4 騎士団食堂
定時を少し回ったところで、同じ部署の人達に挨拶をして今日の仕事を終えた。せっかく金ちゃんから食堂の回数券をもらったので、帰りに夕食を食べて帰ることにしたのだ。
騎士団の食堂は、騎士以外でも騎士団内で働いている人は誰でも利用することができる……と、最初に案内してもらったときに説明を受けた。実際に入るのは今日が初めてなんだけどね。
騎士だけでも三百人近くいるとあって、食堂はかなり広かった。食堂内にはテーブルが並び、奥には料理を受け取るカウンターがあって、調理場にはたくさんの人達が働いている。
私はカウンターのところにいる女性に声を掛けた。
「あの〜、この券は今の時間帯に使えますか?」
「はい、いらっしゃい。えっと、夕食券だね。もちろん使えるよ」
ヒルダさん達と同年代の女性は、親切に色々と説明をしてくれた。食堂は騎士の勤務に合わせて朝から夜勤の騎士のための少し遅めの夜食の時間帯まで営業だが、時間帯によって若干メニューが変わるらしい。基本的に日替わりで、メインのおかずが魚か肉のうちどちらか選べて、付け合せの野菜とスープとパンでセットになるらしい。
夕食は朝食などに比べて少し豪華なので、そこだけ値段が変わるそうだ。なるほど、それで回数券に『夕食用』と書かれていたのね。現金払いでもオーケーだけど、やっぱり回数券がお得だからおすすめよと教えてくれた。
「魚と肉、どちらにする?」
「では、肉でお願いします!」
「あいよ! 量は? 騎士と同じ量は多いよね」
「そうですね、さすがに……少なめにできますか?」
「はい、少なめね。じゃあそっちに進んでスープとパンを受け取ってちょうだい」
「ありがとうございます」
カウンターを進むと、スープ、パンとそれぞれのコーナーでトレーに載せてくれる。最後に先ほど注文したお肉料理を受け取って、回数券を渡せば完了だ。なんと、紅茶はポットから好きなだけ飲んでいいらしい。太っ腹! ありがたく紅茶もトレーに載せて、私は座る席を探してキョロキョロと見渡した。
「あら、シェリルちゃんじゃないの! こっちにいらっしゃいよ」
私の名前が呼ばれた気がして振り返ると、そこには第一隊のルーちゃん隊長の麗しいご尊顔がニコニコと笑みを浮かべていた。おひとりで食事中だったらしい。
「ルーちゃん隊長、お疲れ様です」
「おつかれ〜。シェリルちゃんたら、いつまで待ってもお茶に来てくれないんだもの。仕事、忙しいの?」
「えっ、あれって社交辞令では……」
「んもう! そんなわけないでしょ! ちょうどよかった、今日こそ付き合ってもらうわ。ここに座って」
「は、はい。お邪魔いたします」
ルーちゃん隊長の向かいの席を勧められ、テーブルにトレーを置き腰を下ろした。こんなに整ったお顔が真正面にあると緊張するわ。遠くから眺めるくらいがちょうどいいかもしれない。
「シェリルちゃんが食堂に来るのは珍しいんじゃない? 今まで会ったことないわよね」
「はい、実は入団してから初めて来ました。ルーちゃん隊長はよく来られるのですか?」
「そうねぇ、外に出ることもあるけれど忙しいときは大体ここね。結構美味しいのよ」
そう言うと、優雅な所作でお肉を切り分け口に運んだ。わあ、本当に美味しそう。私もスプーンを手に取り、具だくさんの野菜スープを口にした。
「んん、本当だ。美味しいです」
「ねー、言ったで――」
「なぜお前がいるんだ」
「えっ?」
頭の上から低い声が聞こえて、見上げるとトレーを持ったグレイウルフ団長が立っていた。あれ、お顔が険しい。少し怒ってらっしゃる? もしかして、隊長と団長のおふたりで打ち合わせかなにかのお約束でもあったのかしら。だから『呼んでもいない部外者のお前がなぜいるんだ』ってことよね。
「お邪魔して申し訳ありません! 私は別の席に移りますので」
「ち、違う!」
「え?」
「君に言ったのではない。ルークに言ったんだ」
「え〜アタシが先に食べていたのに、ヒドくなぁ〜い? 団長こそ、今日はもう上がりなのになぜ食堂に? お邸で夕食が準備されてるでしょ」
「き、今日は使用人達が休みの日なんだ!」
