29 ゴドウィン伯爵家の夜会(3) 最終話
団長は音楽を奏で出した楽団の方へ進み、私と向かい合って腰に手を添えると曲に合わせ踊り始めた。さすがは公爵家の出身だけあって、団長はダンスも優雅だった。私の拙いステップも巧みにリードしてくれている。よかった、ワルツなら初心者の私でもなんとかなりそうです……そんなことを思いながらふと目を合わせると、団長はニヤリと笑った。
「俺とダンスが踊りたかったんだろう?」
「えっ、私そんな事言いましたか?」
「言ってたよ、いつもの裏庭で。『金ちゃんと踊りたいわ。きっと楽しいのに』ってね。練習もしたじゃないか」
「あっ、あれは! まさか団長だとは思ってなくて」
「ハハッ、夢が叶ったな」
「ソウデスネ」
ひぇ〜、なんということを言ってしまったんだ。たしかに金ちゃんの前足を取ってダンスの真似事をしたことがあったわ。知らなかったとはいえ、恥ずかしすぎる。まるで私が誘ったみたいじゃないの!
「団長、呆れていらっしゃいますか?」
「ん? なにが?」
「その、金ちゃん相手に奇行の数々を……」
「いや、どれも楽しかったよ。それにとても大事にされていると感じた」
ちょうど曲が終わり、私は手を引かれ踊りの輪から外れた。壁際に置いてあった長椅子にふたり並んで腰掛ける。
「さっきの続きだが、俺は呆れてなどいない。あれのおかげで君という女性をよく知ることができたのだから」
「ヘンタイ地味メガネだって思われましたよね」
「ヘンタイで結構だと言っただろう。そうじゃない。俺は、君ほどチャーミングで優しくて温かい女性を知らない。その上仕事面でも優秀で頑張っていることも知っている。今日はこんなに美しい姿を知ることもできた」
「ほ、褒めすぎです!」
「褒めすぎなものか。どれも俺の本音だよ。先日も言った通り、俺との結婚を前向きに考えてほしい。俺を大事にしてくれたように、君のことも生涯をかけて大事にしたいんだ」
――そうだった。団長が遠征から戻るまで考えておいてと言われたんだった。金ちゃんはもちろん大好きよ。団長のことも好ましく思っている。でも、簡単に『はい』とは言えない。貴族同士の結婚はそう簡単なものではないから。
相手は名門公爵家のご子息で騎士団長という要職にも就いている人、片や私は没落寸前までいった貧乏伯爵家の娘で就職したての新人事務官。身分差の問題もあって、公爵家からは反対されるかもしれない……
だけど団長は気持ちを真っ直ぐ伝えてくれた。そこは私も応えなければいけないわ。
「あの、私は金ちゃんのことが大好きです。団長のことも好ましく思っております」
「シェリル嬢! それは本当か!」
「ええ。ですが、結婚ともなれば色々と問題がありますよね?」
「なんだ? 何が心配なんだ? 言ってみてくれ。できることは何でもしよう」
団長は私の前に跪いて手を取った。金色の瞳が縋るように私を見つめている。
「まずは身分の問題ですかね。うちはしがない貧乏伯爵家です。名門グレイウルフ公爵家とは釣り合いが取れません」
「そんなことは何の問題にもならない。うちの家族は、俺が見合いを拒否しまくったせいで半分諦めの境地だ。伯爵令嬢と結婚したいと言ったら、諸手を挙げて話を進めるだろう」
「えぇ……? ですが、うちは持参金すらありませんよ? 私も働き出したばかりで、貯金もまだそれほどありませんし」
「俺は次男だから公爵も継がないし、これは政略結婚でもないから持参金など必要ない。君は身ひとつで嫁いでくればいい。必要なものがあれば全てこちらで用意しよう」
「えぇ……?」
一番のネックだった身分差と持参金問題はあっさり片付いてしまった。
「他にも何かあるか?」
「えっと、仕事にやりがいを感じているので、もうしばらく働きたいなと」
「いま君を辞めさせたら、総務部のヒルダ女史とカーラ女史に怒られるだろう。彼女達は君を高く評価していたからな。騎士団にとっても損害だから、もちろん結婚後も好きなだけ続けてもらって構わない。産休育休の制度も整っている」
「そうですか……」
この問題もあっさり片付いてしまった。でも、公爵家に嫁いだ夫人が社交もせずに働いていいの?
