28 ゴドウィン伯爵家の夜会(2)
「お父様、お母様! お友達を紹介するわ」
まだ人がまばらなホールに入り、まず連れて行かれたのはジュリエットさんのご両親のところだった。先日お邪魔した時にはお仕事で不在だったため、おふたりにお会いするのはこれが初めてだ。
「彼女がシェリル・ホープ伯爵令嬢よ」
「お初にお目にかかります、シェリル・ホープと申します。本日はお招きくださってありがとうございます」
「おぉ、あなたが! よく来てくださった。先日は娘が大変お世話になったようだね」
「この子がこうして無事でいられたのは、あなたのおかげです。お礼を言うのはこちらの方ですよ」
ご両親は貧乏貴族の小娘の私にも、丁寧なお礼を言ってくださった。本当に大したことはしていないのにむず痒い。
「素敵なお嬢さんじゃないか。領地で留守番中のうちの息子に――」
「待ってお父様! それは駄目よ。だって――」
ジュリエットさんはお父様になにか耳打ちをしている。どうしたのかしら。
「そうか、それは残念だ。シェリル嬢、今夜は楽しんでいってくれ」
「これからもジュリエットと仲良くしてくださいね」
「え……? は、はい」
なにが残念なんだろう。よくわからないけれど、ひとまずホストへの挨拶は完了した。その間にも、ホールには続々と招待客が集まってきている。このような本格的な夜会は初めてだから、他の招待客の華やかさに気後れしてしまった。
「ジュリエット!」
「あら、デイヴ兄さん、仕事は終わったの?」
「あぁ、今日戻ってきたんだ。なんとか間に合ってよかったよ」
ジュリエットさんに声を掛けてきた男性は、見慣れた騎士服を着ていた。周りにも同じ制服の若い男性が数人、きっと騎士団の人達ね。残念ながらどこの隊の人かまではわからない。向こうも私のことなど知らないでしょうけど。
「ジュリエット、そちらの素敵なレディは?」
「デイヴ兄さんも知ってる人だと思うわよ」
「えっ、こんな美人がいたら忘れないよ! ちゃんと紹介してくれよ」
「しょうがないわね。シェリルさん、こちら私の従兄弟のデイヴ兄さん。見ての通り騎士団所属の騎士よ。デイヴ兄さん、こちらわたくしの友人シェリル・ホープ伯爵令嬢よ」
「初めまして、シェリル嬢。デイヴ・ゴドウィンです。どこかでお会いしたことがありましたか?」
名前ではピンと来なかったらしい。デイヴ様は丁寧に騎士の礼を執って挨拶をしてくれた。なんだか、騎士団の地味な事務官とは言い出しにくいなぁ……
「ご丁寧にありがとうございます。私は、騎士団の総務部に所属しております事務官のシェリル・ホープと申します」
「「「エェーーーッ!!」」」
騎士達は一様に目を見開き、驚きの声を上げた。そうよねー、だって今日はいつもの私とは違って、メイドさん達のおかげで令嬢に擬態しているもの。まさかあの地味メガネとは誰も気付くまい。
「ちょっ、ちょっと待って! 君があの総務部の?」
「眼鏡がいつもと違うし、それに伯爵令嬢って!?」
「くそっ、こんなにきれいだったとは気付かなかった!」
「あとで俺と一曲踊ってもら――」
「はぁ〜い、ストップ! そんなにワアワア話しかけるから、ご令嬢方がびっくりしてるでしょ〜」
「「「スウィフト隊長!」」」
口々に話し出した騎士達に圧倒されていると、聞き慣れた声が頭の上から振ってきた。
「まあ! ルーちゃん隊長! お久しぶりです。戻ってこられたんですね!」
「ただいま、シェリルちゃん。今回はちょっと長引いちゃったのよ。お昼頃に着いたわ」
今日はいつもの騎士服ではなく、貴族の礼服を纏っているルーちゃん隊長はいつもにも増してキラキラと発光している。美しい黒髪はサイドを編み込み、後ろをリボンでひとつに結んでいるのがオシャレだ。うっ、眩しい! 美形って何を着ても眩しいわ。
「ゴドウィン伯爵令嬢、今夜はお招きありがとう」
「スウィフト様、ようこそお出でくださいました」
ジュリエットさんとルーちゃん隊長は前から顔見知りらしい。なんでも前第二隊長の叔父様を通じて挨拶をしたことがあるんだって。今日もその縁で招待されたのかな。なんにしろ、知ってる人がいるのは心強いわ。
ルーちゃん隊長は部下の騎士達に、人差し指を立て言い聞かせるように話し出した。
「いい? アンタ達、この子に手を出したら大変なことになるわよ」
「「「あっ!」」」
「や〜っと思い出したの?」
「そうでした……」
「わかったら解散!」
「「「ハッ!」」」
