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19 下見(2)

 騎馬訓練場に到着し馬をつなぐと、団長の元へ騎士達が集まり整列した。私はその後ろに回ろうとしたのに、なぜか団長の隣に並ばされている。

 

「各自、ホープ事務官の指示に従って設備のチェックをしてくれ」

「「「ハッ!」」」

「よ、よろしくお願いいたします」


 私は指揮官でもなんでもない、ただの下っ端事務官なんですが……


 騎士達の敬礼にビビりながらも、カバンからクリップボードに挟んだチェックリストを取り出して騎士達に配っていった。マニュアルにはチェックリストは無かったけれど、初めからチェックするポイントがわかっていれば、効率よく終わらせられると思って作ってみたのだ。

 紐で結んだペンもセットして、外でも使いやすいようにした。


「こちらの方は、馬車の停車場の確認をお願いします。来賓や貴族の方が乗り降りする場所と馬車の待機場所、それと臨時の乗合馬車用が乗り降りする場所も確保しないといけません」

「「ハッ!」」

「次にこちらは、観覧席の確認をお願いします。椅子が壊れていないか、手すりや通路に不具合がないかを見ていただいて、修繕が必要な箇所があればこのリボンで印を付けておいてください」

「「ハッ!」」


 説明をするたびに、上官にするかのような返事をされて困惑している。あの本当に、入団して数ヶ月の下っ端なんですよ……

 あとは食べ物や飲み物の出店の区画を確認と、スタッフ用のテントを立てる位置を確認、救護班の待機場所の確保、他にも様々なチェックリストを騎士達に割り振っていった。


「では、よろしくお願いいたします。私は手洗い場と水飲み場、トイレ設備の確認をしますね」

「解散!」

「「「ハッ!」」」


 団長の一声で、騎士達は各自割り当てられた場所へ散っていった。さてと、私は近くのトイレからチェックしますか! これだけ広いとトイレや手洗い場も何か所もある。マニュアルにある図面を確認しながら、一番近いところに向かった。


――ザッザッザッ


 ん? なんか足音が付いてくる。騎士達は別の場所へ行ったはずなのに……うわっ! 振り向いたら思いがけない人がいてびっくり!


「団長!?」

「なんだ?」

「あ、あの。なぜ私に付いてこられるのですか?」

「俺は君のサポートをする。初めてでわからないこともあるだろうからな」

「えぇっ?」


 たしかに、団長にはチェックリストを割り振らなかったわ。わざわざ下見に来られたくらいだから、他に見るところがあるのかと思っていたのに、まさか私のサポートだったとは。


「えっと、私がチェックするのはトイレですけど?」

「ああ、だったら男性用トイレは俺がやろう」

「団長が男性用トイレをチェック……そんなことまで、していただくわけにはまいりません」


 騎士団のトップであり、公爵家の令息でもあるグレイウルフ団長がトイレのチェック! そんなことをさせた日には、私が『団長にトイレをチェックさせた厚顔無恥な新人事務官』として歴史に名を刻んでしまうわ!


「チェックリストに沿って確認すればいいのだろう?」

「そうですけど、さすがに団長がすることでは――」

「気にするな。俺だって新人騎士の頃はここのトイレ掃除もやっていたんだ。君より詳しいぞ?」

「えぇっ! 本当ですか?」

「騎士団本部とは違って、ここには管理する人間が常駐していないからな。掃除人もいないから、使ったあとの掃除は新人騎士の仕事なんだ。訓練場の石拾いや草むしりもやっていたぞ」

「まあ! そうだったのですね」


 まさか公爵家の御令息までトイレ掃除をさせられているとは思わなかったわ。先日ゴドウィン様が言われていたことは本当だったのね。騎士団って徹底的に実力主義なんだ。


「騎士は自分の身の回りのことは全部できないと、遠征にも行けないからな。とはいえ、トイレも水道も普段の訓練で使う場所は限られている。他のあまり使わないところはよく確認した方がいいだろう」

「承知いたしました。では、一番近いこちらから確認していきましょう」


 団長と連れ立って順番にトイレを確認していく。きちんと水が流れるか、鏡など割れているところはないか。手洗い場も水漏れがないか蛇口が固くなっていないかなどを、ひとつひとつ見ていった。

 よかった、修理が必要な箇所はなさそうだわ。あとは公開演習の直前に、専門の掃除人に入ってもらうよう手配をすればいいわね。


「男性用トイレの方も大丈夫そうだぞ」

「ありがとうございます。団長が手伝ってくださったので助かりました」

「いや、これくらい……」


 団長少しはにかんだような、でもどこか嬉しそうな表情をした。なんだか、褒められたときに尻尾を振る金ちゃんに似ている。やっぱりペットは飼い主に似るのね。

それはそうと――


「他の騎士さん達はどうですかね?」

「座席のチェックはもう少し掛かるんじゃないか? なにせ広いからな。シェリル嬢も疲れただろう。少し休憩――」

「では、私もお手伝いを」

「いや! こう暑くては無理をしてはいけない! 水分補給をしたほうがいい」

「はあ……」


 たしかに、ここに着いてから一度も水分補給をしていなかったわ。そうだ、今日はいいものを持ってきたんだった。


「団長も水分を摂られていないですよね? あの、これ良かったらどうぞ」


 私はカバンの中から、小さなお弁当箱を取り出し蓋を開けた。中にはツヤツヤした赤い実が並んでいる。


「これは……トマトか?」

「はいっ! 以前、植物園で団長に買っていただいたミニトマトです。やっと実が生り始めまして、今日は暑いかなと思って持ってきたんです。トマトは熱中症予防にもいいらしいですよ」

「あのときのトマトか! 君は、色んなことを知っているんだな」

「学生時代に、寮の食堂のおばちゃんが教えてくれました」

「食堂のおばちゃん……」

「はいっ! 在学中、とてもお世話になりました。ここだけの話、私にはお肉を多めに盛り付けてくれていたんです。いっぱい食べなさいって」


 私がコソコソ話で言うと、団長は思わずといったように噴き出した。


「フッ、そうか。では、遠慮なくいただこう」

「はいどうぞ」


 私がトマトの入ったお弁当箱を差し出すが、団長は一向に手を出してくれない。


「あの、団長?」

「ん? 俺は両手が塞がっているんだ」


 その両手にあるクリップボードとペンは脇に挟めばいいんじゃ……もしかして、食べさせろってことなの?


「えっと、あーんします?」

「ぜひ!!」

「やっぱりそうですか……あの、どうぞ」

「あー」


 団長が口を開けて待っているので、ミニトマトのヘタを持って口元へ近付けた。団長はパクリとトマトを口に入れる。


「うん、瑞々しくて美味いな!」

「それは良かったです……」


 なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいことをしているんじゃないかしら。金ちゃんにはよく食べさせているけれど、大人の男性にあーんなんて初めてしたわ。

 私は赤くなった顔を誤魔化すように、トマトをパクパクと頬張った。



◇◇◇◇


「あっ、団長達がイチャついてる」

「楽しそうだな」

「あの子もあんなに赤くなって……かわいい」

「いーなー、俺も恋人がほしい」

「それにしても、あの団長があんなにデレデレするとはな」

「あの子凄いよなー。団長にリードを着けて散歩するんだぜ」

「さながら、猛獣使いってところか」

「だなー」


――騎士達から新しい称号『猛獣使い』を与えられたことに、シェリルはまだ気付いていない。


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