27 ゴドウィン伯爵家の夜会(1)
約束の夜会の日、私はいつもより早く仕事を上がらせてもらった。
「夜会の準備って時間がかかるものよ」
と、ジュリエットさんに言われたからだ。上司にも許可をもらい、ヒルダさんとカーラさんも快く送り出してくれた。
わざわざ迎えに来てくれた馬車でゴドウィン伯爵家に到着すると、玄関で待機してくれていたメイドさん達から急かすように招き入れられた。
「遅くなって申し訳ありません!」
「ホープ様、どうぞこちらへ! まずはお風呂のお世話をさせていただきます」
来客用の風呂場へ連れて行かれると、あっという間に事務官の制服を剥ぎ取られた。恥ずかしがっている暇もなくお湯に浸けられ、香りのいい石鹸で肌を磨かれる。実家では使用人の数も少なかったので、体を洗ってもらったのは子供の頃以来かもしれないわ。
髪も丁寧に洗われると、香油を着けて櫛られた。肌も髪もしっとりつやつやになったのがわかる。プロって凄いわね。
ローブを羽織った状態で案内されたのは、ジュリエットさんの私室だった。
「シェリルさん、お仕事お疲れさま。待ってたわ」
「ジュリエットさん、お邪魔します。気付いたらお風呂まで入れていただきましたけど」
「そんなの当たり前よ。まだまだやることがいっぱいあるんだから!」
すでに準備を終えた様子のジュリエットさんは、深紅のドレスを纏っていた。華やな彼女にとても似合っている。髪も結い上げられ、大人っぽくて素敵だわ。
「ジュリエットさん、今日のドレスもとても素敵ですね」
「あら、ありがとう。あなたにも似合いそうなのを選んでおいたわ。さあみんな、やっちゃってちょうだい!」
「「「かしこましました、お嬢様!」」」
「ひぇ~」
顔にペタペタとクリームを塗られている間に、爪を丁寧に磨かれる。普段は爪を切るハサミで適当に切っているだけなのに、ヤスリで爪の形を整えられた。表面も磨かれたので自分の手とは思えないほどツヤツヤだ。
顔もいつもはほとんどお化粧をしたことがない。せいぜい軽く粉をはたく程度。
「ホープ様はお肌がお綺麗ですね」
「そんなことは……お化粧をし慣れてなくて、すみません」
「まあ! ご心配なく。私達にお任せください。腕がなるわぁ」
手をワキワキさせたメイドさん達は、お粉はこっちの色がいいだの、眉の形は自然なまま整えるだけがいいだの、口紅はこちらが似合いそうだなどと楽しそうな声を上げている。
それに並行して、髪の毛も結われていく。いつもはふわふわと纏まりがない私の髪が、先ほどお手入れしてもらったおかげでしっとりとして艷がある。そこにコテでゆるく型を付け、片側に流したハーフアップにされ耳の辺りには生花で飾りつけられた。
「ドレスはこれを選んでおいたの。どうかしら?」
ジュリエットさんが見せてくれたのは、淡い黄色のドレスだった。胸の下に切り替えがあって、スカートはふわりと柔らかそうな生地が幾重にも重なっている。胸の部分には布で作った白やクリーム色のお花が縫い付けられていた。切り替え部分に結ばれたリボンがアクセントになっていて、とても華やかだけど上品なイメージのドレスだ。
「すてき……」
「でしょう? あなた初めてうちに来たとき、こんな色のワンピースを着ていたじゃない。あれ、とても似合っていたから」
「でもっ、こんな上等なドレスをお借りするわけにはいきませんよ!」
「いいのよ。わたくしにはちょっとかわいすぎると思っていたの。絶対にわたくしよりあなたに似合うと思うわ。ほら、着てみて」
メイドさん達にコルセットを着けられ、手際よく着付けられていく。胸が余るんじゃないかしらと心配したけれど、さすがはプロのメイドさん達。さりげなく補正したり寄せたり上げたりして、適度なボリュームまで出してくれた。
最後に、シンプルなパールのネックレスとイヤリングを着けられた。
「ほらあ! わたくしの見立て通り!」
ジュリエットさんの声に導かれ、眼鏡をかけて鏡を見る。そこにはびっくり顔をした紛うことなき令嬢が映っていた。
「す、すごいです! まるでどこかのお嬢様みたいです!」
「あなたね……正真正銘、伯爵家のお嬢様でしょうが」
だって、本当にびっくりしたのだ。いつもはぼんやりと地味な顔も、目がぱっちりとしてほっぺも桃色、うるうるの唇はどんな魔法を使ったんだ?
着慣れないしドレスに負けてしまうと思っていたのに、自分で言うのもなんだけど悪くない……ジュリエットさんのお見立てと、メイドさん達のメイクテクニックのおかげね。
「見られるようにしてくださって、ありがとうございます」
「私達はお化粧を少し足しただけですわ」
メイドさん達は、笑顔でそう言ってくれた。心なしか、やりきったという達成感を顔に浮かべている。
「ジュリエットさんも、素敵なドレスを選んでくださってありがとうございます」
「ふふん。それくらい大したことではないわ」
横を向いて素っ気ない態度を取っているけれど、口元がニヤニヤしたくて動いている。その姿に、本当は撫でて欲しいのにツンとすましたワンちゃんの姿が重なって、撫でくり回したい衝動にかられてしまった。いや、我慢我慢。せっかくドレスアップしてるのにそれは駄目だ。今度また別の日に獣化してもらって――
「あなた、また変なことを考えてない?」
「なんでわかるんですか!?」
「やっぱり……もう慣れたわ。あら、そろそろ他のお客様もいらっしゃる時間ね。なんとか間に合ってよかったわ」
私達は軽食に一口サイズのサンドイッチとお茶を淹れてもらい、食べ終わると立ち上がった。
「さあ、行くわよ! 今日は存分にあなたの魅力を振りまいてあげなさい!」
「えぇ? それは無理でしょう……」
「どれくらいダンスの申し込みがあるか、楽しみだわ!」
「ないと思うけどなぁ……」
なぜかやる気に満ち溢れたジュリエットさんに引き摺られ、私達は夜会の会場となっているホールへと向かった。窓の外に目をやると、いつの間にか辺りは暗くなっていた。




