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22 騎士団 公開演習

 公開演習の準備のために忙しく過ごしている合間にも、グレイウルフ団長からの恋文まがいの手紙は続いた。団長もお忙しいはずなのに、マメな人である。顔を合わせることが少なくなった分、『早く会いたい』だの『ふたりきりのデートを楽しみにしている』だの、内容が濃くなっていった。

 『君のその優しい手で触れてほしい』と書かれていたときなど、『いやどこに!?』と鼻血を噴きそうになった。私には刺激が強すぎるわ。


 もうこれ、私のアドバイスなんて必要ないと思うんですけど? 時折、かわいいお菓子や小さな花束まで添えられている。

 これだけグイグイ行けるのなら、どんな令嬢相手でも十分だと思うわ。私だからまだ理性を保てているけれど、もし本当の恋文だったとしたらとっくに口説き落とされているに違いない。勘違いしないように、自分に言い聞かせるのが大変なんだから! 


「シェリルちゃん、明日の準備は大丈夫そう?」

「ヒルダさん、ええ、もうほとんど済みました」

「私はどこの担当だったっけ?」

「ええと、カーラさんは朝から受付で招待客の確認と誘導ですね」


 おっと、考えごとをしている場合ではなかったわ。明日はとうとう公開演習の本番だ。私の担当は、騎士の身内が座るエリアの誘導と警備だ。警備と言っても、椅子に座って観客に問題がないか見ているだけなんだけどね。もしも何かトラブルがあれば、すぐに巡回中の騎士を呼ぶことになっている。


「シェリルちゃんのエリアは騎士の身内ばかりだから、興奮して騒ぎを起こすような人はいないと思うわ。ゆっくり模擬戦でも見てなさいよ」

「そんな、いいんですかね?」

「私達はもう何十年と見てるから。あんた初めてなんでしょ? ずっと準備も頑張ってたんだし、明日は楽しんだらいいわ」

「ありがとうございます!」


 総務部の先輩ヒルダさんとカーラさんの言葉に、明日が楽しみになってきた。



◇◇◇◇


「番号を確認いたします。はい、あちらのお席にどうぞ」


 公開演習当日、私は朝から観客の案内で忙しくしていた。息子の活躍を見に来たご両親や、お父さんの格好良い姿を見に来た子どもと母親など、身内ばかりだからか全体的にほのぼのとした雰囲気のエリアだ。この感じなら何事もなく――


「わたくしの席はどちらかしら」

「はい、入場券を――あっ」

「あっ、あなた!」


 声を掛けられて振り向くと、侍女を連れたお嬢様……ジュリエット・ゴドウィン伯爵令嬢が驚いた表情を浮かべ立っていた。そういえばこの方も、叔父様と従兄弟が騎士団に所属してるんだったわね。首元は詰まっているがレースが華やかなデイドレスを纏っている。赤みがかった明るい茶色の髪にちょこんとかぶった帽子には、ビジュー付きの大きなリボンが飾られキラキラ輝いていた。

私は侍女から渡された入場券の席番号を確認し、他の観客と同じように案内をする。


「ゴドウィン様の席は最前列のこちらですね」

「そ、そう。アリサ、行くわよ」


 前回変な感じで終わったからか、ゴドウィン様は少し気まずそうな顔で侍女を連れてそそくさと席に着いた。


 でもねぇ……私も気まずい。だって私の居場所は、観覧席最前列前の通路に置かれた丸椅子。観覧席と訓練場が両方見られるように、横向きに座ることになっている。斜め前にはゴドウィン様がいる。すなわち、ずっと顔を合わせていなければならないのだ。

 けっして嫌がらせではないの! 私も仕事なのよー! 演習が始まるまでの間、とても長く感じられた……



「第一隊より、順に入場!」


 演習開始の号令がかかり、騎士隊の入場が始まった。王立騎士団の旗を掲げた騎士に続いて入場してきたのは、馬に乗ったルーちゃん隊長と美しく揃った隊列で歩く第一隊の騎士達。その凛々しい姿に、観覧席からも歓声が上がった。

