26 親友のアドバイス
「ハァ……」
「どうしたの? ため息ばっかりついているわよ。アレックス様となにかあった?」
「ケホッ! な、なにを!」
休日である今日は、ジュリエットさんとの約束通り、刺繍を教えにゴドウィン伯爵家にお邪魔している。日当たりのいいサロンでお茶をいただいたあと、持参した裁縫道具を取り出した。練習用のハンカチにイニシャルを刺していたところで、ジュリエットさんが発した鋭い言葉に、私は思い切り焦ってしまった。
「なんとなくよ、なんとなく。でも、当たってるでしょ?」
「うぅ……ジュリエットさんは、グレイウルフ団長のことがお好きなんですよね?」
「まあ、憧れてはいたわね。強いし、狼の獣人だし。イヌ科の獣人なら、狼の獣人に惹かれるのはよくあることだわ」
「えっ、ジュリエットさんって獣人なんですか?」
「そうよ、知らなかった? うちは犬獣人の家系なの。従兄弟も叔父様もそうよ」
たしかに、ヒルダさん達も犬の獣人は何人か騎士団にもいるって言ってたわね。もしかしてそのひとりが従兄弟さんだったのかしら。
ジュリエットさんは針を針山に戻すと、ポンッとかわいい音を立てて獣化した。
「えっ、ウソ、かわいいーー!!」
「当たり前でしょ? ちょっとなら撫でてもよくってよ」
目の前に現れたのは、頭部が赤みがかった明るい茶色で、耳が立ったサラサラした毛並の小型犬。体は白い毛で覆われている、パピヨンかしら? 目がクリッとしたところはジュリエットさんと同じでかわいい! 服がどこに消えたのか気になるけれど。
私はジュリエットさんを膝の上に抱き上げると、首のあたりや耳の付け根を撫でくり回した。
「やーん、毛並みがサラサラで気持ちいい! いいこいいこ!」
「くぅ~ん」
「ジュリちゃん、ここを撫でると気持ちいいね〜? すぅ~」
「ちょっ、吸うんじゃないわよ!」
「つい、ごめんなさい」
動物を見ると悪い癖が出てしまう。危ない、この子はただのワンちゃんではなくジュリエットさんだったわ。ワンちゃんはふたたびポンッと音を立てると、元のジュリエットさんに戻った。若干、髪が乱れているのが申し訳ない。服も元通りに着ている。これ本当にどういう仕組みなんだろう。
「危うく、本当に犬になってしまうところだったわ。恐ろしい子ね!」
「うっ、それです。私の悪いところは」
「悪いところ? ふ〜ん、さっきの話となにか関係ありそうね」
ジュリエットさんは曲がってしまったリボンを手で直すと、ソファに座り直した。
「それで? さっきの撫でテクがどうしたのよ」
「私、金ちゃん……獣化したグレイウルフ団長のことを大型犬だと思い込んでしまって、毎日昼休みにモフってしまっていたんです! しかも抱きついて匂いを嗅いだり、私は痴女です! ヘンタイです!」
「まあ! あの大きな狼を犬だと思っていたの? やーねぇうふふっ、普通そこ間違える?」
「ですよね……どうやら、動物を見ると全部かわいく見える質のようでして。あの子が団長だということも、先日の公開演習で初めて知ったんです」
「えっ、あなた達お付き合いしていたんじゃないの? 騎士団の裏庭でも抱きしめたりイチャついていたわよね」
「違うんですぅーー!」
やっぱり誤解されているわ! 私は手を振って必死に弁解を始めた。
「あの子が団長だって知っていたら、そんなことしませんよ! 上司に対してあまりにも失礼すぎますし! 本当に犬だと思って遊んでいたんです!」
「あらら。でもまあ、わたくし達獣人と違って人は匂いで個人を判別できないものね。仕方ないといえばそうなんだけど……あんな大きな狼と遊ぼうと思うなんて、あなたやっぱり変わってるわね」
「そこに動物がいたら、とりあえず触りたくなるものでしょう!?」
