25 俺を飼ってください
なんだかとっても見られている気がするわ。痛いほど視線を感じる。先ほどすれ違った騎士など、振り返って二度見されてしまった。そんなに似合っていないのかしら……
昨日は約束通り、眼鏡屋の店員さんが騎士団の受付まで眼鏡を届けてくれた。何年かぶりに視力も測り直して、前よりよく見えるようになったとウキウキしていたのに。やっぱり私がオシャレな眼鏡をかけるなんて、身の程知らずだったのかしら。浮かれ気分のまま、サイドの髪を編み込み色付きのリップまで塗ってきたことを後悔している。
先ほどまでの気持ちが嘘のように萎れて、ため息をつきながら総務部に入っていった。
「おはようございま――」
「シェリルちゃん、あんたその眼鏡!」
「あっ、やっぱりヘンですよね?」
「なに言ってんの! すごくいいわよ! ねえ?」
「ほーんと! 大人っぽくて素敵よ。よく似合ってるわ」
まさかの大絶賛。ヒルダさんとカーラさんが手放しで褒めてくれた。でもそれって、身内びいきってやつかしら。
「でも……ここに来るまでに、いろんな方から二度見されてしまって。似合っていないからかと思っていました」
「それは違うわよ! シェリルちゃんが前よりずっときれいになったから、みんなびっくりしてるのよ」
「まあ、私は前の丸眼鏡もかわいいと思っていたけどね」
「かっ、かわ!?」
なんだか、今日は褒め殺しになっている。きれいとか、かわいいとか……そんな言葉は家族以外から言われ慣れていないので、どうしていいかわからない。
「こりぁ、団長も大変だ」
「団長! そういえば、おふたりは金ちゃんが団長だってご存知だったんですか!?」
「あー、最初はその金ちゃんとやらに会ったことがないから、確証はなかったけど」
「たぶん団長だろうなーとは思っていたわね」
クッ、このふたりもか! 教えてくれたらいいのに! 知っていたら、あんなに撫で回したり吸ったりしなかったのに!
「ほら、食堂の回数券があったでしょう」
「ええ、あれも金ちゃんから貰ったもので……」
「券の裏に団長の番号が書いてあったからね」
「それで灰色の犬とくれば、狼の獣人である団長だなとピンと来たってわけ」
「えっ! 団長って狼の獣人なんですか!?」
「シェリルちゃん、あんたまだ気付いてなかったの?」
「普段はしっかりしてるのに、時々ポンコツなのよね」
ふたりは顔を見合わせ、やれやれという顔をした。
いや待って。金ちゃんって大型犬だとばかり思っていたのに、お、狼だったの?
「やっちゃった……狼に向かってワンちゃんだなんて失礼でしたよね」
「いいんじゃない? あれは誤解させた団長も悪いわ」
「怒ってないと思うわよ。むしろ喜んでいたし、そこは気にしなくていいよ」
おふたりはそう言ってくれたけど……私が社交界に出ていたら、こんな失敗はしでかさなかっただろうに。貴族の名前と爵位をなんとなく覚えただけで、どこの家が獣人の家系かなど覚えようともしなかった。
「もしかして、ルーちゃん隊長も黒猫ではない?」
「スウィフト隊長は黒豹の獣人よ」
「く、黒豹」
「あんた、動物を見ると全部かわいいものに見えるんだねぇ」
うん、でっかい黒猫だと思った。しかもきれいだなって。やっぱり私の見る目はおかしいのかもしれない。ルーちゃん隊長に変なことを口走る前でよかったです。
だけど、どうしよう……どんな顔をして団長に会えばいいの?
◇◇◇◇
昼休みになり、ランチをどうしようかと悩んだ。でも、逃げたって仕方ないわよね。団長に対して、失礼な振る舞いをしてしまったことも謝らないといけないし。
来るかどうかもわからないけれど、私はいつも通り裏庭に行くことにした。
「シェリル嬢」
ガサガサと植え込みの間を通って、団長がこちらへ歩いてくる。今日は人の姿だ。なんであんなに狭いところを通るんだろうと思っていたが、今となっては金ちゃんの癖が抜けないんだろうなとわかる。
「……団長」
「今日もランチを持ってきた。一緒に食べよう」
「はい」
いつものように並んでベンチに座ると、お茶を入れサンドイッチを手に取った。
「どうしたんだ。食べないのか?」
「えっと、いただきます」
私はサンドイッチを飲み込むと、お互いに避けていた話題を切り出した。
「団長、その、金ちゃんのことで」
「ああ」
「団長が金ちゃんだったんですね。知らなかったとはいえ、本当に申し訳ありませんっ!」
「なぜ謝るんだ! 君は謝るようなことはしていないだろう」
「してますよ! 撫で回したり、お手をさせたり!」
「俺は怒ってなどいない!」
「えぇっ!?」
団長は金ちゃんと同じ金色の瞳で私の顔を覗き込み、見たこともないような笑みを浮かべた。
「あぁそうか、眼鏡を変えたんだな。それもすごくかわいい」
「な、なにを仰ってるんですか」
「かわいいからかわいいと言ったんだ。手紙では俺の気持ちは伝わらなかったか?」
「手紙って……あれはどこかのご令嬢への練習で」
「令嬢とは君のことだ。シェリル・ホープ伯爵令嬢」
「ふわっ!?」
今日は驚くことばかりで、頭がついていかないわ。ど、どういうこと!?
