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番外編 使用人たちの大作戦

 その日、グレイウルフ家別邸の使用人が全員集められていた。

 神妙な面持ちで立っている主人を前に、なにか問題でも起こったのかと緊張が走った。 


「以前より親しくしている令嬢がいるのだが、今度の週末に邸に招くことになった」

「なんと!」「まあ!」


 問題が起こったのではなく、予想外の嬉しい知らせに使用人達からも喜びの声が上がっている。主人を子供の頃から見守ってきた執事長は、うっすら涙まで浮かべていた。

 

「彼女を迎えるにあたって、不備があってはならない」

「もちろんでございます! お食事からお飲み物、快適にすごしていただけるよう邸には花を――」

「あーそういうのは大丈夫だ。外にお茶とお菓子を用意してくれたら十分だ」


 気合い十分といった執事長を、主人は手のひらを向けて止める。執事長は不思議そうに問い返した。


「と、おっしゃいますと?」

「庭で彼女を迎えようと思う」

「ガゼボでお茶会ですか! では、庭師は気合いを入れて花木の手入れを――」

「いや、そういうのも大丈夫だ。むしろ芝生の手入れを頼む」


 全員の目が庭師に集まり、帽子を握り締めた庭師はオドオドと口を開いた。

 

「花はいつでも万全の状態にしておりますが、芝生は具体的にどのような?」

「石など危ないものが落ちていないか、確認しておいてくれ。走り回って遊んでも、彼女が怪我などしないように」

「しょ、承知しました」


 走り回って遊ぶ……? 使用人達の頭の中は疑問符でいっぱいになっていた。それはそうだろう。走り回って遊ぶ令嬢など聞いたこともない。


「もしかして、まだ幼いご令嬢なのでしょうか?」


 執事長は使用人を代表して、誰もが頭に思い浮かべたことを口にした。事情を知る家令のケネリーが、主人に代わってそれに答える。


「いえ。シェリル・ホープ伯爵令嬢は、れっきとした成人済みのご令嬢です」


 その答えを聞いた使用人達は、ますます混乱した。芝生を走り回って遊ぶ大人の伯爵令嬢?? とんでもないお転婆娘を見初めたということなのか?

 使用人達は不安を胸に抱きながらも『主人が招きたいというほどの方なのだから』と、一旦自分を納得させた。


「それと皆に注意してもらいたいことがある」

「なんでございましょう? アレックス様」

「彼女は俺が狼の獣人だということを知らない」

「まあ!」

「しかも獣化した俺を犬だと思っている」

「なんと!」

「だから彼女の前では、俺を飼い犬として扱え」

「「「ええっ!?」」」

 

 主人の言葉に、使用人達は驚きの声を上げると同時に困惑した。それはそうだろう。『彼女にバレないようにしろ』ならまだしも『犬として扱え』ときたからだ。


「ご令嬢に狼の獣人だと知られてはマズイのですか?」

「ああ、まだタイミングがな……」

「なにかご事情がおありなのですね。承知いたしました」


 さすがは長年公爵家に仕えてきた執事長だ。みなまで聞かずとも、主人の事情を(おもんぱか)り受け入れた。


「私どもは獣化したアレックス様をペット……として接すればよろしいのですね?」

「そういうことだ。あぁ、ちなみに名前は金ちゃんだ」

「金、ちゃん? でございますか」

「ブフッ」

「ケネリー、なぜ吹いた?」

「気のせいでございます」

「まあいい。彼女が付けてくれたあだ名だ。皆も獣化しているときは、その名で呼ぶように」

「「「かしこまりました」」」


 そう言うと、主人は家令を引き連れ執務室へと戻っていった。

 

 執事長は使用人達を見渡すと、キリッと表情を引き締め言葉を紡いだ。

 

「先ほどアレックス様が仰った通りです。大事なお客様の前でヘマをしないように、私達も練習が必要です」

「「「はいっ!」」」

「万が一、私達のせいでご令嬢にバレては公爵家の使用人の名折れ!」

「「「はいっ!」」」

「練習をしますよ。『金ちゃん』はい、繰り返して!」

「「「金ちゃん!」」」

「もう一度! 金ちゃん!」

「「「金ちゃん!」」」


 グレイウルフ公爵家別邸では、夜な夜な『金ちゃん』と練習する声が響いたという。



◇◇◇◇


――お客様をお迎えする当日。

 料理人達は気合いを入れてお菓子を作り、執事やメイド達はガゼボをお茶会仕様にしつらえ、茶葉や茶器を厳選した。庭師は数日掛けて芝生の広場に危険なものがないか点検し、芝もきれいに刈りそろえた。家令はペット用品を扱う商会から、犬用の新しいおもちゃも取り寄せた。


 準備は万端! 朝からソワソワと落ち着きがない主人をガゼボに案内し、ご令嬢の到着を待った。

 

 「お、お邪魔いたします」


 騎士隊長のスウィフトと共に現れた令嬢は、目立つような華やかさはないが、清潔感のある服装で控えめ、貴族の令嬢にありがちな(おご)ったところもなく使用人達も好印象を持った。それに、心配したようなお転婆娘ではなさそうだと胸をなで下ろす。

 

 シェリルはお茶を出した執事にも「ありがとう」とお礼を言い、料理人が作ったお菓子を素直に『美味しい』と喜んだ。


 (なんでもお好きなお茶をお出ししますよ、お嬢様!)

 (俺のお菓子を気に入ってくださった! どんどん食べてください!)


 シェリルは知らない間に、おじさん達の心をガッチリ鷲掴みにした。

 

「金ちゃんあなた、団長のお邸の子だったのね!」


 (坊ちゃんとスウィフト様のじゃれ合いを、あんなに楽しそうにご覧になって……まあ、坊ちゃんがお手を! それほどお嬢様を信頼していらっしゃるのね!)


 犬のフリをした主人を愛でるシェリルの姿に、ベテランのメイド長もほっこりした。千切れてしまいそうなほど尻尾を振って喜ぶ主人を見て、胸が温かくなる。

 毛が付いてしまったお召し物をコロコロした時も、メイドの仕事道具が無くて困らないか気遣うなど、誠実な人柄にすっかり惚れ込んでしまっていた。


 

◇◇◇◇

 

――その夜。

 使用人達は仕事終わりに集まって、今日のことを踏まえ作戦会議を開いた。

 

「あのお嬢様は大当たりですわね」

「やっぱり、メイド長もそう思います?」

「ええ、ケネリーさん。職業柄、長年色んな女性と接してきましたが、あんなに心が純粋なご令嬢は見たことがありません」

「私もそう思いますよ。公爵家ともなれば、爵位や財産目当ての女性も散々近寄って来ましたが、あのお方は坊ちゃんを心から慈しんでおられましたな」


 メイド長と執事長は完全にシェリルに落ちていた。そこに家令のケネリーが余計なひと言で水を差す。


「まあ、犬の金ちゃんの方ですけどね」

「そんなこと、どうとでもなります! 要するに、人の方の坊ちゃんも距離が近付けばいいのです!」


 メイド長はダンっとテーブルに手を突いて立ち上がった。

 

「たしかに? あ、そういえば、昼休みはいつも一緒にすごしているらしいですよ」

「それだわ! 料理長、お弁当を作れるかしら?」

「もちろんです! 坊ちゃんとお嬢様のために、最高に美味いサンドイッチを作りますとも!」

「では、私はバスケットと手紙を準備しましょう。美味しいお茶もポットに入れましょうかね」

「執事長、頼みますよ」


 こうして主人が知らぬ間に、使用人達による『坊ちゃんのお嫁さん獲得大作戦』は始まったのであった。


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