ルーちゃん隊長の号令で、騎士達はそそくさと去っていった。あれ? ここ夜会の会場よね? なんだかまだ仕事中みたいだわ。
それに、他の男性と話してみるという当初の目的は、どこかへ行ってしまった。やっぱり今日も壁の花、いや壁紙ね……慣れないことはするもんじゃないってことかな。
「ジュリエットさん。せっかく着飾ってもらったけれど、私やっぱり壁際で大人しくして――」
「ちょっと、何言ってのよ〜夜はこれからでしょ〜?」
「スウィフト様の仰る通りよ! これからダンスの時間だってあるんだし!」
ルーちゃん隊長とジュリエットさんはなぜか焦ったように私を引き止めた。でも、ダンスなんて踊る相手もいないのに。
「パートナーもおりませんし、卒業パーティーですら踊ったことがないんですよ」
「き、今日は大丈夫! ね? スウィフト様」
「そうよ〜。ここにイイ男がいるのが見えないわけ?」
「フフッ、ルーちゃん隊長ったら。私をダンスに誘ってくださるんですか?」
「もちろんよ〜! 何曲でも踊っちゃう!」
「その必要はない」
久しぶりに耳にした低い声。思わず振り返ると、そこには、髪をなでつけ高位貴族らしく漆黒のタキシードで正装をしたグレイウルフ団長が立っていた。体格のいい彼にとてもよく似合っている。
しかし、予期せぬ人の登場に私は声を失っていた。なんでここに団長がいるの? 遠征から帰ってきたのは先ほど聞いたけど、会うのはあのプロポーズされた日以来だ。どんな顔で会えばいいのか……まずは、お帰りなさい?
「団長〜遅いわよ」
「すまないルーク。遠征の後処理がなかなか終わらなくて、こんな時間になってしまった」
「グレイウルフ様、ようこそいらっしゃいました」
「お招きありがとう、ゴドウィン伯爵令嬢。おかげで彼女の美しい姿を見ることができた」
「うふふ、そうでしょう? あやうく他の男性に誘われるところでしたのよ?」
私がぼんやり考え込んでいる間に、三人の間で話が進んでいく。みんな団長が来ること知ってたのね。そりゃあそうか。主催者と昼までずっと一緒にいた部下なんだもの。びっくりしているのは私だけ――
「――嬢。シェリル嬢! どうかしたか?」
「えっ、はいっ!」
「ぼんやりして。体調でも悪いのか? 俺がいない間ちゃんと食事はとれていたのか?」
団長が私の頬に手を当て、心配そうに顔を覗き込んだ。
「えっええ、大丈夫です。少し驚いてしまって。今夜ここで、団長にお会いできるとは思ってもみなかったものですから」
「そうか、だったらいい」
団長はふわりと微笑むと、私に手を差し出した。
「どうか私に、今夜あなたをエスコートする栄誉を」
「えええ栄誉とか、そんな」
「つべこべ言ってないで、ほら、いってらっしゃい!」
「うわっ」
言われ慣れないことを言われまごまごする私の背中を、ジュリエットさんは文字通り押した。トンっと一歩前に出たところで、団長に手を取られ軽く曲げた腕に導かれた。まるで腕を借りてエスコートされているみたい。いや、紛うことなきエスコートだ! すごい! 本当に淑女扱いされている! ずっと地味メガネと言われていた私が――実際はヘンタイ地味メガネだったわけだけど――いいのかしら。本物の夜会だもの、植物園を回るのとはわけが違う。団長の隣で浮いていないかしら?
脳内が慌ただしくなっている私を見て、団長は優しく微笑む。
「シェリル嬢、食事は? なにか食べるか?」
「いえ、先ほど軽食をいだきましたので大丈夫です」
「そうか、だったら少し踊らないか?」
「わわわ私でよろしいのでしょうか?」
「君と踊りたい」
団長は私の手を取り、ホールの中心へと歩き出した。
――夜会当日の昼間
「グレイウルフ団長にスウィフト隊長、遠征おつかれさん」
「ゴドウィン指導官! お疲れ様です」
「あ〜前に招待していた今夜の夜会だけど、来れそう?」
「アタシは大丈夫です」
「俺はこの後まだ仕事が――」
「そっか〜。これね、うちの姪っ子からふたりに手紙を預かってるんだよ。じゃあ後はよろしく!」
「えっ、手紙?」
「なになに〜? 『今夜はわたくしの友人シェリル・ホープ伯爵令嬢も招待しておりますので、お洒落をしておいでくださいませ。エスコートは早いもの勝ちですわ』だって!」
「なに!? シェリル嬢が?」
「さーて、早く帰っておめかししなくちゃ。じゃあ団長、お疲れでーす」
「いやっ、おいっ、ルーク俺も行く!」
「冗談よ。団長が仕事を終えて来るまで、ちゃんとあの子の護衛はしててあげるわ」
「頼んだぞ!」




