23 お茶会のお誘い(1)
公開演習は中止となり、私達事務官も片付けで忙しくなった。団長達も周囲の警戒に行ってしまい、その後の処理やら報告やらで顔を合わせることは出来なかった。
総務部長からも、『あんなことがあったのだからゆっくり休むように』と言われ、翌日は臨時のお休みとなってしまった。擦りむいた怪我も大したことはないけれど、いつものように朝のジョギングに行く気にはなれなかった。
だって、昨日のことを思い出すと……魔獣が襲ってきたときに助けてくれたのは、金ちゃんと大きな黒猫ちゃん。でもあれって、団長とルーちゃん隊長だったのよね。黒猫ちゃんに会ったのは初めてだけれど、ルーちゃん隊長の声で喋ってたし。
まさか金ちゃんがグレイウルフ団長だったなんて。私の頭には、今までの金ちゃんとの思い出が浮かんでくる。
裏庭でボールを投げて遊んだこと。リードを付けて騎士団内をウォーキングしたこと。全身をブラッシングしてモフッたこと。クッキーをあげてお手をしたこと。ランチのサンドイッチをあーんと食べさせたこと。肉球の匂いを嗅いだり、抱きついてモフモフを吸ったこと。ヘソ天のお腹をワシャワシャと撫で回したこと……
――マズイわ。特に後半。これを全部団長にしていただなんて痴女……完全にヘンタイじゃない。とうとう私は、ただの地味メガネからヘンタイ地味メガネにランクアップしてしまったわ!
どうしよう。もしかして、他の人達はみんな知っていたのかしら? もちろん、騎士達は団長が獣人だって知っているわよね。じゃあ、朝のウォーキングの時にリードを付けて歩いていたのも、騎士達に見られているってことか。あぁそうだ、だからあのとき敬礼されたんだ。
それにルーちゃん隊長も! あんなにかわいい黒猫ちゃんだったなんて、モフりた……じゃなくて、金ちゃんのこと知っていたなら教えてくれてもいいじゃない! なんで一緒になって金ちゃんにお手とかしてたのよ!
明日からどんな顔をして騎士団に出勤したらいいの? こんなやらかしをしたんだから退職願を書いたほうがいいかしら……せっかく安定した職に就けたのに、私のばか! 眼鏡だって買い直さないといけないのに、職を失ったらどうやって生活していけばいいのよ。いや、それどころか退職したら官舎だって住めなくなるわ。
モヤモヤと考えごとをしていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。誰かしら。
「はい、どなた?」
「突然お訪ねして申し訳ありません。私はゴドウィン家の侍女をしております、アリサと申します」
「えっ、ゴドウィン様の」
扉を開けると、見覚えのある若い侍女が立っていた。昨日の公開演習で腰を抜かしていたあの人だ。
「総務部をお訪ねしましたら、ホープ様は本日はお休みだとのことで。昨日のお礼をと申しましたらお部屋を教えてくださいました。あの、昨日は本当にありがとうございました」
「まあ、わざわざお礼を言いに来てくださったの? 私も騎士団の一員ですし、観客を守るのは当然のことです。大したことはしておりませんよ」
「いいえ、私は震えてなにもできませんでしたから。お嬢様だけでなく私まで庇ってくださって……ありがとうございました」
アリサという侍女は、目を潤ませて私へお礼を言ってくれた。
「こちら、ジュリエットお嬢様からのお手紙でございます。ぜひその場で読んでいただくようにと」
「あら、お急ぎの用件かしら。少し待ってね」
手渡された手紙の封を切ると、中から可愛らしい文字で書かれた便箋が出てきた。
『シェリル・ホープ様
昨日は大変お世話になったわ。
それで、ぜひあなたに直接お礼を言わせてもらいたいの。
侍女を馬車で行かせたから、そのままうちまで乗ってきてちょうだい。
仕事中なら、就業後でも構わなくてよ。
お待ちしてるわ。
ジュリエット・ゴドウィン』
文字の可愛さとは違って、文面はゴドウィン様らしく少し高飛車なのが面白いが……
「えっ、今から?」
「重ねがさね、突然で申し訳ありません。もし、ホープ様になにもご予定がないのであれば、ご同行願えませんでしょうか?」
アリサは少し申し訳なさそうに眉を下げた。きっと、お嬢様から連れて帰ってこいと言われたのね。あのお嬢様、高飛車なところがあるけれどなんか憎めないのよね。ちょっと変なことを言われたけれど、実害はなかったもの。吐かれた呪いもかわいいものだったし、そんなに悪い人ではなさそう。
「予定はないのですが、このような格好ではさすがに……」
「お嬢様は、気にしないのでそのまま来てくれとおっしゃっていました」
行くことにしたのはいいが、今日も相変わらず地味なブラウスとくるぶしまであるフレアスカートだ。準備する時間がなかったとはいえ、伯爵家にお邪魔するには普段着すぎる。
「ちょっと、五分だけ待ってもらえるかしら? すぐに着替えてきますから」
「はい! お待ちしております」
アリサはパァと嬉しそうな顔になって、頭を下げた。
しかし、何を着ていけばいいのやら。数秒間迷って、植物園に行った時と同じ淡いイエローのワンピースに着替えた。きっちりしたデイドレスなど持っていないが、さっきのブラウスよりはマシなはずだ。眼鏡にヒビが入っているのは勘弁してもらおう。最後に髪にササッと櫛を通して部屋を出た。
「お待たせしました」
「いえ、こちらこそ急かしてしまいまして。ホープ様がおいでくださったら、お嬢様も喜ばれます」
「そ、そう?」
本当に喜ぶかな? 貴族のマナーとして、形だけでもお礼をってことかもしれないけれど。私も、もう少し彼女と話してみたいなと思ったのだ。
同年代のご令嬢にお誘いを受けたのは初めてだから、緊張が半分、ソワソワとした気分が半分で、ゴドウィン家の家紋が入った豪華な馬車に乗せてもらい、王都の貴族街へと向かった。