「私、社交界デビューもしておりません。なんのツテもありませんし、グレイウルフ家に嫁いだ夫人として社交でお役に立てそうもありません」
「構わない。社交は両親と兄夫婦がやっているからな。俺も夜会など久しぶりに出席したくらいだ。うちが所有する伯爵位を貰うこともできるが領地もないし、騎士団長夫人としても仕事などほとんどないと言っていい」
「お、おぅ」
どうしよう、懸念材料はすべて潰されていく。あとは、あとは……
「心配事はそれくらいか? では、俺からもアピールさせてもらうか」
「アピール?」
「知っての通り、俺は狼の獣人だ。完全に獣化することもできるが、こんなこともできるぞ」
そう言った拍子に、団長の頭からぴょこんと耳が生えてきた。もちろん金ちゃんと同じ三角のモフモフ耳だ。お尻にもフサフサの尻尾が揺れている。
「か、かわいい〜!」
「人型の俺もモフれる。結婚すれば毎日触り放題だ。夫婦ならばどれだけ触っても問題ない」
「モフモフ……毎日触り放題……」
いま私の心の中はグラグラと揺れている。結婚に際して起こるであろう面倒事と、一生金ちゃんとケモ耳団長を愛でられる権利を天秤にかける。うぅ、どちらも選ぶのは難しい。
それと、本当に獣人用の服の仕組みが知りたい。その尻尾はお尻のどこから出てきたのよ。
「ん? どこを見ているんだ?」
「あっ、申し訳ありません」
「まあいい。それともうひとつ、重要な話がある」
「何でしょう?」
団長はちょいちょいと私に手招きをして、耳に顔を近づけると重大な秘密を打ち明けるように声をひそめた。
「いいか、狼は寒くなると毛が生え変わるんだ」
「はい……?」
「もうすぐ冬毛になるぞ。それはもうモッフモフだ」
「なんですって!」
思わず大きな声を上げてしまい、口元に片手を当てたが遅かった。周りの人の注目が集まるのを感じる。そのタイミングで団長は跪いたまま背筋を伸ばし、私を見つめ訓練の時のようによく通る声で言った。
「シェリル・ホープ伯爵令嬢、私と結婚してください」
キャーキャーと黄色い声を上げる若い女性や、ヒューという煽るような口笛まで聞こえてくる。夜会の出席者が皆、私の返事を待っている。
これはもう――逃げられないわ。どんなに懸念点を並べても、先ほどのようにすべて潰されるだろう。それに冬毛のモッフモフは非常に魅力的だ。冬毛を持ち出すなんて本当にずるい。私の心の天秤は、団長との結婚の方にガシャンと傾いた。
「こんな(ヘンタイな)私でよろしければ、お受けいたします」
「シェリル嬢! ありがとう!」
団長に抱きしめられると同時に、周りからは歓声と温かい拍手が巻き起こった。団長のケモ耳が嬉しそうにピコピコと動き、私の頬をくすぐった。
「凄いわね。あのなりふり構わないプロポーズ。耳まで出してあざといわぁ」
「ふふっ尻尾が千切れそうなくらい揺れてますわね。わたくし達の作戦は大成功ですわ!」
ルーちゃん隊長とジュリエットさんがハイタッチをするところが視界に入り、私はやっとみんながグルになってこの機会を設けたことに気付いたのだった……
◇◇◇◇
あれから団長と私の話はトントン拍子に進み、上司と部下から婚約者となった。グレイウルフ公爵家からの婚約の申し込みに、領地にいる両親はひっくり返って腰を抜かしたらしい。一生独り身でいると言っていた娘が、まさか公爵令息に求婚されるとは思ってもみなかったんだろう。
お姉様達からの手紙には、その時のことが面白おかしく書かれていた。そして、私が結婚することを心から喜んでくれていた。『ずっと心配していたのよ』という言葉に、思わず鼻の奥がツンとなる。
反応が不安だったグレイウルフ公爵家でも、諦めていた次男がやっとその気になってくれたと歓迎ムードで、私はホッと胸をなで下ろした。あんなに心配していたのはなんだったんだろう。
なんと結婚後に働くことまであっさり許された。公開演習でのことをご存じだったらしく、『勇敢な嫁が来てくれて鼻が高い。大いに頑張りなさい』とまで言われてしまった。
そんなわけで、お昼休みの裏庭ランチは続行されている。
「あの、団長。さすがに騎士団内であーんはまずいです。誰が来るかわかりませんし」
「なぜだ! これまでずっとしてくれていたのに」
人型の時まであーんを要求されて、若干困っている。あれは金ちゃんだからできたのだ。人間の、それも職場で婚約者にあーんだなんて絶対無理! もし誰かに見られたら、どんな顔で仕事をすればいいの!?
「いくら言っても駄目です」
「――わかった。だったらあとで膝枕をしてくれ」
「うっ、金ちゃんになってくれるなら……いいですよ」
「いくらでもなるぞ!」
団長はポンと音を立てて金ちゃんへと変化した。いくら見ても獣化は慣れない。いったいどうなってるのかしら?
「あの、さっきまで着ていた服はどこへ行ったんですか?」
「ん? さあな。それより、膝枕を頼む」
「ちょっとだけですからね」
金ちゃんになった団長は、嬉しそうに私の膝にアゴを載せた。耳の付け根あたりを撫でてやると、むふんと鼻を鳴らし嬉しそうに尻尾が揺れた。
「あーーっ! またふたりでイチャついてる!」
「ひゃおう! ルーちゃん隊長!」
「うわあ!」
突然聞こえてきた声に思わず立ち上がると、金ちゃんは膝から転がり落ちた。すぐに受け身を取れるところはさすが騎士団長だ。
「す、すみません団長!」
「大丈夫だ。ルーク、邪魔をするな」
「やーねー、婚約者に甘えちゃって」
「そそそそんなんじゃなくて」
「今は昼休みだ。婚約者同士がイチャついて何が悪い」
ポンと音を立てて人型に戻った団長は、私を後ろから抱きしめた。
「うわ、開き直ったわ」
「や、やめ」
「君だって、いつもしてくれていたじゃないか」
「あれはワンちゃんだと思っていたからです!」
「ほらあ、しつこい男は嫌われるわよ」
「なにっ。シェリル、俺が嫌か?」
くぅ〜んと鳴き声がしそうな顔で私を見る。なぜか垂れた耳まで見えた気がした。結局、私はこれに弱いのよね。
「嫌じゃないですよ。だけど、騎士団内ではほどほどにお願いします」
「わかった!」
「おーおー、どっちが上司なんだか」
呆れたような顔でルーちゃん隊長が言った。
まさか、仲良くなったワンコをモフっていたつもりが、実は獣化した騎士団長でした……なんて、入団したばかりの私に言っても信じないだろうな。そしてその人と幸せな結婚をすることも……
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
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この作品は犬好きな方々に共感してもらえたら嬉しいな、と思いながら書きました。(狼ですが)
こんな奇行をするのが私だけでしたらすみません。笑ってください。
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