 ルーちゃん隊長はいつものオネエさんっぽい雰囲気は封印しているのか、ものすごくカッコいい。若い女性達からは、うっとりとしたため息が漏れている。


 普段はなかなか騎士の訓練など見られないものね。凛々しい騎士たちを見て、若い女性達が目をキラキラと輝かせるのも無理はない。

 心なしか団長推しのゴドウィン様まで、うっとりとした表情を浮かべている。こういう方こそ『令嬢』って言うのよね。お肌も髪もきれいに手入れされて、ドレスやメイクの流行にも敏感で。やっぱり団長もこういうタイプがお好きなのかしら。だってあんな『令嬢ゲットだぜ!』なんて本を読むくらいだもの。やっぱり()()は私と全然違う……


「な、なによ」

「いえ、失礼いたしました」


 いけない、ゴドウィン様を見ていたことに気付かれてしまった。仕事中なのよ、ちゃんと全体を見てなきゃいけなかったわ。観客席を見渡し特にトラブルもなさそうなので、訓練場へと目を向けた。

 いつの間にか第五隊までの入場が終わり、騎士団幹部がずらりと騎士達の前に並ぶところだった。その中にはグレイウルフ団長の姿も見える。


 団長は一歩前に進み出ると、拡声器の前に立った。


「これより王立騎士団公開演習を始める。日頃の訓練の成果を、国民に見てもらう大事な機会だ。くれぐれも怪我のないよう、心して取り組むように」

「「「ハッ!」」」


 数百人の騎士達が一斉に騎士の礼を執る姿は圧巻だ。観客席からも拍手が起こった。


 騎士達が待機場所へと移動すると、最初の訓練が始まった。馬に乗った騎士の一団が入場してくると、障害物を避けたり馬を自在に操るところを見せた。

 その後には、騎馬による団体模擬戦も行われ大いに会場を沸かせていた。私も仕事中だということを忘れて、拳を握りしめ見入ってしまった。


 続けて行われた盗賊団に見立てた者達を取り押さえる訓練や、魔獣に見立てたリアルな動きをする人形を討伐する訓練などは、特に子ども達が大きな歓声を上げていた。


「いよいよ、模擬戦ね」


 今まで何度も来ているのだろう。ゴドウィン様は、ワクワクした様子で侍女にそう話しかけた。初めて参加する事務官の私より公開演習について詳しそうだ。


 先ほどの騎馬戦とは違い、最後の模擬戦は個人戦となっている。各隊であらかじめ予選が行われていて、勝ち抜いた代表二名がトーナメント方式で戦うのだという説明が会場でなされた。

 最後に勝ち残ったひとりが、グレイウルフ団長と対戦するらしい。そういえば手紙にも書いてあったな。団長も隊長達と並んで模擬戦の行方を見守っている。


「お父さんがんばってーー!」


 すぐ近くの席から子どもの応援する声が上がった。きっとあの勝ち残った騎士の中にお父さんがいるのね。その光景を微笑ましく見ていると、にわかに『キィーー!』という不快な音が響いた。


「なんだ今のは」

「なにかの鳴き声か?」

「いや、ここは郊外とはいえ獣が出るような場所じゃないぞ」


 観客席がザワザワと騒がしくなる。騎士達も模擬戦を止め、周囲を警戒するように身構えた。


「いたぞ! あそこだ!」


 模擬戦に出ていた騎士が、空を指差す。そこには、大きな鷹のような魔獣が訓練場へ向けて飛んで来るのが見えた。ただの猛禽類でないことは、誰の目にも明らかだ。その大きな魔獣が訓練場の上空をグルグルと旋回している。まるで獲物を探しているかのように……


「各隊、戦闘態勢に入れ! 観客を守るんだ!」


 グレイウルフ団長の声が響き、騎士達は各隊の隊長の指示に従い観客を守るべく四方へ散った。観客席は、悲鳴を上げながら逃げようとする人達で混乱を極めた。


「皆さん、落ち着いてください! 走らないで! その場に伏せて!」


 私達事務官は、観客が転んで怪我をしないよう声を張り上げた。それもすべてマニュアルに書かれていたことだ。私の担当エリアの人達は比較的落ち着いているように見える。指示に従って頭を庇うように、その場にしゃがみ込んだ。