「へぇ〜ほ〜ん」
ルーちゃん隊長はなぜか頬杖をついてニマニマしている。上司と部下の関係なのに、やけに気安い気がした。そのニマニマ顔のまま、隊長が私の方に顔を向ける。
「ねぇ、シェリルちゃんは官舎に住んでるの?」
「えっ? 私ですか? はい、そうです」
いきなり話を振られて、挙動不審になってしまう。団長はムスッとした顔のまま、なぜか私の隣の席に着き食事を始めた。ルーちゃん隊長は全く気にも留めない様子で話を続ける。つ、強い。
「じゃあ、いつも食事はどうしているの?」
「簡単なものしか作れませんが、ほとんど自炊ですね。部屋にキッチンが付いているので。たまに街でお惣菜を買ったりもしますけど」
「若いのに偉いわねえ〜」
ルーちゃん隊長自身もお若いのに、おばちゃん臭いセリフが飛び出す。その美しい顔とのギャップが面白くて思わず笑ってしまった。
「ふふっ、ルーちゃん隊長だってお若いのに」
「ルーちゃん隊長だと!?」
「ひぃ!」
隣の団長が大きな声を出して立ち上がったものだから、私もびっくりして変な声が出てしまった。
「あの、やっぱり失礼ですよね。隊長に向かってあだ名なんて」
「いいのよ〜アタシがそう呼んでって言ってるんだから〜」
「なぜお前だけ……ぐぬぬ」
なぜか団長が歯ぎしりをしている。もしかして、団長もルーちゃんって呼びたかったのかしら?
「まあいい。シェリル嬢、そんな少しで足りるのか?」
「少し? えっと、結構多いですよ」
騎士より減らしてもらったとはいえ、普通にボリューム満点だ。欲張ってパンもふたつもらっちゃったし、お腹もだいぶ膨れてきた。
「そうか、遠慮せずたくさん食べるといい」
「ありがとう、ございます?」
団長も、なぜかお母さんのようなセリフを言っている。こんな末端の新人事務官にまで目配りしてくれるなんて、上に立つ人は違うわ。新人がちゃんとやっていけてるか、心配してくれたのね! でも大丈夫、私にはアレがある。
「しぱらくは贅沢ができそうです。仲良くしているワンちゃんが回数券をくれたので」
私は金ちゃんからもらった回数券を取り出して見せた。先ほど一枚使ったので、残りは十枚分だ。
「ブッ、ゲホッ」
「団長、大丈夫ですか?」
突然むせ出した団長の背中を『失礼します』と断ってからゆっくりと擦った。
「なあに? それ見せて」
「シェ、シェリル嬢、無くすといけない。仕舞っておかないと!」
団長よりルーちゃん隊長の手が出るのがほんの少し早かった。隊長は手にした回数券を見てなぜかニヤリと笑う。
「へぇ〜これ仲良しのワンちゃんがくれたんだ」
「そうなんです。使っていいのか迷ったんですが、総務部の先輩方に相談したら大丈夫だって」
「うん、大丈夫よ。ワンちゃんがくれたんだから。ねぇ、団長?」
「うぐぅ」
喉になにか詰まらせたような声を出して、団長はそっぽを向いてしまった。これ、本当はまずいけれど見逃してくれるってことかしら? 怒っているのか眉間にしわを寄せて、だけど若干頬が赤らんでいるなんとも言えない表情をしていた。
「本当に大丈夫ですか?」
「あ、ああ問題ない。君のものだ」
団長からもお墨付きをもらってしまった。よかった……入団早々、横領罪からは免れたわ。
「ねぇ、今度そのワンちゃんについて話を聞かせてほしいわ。お昼休みにアタシの部屋においでよ」
「ルーク! そろそろ勤務の時間じゃないのか?」
「おおこわ。わかってるわよ、じゃあねシェリルちゃん」
「はい、夜勤頑張ってください」
ルーちゃん隊長は手を振り振り仕事に戻っていった。団長とふたりになってしまって、少し気まずい。
「君は、ルークと仲がいいのか?」
「えっ?」
やけに真剣な顔の団長が、金色の瞳で私をジッと見つめている。
「先日、隊長室に総務部長とご挨拶に伺いまして……こんなにお話をしたのは初めてです」
「そうか、だったらいいんだ」
なんでだろう。団長とも挨拶しかしたことがなかったのに、前から知っているような気がする。少しホッとしたような団長の姿を、私は不思議な気持ちで眺めた。
猫科の獣人はマイペース。




