20 司書のイチオシ
「本当にこんなことでシェリル嬢が落ちるのだろうか……」
ある日の昼休み。王立騎士団団長アレックス・グレイウルフは、騎士団の隣にある王宮図書館の片隅で頭を抱えていた。手にしているのは、司書がイチオシしてくれた『令嬢ゲットだぜ! 好みの貴族令嬢を確実に落とす恋愛ハウツー講座』という本。持っているのが恥ずかしくなるほど、派手な表紙だ。
しかし、読めば読むほどシェリルには当てはまらない気がして不安になっていた。
「あら、団長じゃない。こんなところで会うなんて珍しいわね」
「ルーク! おっと、図書館だった」
アレックスは周りをキョロキョロと見渡し、声を落とした。ルークはアレックスが読んでいる本に興味が湧き、手元を覗き込む。
「なんですか、その本。『令嬢ゲットだぜ!』って、ブフッ」
「笑うな。司書から勧められたんだ」
「なんでまた、そんな本を読んでいるのよ」
「シェリル嬢との距離の縮め方がわからない」
「えぇ……? あんなにイチャついておいて何言ってるの」
「それは俺じゃない。金ちゃんだ」
「んん? 金ちゃんは団長でしょうよ」
なんだか要領を得ないやりとりになっているが、アレックスはいたって大真面目だ。
「だから、あれはシェリル嬢の中では俺じゃないんだ。あくまでも犬の金ちゃんなんだ」
「そんなまだるっこしいことをしなくても、いい加減に家の力でどうにかすればいいのに」
「そうもいかないんだ。どうやらシェリル嬢は結婚する気がないらしい」
「あー、たしかに。アタシともそんな話をしたことがあるわ」
「やっぱり……だから、家の力で婚約を申し込んでもやんわり断られるに決まってる」
自分で言っておいて、その言葉にアレックスは落ち込んだ。いつもの厳しい騎士団長の顔はどこかへ隠れてしまっている。
「う〜ん、たしかに難しいわね……」
「あら、グレイウルフ団長、ルーちゃん隊長お疲れ様です」
「シェリル嬢!」「シェリルちゃん!」
噂をすればなんとやら、私服姿のシェリルが本を胸に抱えて近付いてくる。
「もしかしてなにか難しいお話し中でしたか? お邪魔して申し訳ありません」
「いや、そんなんじゃない」
「でも、おふたりとも難しいお顔をされていたから……」
「本当にそんなんじゃないの。シェリルちゃんは今日はお休みよね?」
「はい、事務官は休みが決まっていますから。今日は久しぶりに本でも借りようかと思って」
シェリルは胸に抱えた本をふたりに見えるように掲げた。タイトルを見ると『ワンちゃんと仲良くなれる方法』という、犬の飼い方の本であった。
「くっ、シェリル嬢……」
「なによ、両想いじゃない」
アレックスは両手で顔を隠しているが、赤くなった耳は隠せていなかった。ルークは横を向きボソリと面白くなさそうに呟いた。
「すみません、団長のワンちゃんなのに図々しいですよね」
「そんなことはない! どうぞ、存分に仲良くしてくれ」
「そう言っていただけて嬉しいです! ありがとうございます」
ふたりの間にはほわほわとした空気が漂っていたが、それを打ち破るようにイタズラを思いついた顔のルークが手をパチンと打った。
「ねえ、団長。シェリルちゃんに相談すればいいんじゃない?」
「なにをだ?」
「困りごとですか? 私にできることであれば喜んで! 団長やお邸の皆さんにはお世話になっていますので!」
「いや、なにも困ってなどいな――」
「じゃ~ん、これよ〜」
ルークはニヤニヤしながら、アレックスが読んでいた本を掲げた。もちろん例の『令嬢ゲットだぜ! 好みの貴族令嬢を確実に落とす恋愛ハウツー講座』だ。アレックスはそのド派手な表紙をシェリルに見られたことにアワアワと慌てた。
「ちょっお前! シェリル嬢、なんでもないんだ」
「まあ、団長。どなたか意中のご令嬢がおられるのですね? わかりました。私でお役に立てるのならばご協力いたします」
「いやっ、違っ、違わなくもないけど、違うんだ!」
「団長はね、あるご令嬢と距離を縮めたいんだって〜」
「なるほど、わかります。私も金ちゃんともっと仲良くなりたくて、この本を借りようと思いましたから。団長、一緒にお勉強しましょう!」
「お、おぅ」
メガネをクイッと上げて拳を握りしめるシェリルを見て、アレックスはなんでこんなことになったと、また頭を抱えた。
◇◇◇◇
昨日図書館で団長が読んでいた『令嬢ゲットだぜ!』という本。『参考に一度読んでほしい』と言われ、貸し出し申請をして昨晩官舎の自室で目を通した。
世の中にはこのような本があるのねぇ。女性が喜ぶエスコートの仕方だとか、夜会でのスマートな声の掛け方だとか、女性受けのいいプレゼントだとか。
『これを読んで、令嬢目線でアドバイスしてあげて〜』なんてルーちゃん隊長は言っていたけれど、私には縁がなさすぎる世界でアドバイスのしようがないわ。貧乏貴族の娘より、女心がわかるルーちゃん隊長の方が的確なアドバイスができるんじゃないかしら?
――ガサガサ
「金ちゃん!」
「がう」
いつものように裏庭にランチのバスケットを咥えてきた金ちゃんは、私の隣にバスケットを置くとお行儀よくベンチに座った。
「この本ね、あなたのご主人様からアドバイスを頼まれたのよ」
「……がう」
「だけどね、読めば読むほど私では参考にならないわねーと思っていたの」
「ふうん?」
「ふふっ。だってね、ほらここ、高価なプレゼントをもらったことがないからどれが喜ばれるかわからないし。ここも、夜会には出たことがないから、声を掛けられるというシチュエーションがわかんないのよ」
「くうん」
「あとはここ、ダンスの誘い方とエスコート? 子供の頃にお姉様達と一緒に習ったから一応踊れるけど、ダンス講師以外の人とは踊ったこともないのよ」
学園の卒業パーティーも、パートナーがいないからひとりで参加したしね。他にも婚約者がいない人は沢山いたから、私だけ悪目立ちすることはなくてよかったけれど。一番上のお姉様が独身時代に着ていたドレスを、自分でリメイクして着ていったのよね。我ながら、壁に同化できていい出来だったわ。
「デビューもしていないし、これからも夜会で踊ることはなさそう。ハァ……王都には友達もいないし、一般的なご令嬢が好むものがわからないわ。協力しますなんて大口叩いたのに、どうしましょう?」
「がう!」
金ちゃんは私の手の甲の上に肉球を重ねた。まるで大丈夫だよって言ってくれてるみたい。
「ありがとう、優しいのね。いっそのこと、金ちゃんと踊りたいわ。きっと楽しいのに」
私は座ったまま金ちゃんの前足を取って、上下に揺らしてリズムを取った。
「ほらこんなふうに。ズンチャッチャ、ズンチャッチャ。ふふっ、上手上手」
金ちゃんはなにも言わず、私のお遊戯に付き合ってくれている。内心は呆れているかもしれないけれど。
「団長もこうやって、意中のご令嬢と踊られるのかしら……」
それはもちろん、私ではない。上手くいくよう応援するつもりなのに、なぜか胸がモヤモヤしていた。