「ゴドウィン様も早く!」


 上を見上げ固まったように動かないゴドウィン様と、地面で腰を抜かした侍女が目に入り、私はふたりに駆け寄った。


「あ、足が動かないの」


 涙目のゴドウィン様に近付いたたとき、騎士の『降りてくる!』という声が聞こえた。見上げると、大きな鳥が滑空し出したのが見える。しかも私達の方へ向かって――


「ゴドウィン様危ない!」

「きゃあ!」


 おそらく、キラキラしたゴドウィン様のドレスと髪飾りが魔獣の目に留まってしまったのだ。

とっさに体が動いた。ゴドウィン様を地面に引き下ろすと、侍女とまとめて上から覆いかぶさった。その拍子に眼鏡が吹き飛んでしまったが、拾う余裕などなかった。


「シェリル嬢ーー!」

「シェリルちゃーん!」


 グレイウルフ団長とルーちゃん隊長の声が訓練場の方から聞こえたかと思うと、ザッという音を立てて何かが動いた気配がした。


「キィィィイイイ!!」

「止めを刺せ!!」


 ドスンと何か大きな物が落ちる音と断末魔の叫びと、鋭い団長の声を聞き顔を上げて振り返った。ぼんやりとした視界に見えたのは、大きな鳥型の魔獣を足で押さえつける大きな黒猫と大きな灰色の犬……えっ、あれって金ちゃん? あのシルエット、あの毛の色、金ちゃんと同じだ。

 

 そこへ騎士達が駆け寄り、剣で止めを刺すと魔獣は動かなくなった。会場はホッとしたような声と、興奮したような歓声を上げる人達で先程とは違う騒がしさに包まれている。


「シェリル嬢、大丈夫かっ!」

「あ、はい」

「間に合ってよかったわ!」


――犬と猫が喋った。思わず返事をしてしまったのは、聞き慣れた声だったから。目を細めて見たから間違いない。あれは紛れもなく金ちゃんだ!


「えぇーー!? 金ちゃんが喋った!」


 少し遅れて頭が回りだした私は、思わず叫んでしまった。


「団長! 演習はどうしますか」

「このまま続けることは不可能だな。中止にして、観客を安全に誘導しろ。ルーク、お前の隊は周囲に仲間の魔獣がいないか確認してくれ」

「りょーかい」


 ね、猫も喋ってる。どういうこと? あの黒猫はルーちゃん隊長なの? え? あのふたりって、もしかして獣人だったの?

 頭の中がハテナでいっぱいになっていたら、私の下からしゃくり上げる声がし出した。


「うっ、ひっ、うわあぁん! 怖かったあ〜!」

「ゴドウィン様、大丈夫ですか?」

「お嬢様、お怪我は!?」


 侍女と一緒にゴドウィン様を立たせると、ドレスの埃を払い怪我がないかを確認した。よかった、小さなすり傷くらいで済んだみたい。

 まだ混乱しているゴドウィン様を連れた侍女は、私にペコペコとお辞儀をしながら騎士達の誘導に従って会場を後にした。


「シェリルちゃん! 大丈夫だったかい!?」


 顔を真っ青にしたヒルダさんとカーラさんが、私のところに駆けつけてくれ心配そうに両手を握ってくれた。私もホッとして、気付くと手が震えていた。


「あんたのいるところに魔獣が降りていくのが見えたんだ。怪我はない?」

「はい、膝を少し擦りむいたくらいで。あ……でも眼鏡が」


 カーラさんが近くに落ちていた私の眼鏡を見つけ拾ってくれた。


「う〜ん、レンズにヒビが入ってるわね」


 落とした拍子に割れてしまったみたい。眼鏡は高価だし、家に予備などもない。とりあえずこれを使うしかないかな。カーラさんにお礼を言うと、私は片方にヒビが入ってしまった眼鏡をかけた。

 金ちゃんは私を見てホッとしたようにひとつ頭くと、他の騎士達と共に観客の安全確保のために走り去った。


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