「君から犬のように可愛がられて、とても幸せだった……」
「待ってください! 団長は狼の獣人だとお聞きしましたが」
「ああ、そうだが?」
なにその『それがなにか?』みたいな表情は。違う動物に間違えられているのに、幸せってなに!?
「私、金ちゃんを飼い犬扱いしていたんですよ? 無礼すぎますよね? なのになんで幸せなんですか!」
「うちは代々、政府の要人や騎士として国に仕えてきた家門だ」
「はい。名門公爵家ですよね」
「あぁ、だから幼い頃から厳しく育てられた。あんなに甘やかされたのは初めてだったんだ」
「そ、そうなんですね?」
団長、うっとりしていらっしゃる。いやそれおかしいから! 甘やかすって、犬の方の甘やかし方でいいの!? 人のほうじゃなくて?
「あんなに優しく抱きしめられたり、撫でられたのも初めてだ」
「ちょっ! いやそれは、なんかすみません」
「ブラッシングだって、あんなに気持ちよかったことはない」
「ご、ごめんなさい〜〜! あんな、あんな、肉球の匂いを嗅いだり、モフモフを吸ったり、私はヘンタイ地味メガネですぅ〜!」
「何がヘンタイなんだ! 俺だって君の匂いを嗅いでいた!」
「え、えぇっ!?」
「おあいこではないか。なにもおかしくはない!」
そんなに真面目な顔で男らしく言い切られたら、なんだか本当に大丈夫な気がして……いやいやいや、しっかりして私! やっぱりヘンタイよ!
「これからも君の匂いを嗅ぎたいし、君に嗅がれるのも悪くない」
「なんでそんな話に!?」
「イヌ科の獣人は鼻が利く。遠くにいたって、君の香りで居場所もわかる」
団長が開き直った! そんなに堂々とヘンタイ発言をしないでほしい。周りに人がいなくて助かったわ。こんな恥ずかしい会話を聞かれていたらドン引きされてしまう。
団長はベンチに座る私の前に跪いて、優しく手を取った。
「これから先もずっと君と共にいたい。俺を飼ってくれませんか?」
「んん?」
「だから、俺を飼ってください!」
なんでもう一回言い直したのかしら。聞こえなかったんじゃないわよ。
いやいやいや、何を言ってるんですかこの人。私に人を飼う趣味などない。
しかもこの人……騎士団長だし。人生で初めて、男性から跪かれて言われたセリフがコレ。もっと違うことを言われたかったわぁ。私は現実逃避すべく、手を握られたまま遠くを見つめた――
しかし、いつまでも現実逃避するわけにもいかない。何度か大きく息を吸い込み自分を落ち着かせると、やっとのことで言葉を紡ぎ出した。
「えっと、よく意味がわかりませんが」
「俺と結婚して、時には飼い犬のようにかわいがって欲しいということだ」
「け、結婚!?」
今日は予想外のことが起こりすぎて心臓に悪い! 飼うのも意味不明だけれど、今度は結婚ときた! なんでそうなる?
「俺は一生独身でもいいと思っていた。だか、君と出会ってから気持ちが変わってしまった」
「ですよね」
屈強な騎士達からも恐れられる騎士団長が、まさかの飼い犬願望を抱くなんて変わりすぎだ。私がヘンタイ的なことをしたばっかりに、性癖を歪めてしまって申し訳ない。
「黙っていたことは悪かったと思っている。君に避けられてあの幸せな時間を失うのが怖かった。それに、人としても君に惹かれるのを止められなかったんだ」
「わ、私も金ちゃんといるのは幸せでしたけど……」
「だったら! 金ちゃん、つまり俺との結婚を真剣に考えてくれないか? 君が好きなんだ。ゆっくり時間をかけて距離を縮めようと思っていたが、魔物に襲われそうになった君を見てそんなんじゃ駄目だと気付いた」
団長は眉を寄せてせつなそうな表情で話す。私の手に額を寄せ懇願するかのように言葉を続けた。
「あのとき、君を失うかと思ってゾッとした。頼む、ずっと俺の側にいてくれないか」
「うぅ、少し考える時間をくださいませんか?」
「わかった。俺も明日から一週間ほど、遠征で留守にする。その間にゆっくり考えてくれ」
ワンちゃんと楽しく遊んでいただけなのに、騎士団長からプロポーズされるとは思ってもみなかった。私だって一生独身だと思っていたのに、どうしよう……




