8 モフモフは幸せな時間
今日も昼休みは、裏庭でランチだ。昨夜のマカロニサラダをそのままランチボックスに詰めてきた。茹でたブロッコリーの茎を、今の季節にはないきゅうりの代わりに入れたのが良かった。うん、マヨネーズに合う。学園の寮のおばちゃんありがとう! こんな美味しい部分を捨てるんじゃないよと教えてくれて!
――ガサガサ
「金ちゃん!」
お世話になった寮のおばちゃん達に感謝をしながら食べ終わったとき、金ちゃんが茂みから現れた。尻尾を振りながら駆け寄ってくる姿がかわいくてたまらない。
「がう!」
「今日もボール遊びがしたいの? でもねフッフッフッ、今日は私もいいものを持ってきたのよ」
「ふうん?」
「じゃーん! ブラシでーす!」
金ちゃんはいつも毛並みがツヤツヤだけれど、茂みから出てくるせいか葉っぱや枝が絡んでしまうことがある。それを取るため――というのは建て前で、全身をモフらせて欲しかったの! ブラッシングしながらだと自然にモフモフできるもの。あのフサフサの尻尾も触らせてくれるかもしれない。
そのためのブラシもペット用品店で購入してきたわ。ブラシ代は生活費を節約した分から捻出した。思う存分モフらせてもらえるのなら、決して高い買い物ではない。私は下心を隠して金ちゃんに声を掛けた。
「あのね、あなたをブラッシングしたいなと思って」
「んぐう」
「いいかしら?」
「が、がう……」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、ここに寝そべってくれる?」
金ちゃんはキョロキョロと辺りを見回すと、そろりと地面に寝そべった。
「金ちゃん、背中から始めるわね」
艶のある灰色の背中に手を置くと、金ちゃんはビクッと緊張したように体を強張らせる。初めてだから少し警戒しているのかしら?
「金ちゃん、ほら大丈夫よ。気持ちいいでしょ?」
「くぅ〜ん」
毛並みに沿ってブラシを当てると、ゆっくりと体の力が抜けていくのがわかった。金ちゃんは私にすべてを委ねるように、前足へあごを載せ目を瞑っている。
わぁ〜なんてきれいな毛並みなのかしら! 顔周りもモフモフで気持ちがいいけれど、この背中の毛もたまらないわ。脇腹はどうかしら……あ〜思った通り最高! こっちも文句なしのモフモフ! そしてついに尻尾――
「はひゅん!」
「あっ、急に触ってごめんなさい。びっくりしたわよね。尻尾に触れられるのは嫌だったかしら?」
「ゔ、ああん」
「そう? よかった。じゃあ続けるわね!」
首を横に振っているから、きっと嫌がってはいないわね。ふふっ、本当に人間の言葉がわかるみたいだわ。
「あ〜かわいい! 金ちゃん、本当にかわいい! もふもふ〜」
「ん゛ん」
なんて幸せな時間なのかしら。私は思う存分モフ――じゃなくて、ブラッシングに励んだ。実家では、いつもクロちゃんをブラッシングしていたもの。大きなワンちゃんのお手入れには慣れている。金ちゃんも気に入ってくれるといいな。
「さあ、きれいになったわよ。どうかしら?」
「がう!」
「ふふっ、よかったわ。あらまあ、ちょっと張り切りすぎたわね。スカートが毛だらけになっちゃった」
「くぅん」
「大丈夫よ、もう一着制服の予備があるから。金ちゃんが落ち込むことはないわ」
耳を垂らして申し訳無さそうな顔をした金ちゃんを安心させるように、顔の周りをもうひとモフりした。
◇◇◇◇
翌日、裏庭のベンチでランチを済ませたタイミングで金ちゃんが現れた。口にはなにか布のバッグを咥えている。今日は何を持ってきたのかしら……
「ヴゥ」
「今日は何のおもちゃを持ってきたの? って、これは! 王都で発売されたばかりの話題のお掃除グッズ、粘着テープをコロコロ転がすやつじゃないの!」
王都中のメイド達のみならず庶民の奥さん達の間でも話題になっているという、ローラー状になった粘着テープをコロコロ転がすだけで、小さなホコリやゴミも取れてしまうという素晴らしいグッズだ。人気がありすぎて入手困難だと聞いていたのに、まさか金ちゃんが持っているだなんて!
「金ちゃん、これどうしたの?」
「がうがう」
金ちゃんは柄の部分を咥えると、座っている私の膝の上をコロコロしてみせた。
「まあ! もしかして昨日のブラッシングで毛だらけになったのを気にしていたの?」
「くぅん」
「そんなこと気にしなくていいのに……でも、ありがとう。これでまた心置きなくモフ――じゃなくてブラッシングができるわね!」
「がう!」
金ちゃんはそう返事をすると、またペタンと前足にあごを載せて寝そべりリラックスした様子を見せた。金ちゃんからのお許しも出たことだし、今日も存分にモフらせてもらうことにしよう。
丁寧にブラッシングを済ませると、金ちゃんは嬉しそうに私の膝に頬を擦り寄せた。
◇◇◇◇
日に日に金ちゃんグッズが充実していく。柔らかいボール、リード、ブラシ、それにコロコロする粘着テープ。それらを金ちゃんがくれたシンプルな布のバッグにひとまとめに入れていた。
「このバッグ、少しかわいくしようかしら」
私は学生時代に女子生徒の必修科目だった刺繍を思い出し、裁縫箱をクローゼットから引っ張り出した。
実は刺繍はけっこう得意なのだ。授業中に私の作品を見たクラスメイトの令嬢達から『意中の相手に刺繍をしたハンカチをプレゼントしたいが、刺繍が苦手なので代わりにお願い』と密かに頼まれ、内職をしていたくらいだ。その意中のお相手には悪いが、あれはなかなかいいアルバイトになったわ。
そんなことを思い出しながら布に図案を下書きし、丸い刺繍枠を取り付け一針一針刺していく。デフォルメした図案だから、そんなに時間も掛からなかった。
「できたわ!」
我ながら上手くできたんじゃないかしら。布のバッグには、金ちゃんがかわいらしくおすわりをした刺繍が描かれている。
「金ちゃん、喜んでくれるかしら」
金ちゃんが尻尾を振って喜ぶところを想像しながら、私はベットに潜り込んだ。




