの。どうかしら? あなたに似てる?」
「ふぅー」
金ちゃんは前足の肉球をまぶたに当てて、上を向いてしまった。犬ってこんなポーズもするのね。まるで人間みたいだわ。ゆっくりと息を吐いて落ち着こうとしているように見えるけれど、尻尾はパタパタと激しく揺れている。
「我ながら上手くできたと思うんだけど、気に入ってくれた?」
「がう!」
金ちゃんは私の膝に前足を載せると、ペロペロと頬を舐めた。ふふっ。
「もう、金ちゃんたらくすぐったいわ」
私は金ちゃんを抱きしめ、そっと首の辺りを撫でる。まさかこんなに喜んでもらえるとは!
さっきのチケットのお礼くらいにはなったかしら。
「せっかく金ちゃんがくれたことだし、次の休みにでも行ってみようかな」
◇◇◇◇
昼休みも終わり総務部へ戻ると、目ざといヒルダさんに話しかけられた。
「あら、それどうしたの?」
「これですか? さっき例の灰色のワンちゃんがくれたんですよ」
「えっ、あの団ち――ウグッ、ワンちゃんが?」
またカーラさんがヒルダさんから肘鉄を食らっているわ。わあ、痛そう……大丈夫かしら?
「ホホホ、何でもないのよ。王立植物園のチケットね?」
「ええ、ヒルダさん達は行かれたことはありますか?」
「もちろん! 昔から定番のデートスポットだもの。若い頃は旦那とデートしたわ」
「そうそう、珍しい花が沢山咲いていてね。中が広すぎて迷子になりそうだからって、旦那と初めて腕を組んだわ」
「まあ、素敵ですね!」
ヒルダさんもカーラさんも、若い頃を思い出したのか乙女の顔になっている。
「私はデートじゃないので、ひとりでゆっくり回って来ますよ」
「「ダメよ!」」
「へ?」
「絶対におしゃれをして行きなさい! かわいい服を着てね」
「そうよ、せっかくのお出かけなんだから! 髪もかわいく結って行きなさい」
「えぇ……?」
ヒルダさんとカーラさんはなぜか必死に私の手を握って力説している。あぁ、そうか。放っておいたら私が地味な格好で行ってしまって、カップルばかりの中で浮いちゃうと心配してくれたのね?
聞いておいてよかったわ。危うく、朝のウォーキング終わりにそのままの格好で行っちゃうところだった。
「おふたりともありがとうございます。ちゃんと見苦しくない格好で行きますね」
「「楽しんでらっしゃい」」




