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21 恋文

「――というわけで、私では何のアドバイスもできないということがわかりました。張り切って協力するなんて言ったのに、申し訳ありません」


 数日後、お昼休みに団長がランチのバスケットを持って裏庭に現れた。今日は金ちゃんが来られない日らしい。こちらから出向かなければと思っていたのだけれど……先日図書館で借りた派手な表紙の本を差し出して、私では力不足であることを説明し謝罪した。


「待ってくれ、そこらの令嬢基準のアドバイスなんていらないんだ」

「ですが、どれもこれも私には経験がなくて。私は貴族とは名ばかりで、令嬢らしいことは何もわからないんです」

「そうか! むしろ経験がなくてよかった!」

「へ?」

「いや、なんでもない。だったら俺がその本に書いてあることを君に試すから、その感想をくれないか?」

「なるほど、私で実験なさるというわけですね。それは構いませんが、直接意中のご令嬢にされたほうが早くないでしょうか」

「不安なんだ! その子が俺のことをどう思っているのかわからないから……」


 公爵家のお生まれで騎士団長という要職に就いていらっしゃっても、好きな人にはこんなに弱気になるのね。やっぱり、恋なんてまだしたことがない私にはわからないわ。


「シェリル嬢? だめか?」

「えっ、あっ、はい。承知いたしました」

「ありがとう! では、よろしく頼む」


 考えごとをしていた時に話しかけられちゃったから、思わず引き受けると返事をしてしまった。


「あの、具体的にはどのような……」

「ん? 君に恋文を書いたり、デートをしたり一通り試すつもりだ」

「そ、そうですか。えっと、そのあたりは省略してもいいのでは?」

「そんな! もしや、無理矢理頼んだりして迷惑だったか……?」


 しゅんとした団長の頭に、あるはずのない垂れた耳が見える。そのウルウルした目は反則だわ。団長は金ちゃんの飼い主だけあって、どことなく仕草が犬っぽいのだ。結局、その目に絆されてしまう私は、金ちゃんに骨抜きにされているということかしら。仕方がない、団長にもお世話になっていることだし、協力しましょう。


「迷惑なことはありませんよ。お役に立てる保証はありませんが……」

「そんなことはいいんだ! 助かる!」


 団長は剣だこのある大きな手で私の手をガジリと掴み、力強い握手をした。



◇◇◇◇


 ちょっと待ってこれは……早速団長から届いた手紙を開いて、私はカァっと顔が火照ったように感じた。


『愛しのシェリル嬢へ


先日は、変なお願いをしたにもかかわらず引き受けてくれてありがとう。

このようなことを頼めるのは、心優しい君だけなんだ。

君のその優しさが、私だけのものになればいいのにと願ってしまう。


近頃は公開演習の準備のため、私も打ち合わせや騎士達の訓練で忙しく、騎士団内にいてもなかなか顔を合わせられない日もある。

君に会えない日は、心に隙間風が吹いているようだ。

毎日会えたらいいのに。ずっと一緒にいられたらいいのに――そう望んでしまうのは私の我儘だろうか。


公開演習では私も模擬戦に出場する。

勝ち上がってきた騎士との最終戦だ。

応援してくれたら、必ず勝利は君に捧げると誓おう。


総務部も忙しくしていると聞く。

君の頑張り屋なところは美徳だが、くれぐれも無理はしないように。


             愛を込めて  アレックス・グレイウルフ』



 何これ何これ何これーーー!! 日常の出来事の合間に、さりげなく甘い言葉が絡められているわ。しかも『愛しの』とか『愛を込めて』とか、これではまるで私への恋文じゃないの。

 いくら私が実験台だとはいえ、やり過ぎなんじゃないかしら。だってこんなの……本気にしちゃったらどうするつもりなの!?


「困ったなぁ……」


 私は書いたこともない恋文の返事をどう書けばいいのかと、頭を悩ませた。



◇◇◇◇


「金ちゃん、どうしよう……」

「あうん?」


 昼休み、金ちゃんとサンドイッチを食べながらも、頭の中はグレイウルフ団長の手紙のことでいっぱいだった。結局、どう返事をしていいかわからず『情熱的で素敵なお手紙だと思います』と、ひと言感想を書いてお返事とした。意中のご令嬢へ送る手紙の予行練習だとわかっていますよ、勘違いなどしていませんよ、と伝えたかったから。


 だけど……本当はちょっと、ときめいてしまったのだ。今まで恋文などもらったことがないので、免疫がないせいなのか。てっきり他のご令嬢への手紙を添削するのかと思っていたのに、なぜか私のために書いたような内容だったからなのか。


「あのね、あなたのご主人様からお手紙を受け取ったんだけど」

「ふうん」

「なんか、なんか、あれは駄目よ!」

「が、がう?」


 金ちゃんはご主人様という言葉に反応したのか、少し焦ったようなオロオロとした顔で私を見つめた。


「だって、あれじゃまるで私への恋文じゃない! 私、地味メガネで男性からお手紙などもらったことがないから、あんなことを書かれたら勘違いしちゃうわ!」

「きゅうん」


 金ちゃんはなぜか嬉しそうに鳴くと、パタパタと尻尾を振りながら赤くなっているだろう私の頬をぺろりと嘗めた。


「大丈夫、ちゃんとわかってるわ。あれは予行練習なの。次にお会いするときは、ちゃんと普通にできるわ」


 金ちゃんは少し困ったような顔をしたけれど、甘えた様子で私の膝に頭を載せた。


「大丈夫、うん、大丈夫よ」


 私はそう自分を戒めるように呟きながら、金ちゃんを撫でた。すっかりリラックスした金ちゃんはお腹を見せるいわゆるヘソ天になっている。私は金ちゃんのお腹をワシャワシャと撫で回した。


 だって、あれは私への恋文じゃない。あくまでも、どこかのご令嬢へ送る手紙の練習なのだから。どこのどなたか知らないけれど、団長からあんな素敵な手紙をもらう女性が少し羨ましいと思ってしまった。


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