「う〜ん、わかんないわ」
そうか……自分でも毛皮を持っているジュリエットさんには、この気持ちがわかってもらえないのかもしれないわね。
「とにかく、知らずに撫でたり吸ったりしていたら、団長に気に入られてしまったみたいで」
「たしかに、さっきの撫でテクはプロの手付きだったわ。あなた、あれでアレックス様を落としたのね?」
「そんなつもりはなかったんですけど……プロポーズされてしまいました。こんな地味メガネのどこがいいのか全くわからないんです。こんなこと、ジュリエットさんに相談するのも烏滸がましいですよね」
「いいのよ、私もちょっといいなと思っていただけだし。あんなに怖い顔であなたを守るところを見てしまったら、張り合う気にもならないわ」
ジュリエットさんは肩をすくめてそう言うと、針を取り刺繍を再開した。
「なにがそんなに心配? あなたちょっと、自己評価が低すぎるんじゃないかしら。外見も磨けば光りそうだし、そんなに刺繍だって上手いのに。わたくしなんかこれよ?」
「あぁ、うん、ですね」
うん、たしかに刺繍は苦手そうだ。縫い目がかなり個性的だ。これは練習のし甲斐がありそう。
「わたくし刺繍は下手だけど、伯爵家の娘としての誇りはあるわ。あなただって伯爵令嬢なんだから、堂々とアレックス様の隣にいればいいじゃない」
「でも……うちは貧乏伯爵家ですし、公爵家とは釣り合わないと思うんですよね」
「玉の輿でいいじゃない。普通は喜ぶところよ?」
「う〜ん、仕事もやりがいがあって続けたいですし。そもそもうちには持参金がないんです」
「そんなの、必要かどうか聞いてみなくちゃわからないわ。迷ってる点はそれで全部?」
ジュリエットさんは首をコテンと傾げる。さっきのパピヨンを思い出して、頭を撫でたくなるかわいさだわ。もう一回獣化してくれないかしら。
「あなた……またなにか変なことを考えているわね」
「なんでわかるんですか!?」
「顔に出てるのよ。まあいいわ、『団長のこと好きじゃないのにどうしよう』ってことではなさそうだし」
「えっ?」
「少なくとも、相手が嫌で悩んでいるわけじゃなさそうってこと。そうでしょう?」
「金ちゃん、犬の方の団長は大好きです。人の方の団長も、その、好ましくは思っています」
「一応言っとくけど、狼ね。どちらも好きならいいじゃないの」
「ま、まだ好きかどうかまでは……だって、あまりにも展開が急すぎるんですよ!」
「ふむ」
ジュリエットさんは人差し指を立てて頬に当てたまま、何か考え込んでいる。するとパッと顔を上げてニヤリと笑った。なんだか嫌な予感がするわ。とんでもないことを言い出しそうな……
「シェリルさん、夜会に出ましょ」
「夜会ですか? 私、社交界デビューすらしていないんですが」
「かまわないわ。なにも王宮の夜会に行こうっていうんじゃないの。近々うちで開く夜会だから、そんなにかしこまる必要はないわ」
「でも、パートナーもおりませんし、ドレスが……」
「ドレスはわたくしのを貸してあげるから! わたくしのお友達としてならパートナーなんかいらないわ。ねっ、いいでしょ? 夜会で他の男性とも話してみたら、少しは自信がつくかもしれないわ」
「他の男性……たぶん誰とも話さず、壁紙に同化して終わりますよ」
「もうっ! そんなことにはさせないわ。叔父様が騎士団の関係者も招待しているはずよ。みんなをびっくりさせてやるんだから!」
「お、おぅ」
ふんすと鼻息の荒いジュリエットさんに押し切られ、三日後の夜会に出ることになってしまった。団長も予定が押しているのか、まだ遠征から戻られていない。考えをまとめるためにも、ジュリエットさんの案に乗ってみるのもいいかもしれないわ。




