18 下見(1)
「ホープさん、今年の公開演習の会場下見はあなたにお願いします」
「下見……ですか?」
夏も盛りのある日、総務部長に呼ばれ新しい仕事を与えられた。そうだわ、秋になったら騎士団の公開演習があるんだった。事務方もあれこれと準備に忙しくなると聞いている。特に総務部はなんでも屋なので、こういうイベント事には中心となって準備を進めなければならない。
「去年まではマーニーさんがやってくれていたんだ。年に一度のことだから、会場の設備に不備がないか等確認が必要なんだよ」
マーニーさんとは、私の前に総務部にいた女性だ。彼女が産休育休中のために私が採用されたのだから、当然今年は私の仕事になる。
「承知いたしました」
「シェリルちゃん。毎年のことだから、ちゃんとマニュアルもあるよ」
「これを見てやれば大丈夫だからね。わかんないときは私達に聞いてちょうだい」
ヒルダさんとカーラさんからも頼もしい言葉をいただいた。
「はい! 頑張ります!」
「その調子だ。三日後に騎士達と一緒に会場へ向かってくれ」
騎士団の公開演習は、王都の人達にとっては大人気のイベントだと聞いている。これを観るために領地から出てくる貴族もいるという。うちには余裕がなかったしタウンハウスも無かったので、一度も観に行ったことがなかった。
学園在学中も、お目当ての騎士を観に行くという女子生徒達が騒いでいたのを覚えている。私には全く縁のなかったイベントに、こういう形で参加することになるとは思ってもみなかったわ。
◇◇◇◇
昼休み。いつものように金ちゃんとランチ中、私は忘れないように伝言を書いた手紙を取り出した。
「あのね金ちゃん。三日後はお昼を一緒に食べられないかもしれないから、執事さんに私の分は結構ですってお手紙を入れておくわね」
「が、がう?」
「朝から仕事で少し郊外まで行くのよ。お昼休みまでに帰って来られるかわからないから」
「くぅ〜ん」
「私も金ちゃんに会えないのは寂しいわ。だけど、公開演習の下見は総務部の大事なお仕事だから……ごめんね」
「ハッ!」
金ちゃんは何かに気付いたかのように、耳をピンと立てた。そしてなぜかニヤリと笑うと、尻尾をパタパタと振る。わかってくれたのかしら、本当に賢い子ね。
金ちゃんはサンドイッチを食べ終わると、グッズ入れに鼻を突っ込みブラシを咥えてブラッシングをねだった。
◇◇◇◇
――下見当日。
「シェリル嬢、迎えに来た」
「えっ! なぜ団長がこんなところまで――」
朝の総務部に突然グレイウルフ団長が現れ、事務棟は一瞬ざわついた空気が漂った。団長自ら事務棟に来ることはめったにない。だって書類などはいつも部下の騎士が届けにくるから。その団長が『迎えに来た』なんて言うから、『何ごと?』ってザワザワするのも無理はない。
「今日は公開演習の会場を下見するんだろう。俺も行くことになったから」
『なーんだ、そういうことか』という顔で、事務官達はそれぞれの仕事に戻って行った。でも、私としては想定外だ。マニュアルには、団長が下見に同行なんて書いてないんだもの!
「団長も行かれるのですか?」
「今日は急ぎの仕事も入っていない。それに公開演習は騎士団にとって一大行事だからな」
「はあ……」
たしかに一大行事だけれども、観覧席に不具合がないかとかトイレはちゃんと使えるかとか、団長がわざわざ確認しなくても私と部下の騎士達で十分なんじゃ……
「荷物はそれだけか? さあ行こう」
「え、あっ、はい!」
「「いってらっしゃーい」」
ニコニコ顔のヒルダさんとカーラさんに見送られ、ペコリと挨拶をしているうちに、団長はマニュアルのファイルやノートが入った私のカバンを掴んでスタスタと歩き出した。向かったのは騎士団の馬がいる厩舎だ。
「シェリル嬢は俺と二人乗りだ」
「えっ!?」
「だが、馬など乗れないだろう? それなら仕方がな――」
「乗れますけど」
「は?」
田舎では馬は必須。どこに行くでも馬車か、馬に乗れなければ移動できないのだ。仕事でお父様が馬車を使っているときは、私達姉妹は馬に乗って出掛けていた。田舎では女性も馬に乗るのは珍しくない。もしかして、王都ではあまり乗らないのかしら。うちはお母様も乗っていたのに。
「団長、この馬が大人しいから女性向きじゃないですかね?」
「ああ、いやっ、えっ? ひとりで乗るのか?」
「ええ、ありがとうございます! お借りしますね!」
一緒に行く騎士達が一頭の馬を厩舎から連れ出してくれた。モフモフではないけれど、馬はかっこいいし目がかわいくて大好き! 私は馬によろしくねと挨拶をして、手綱を受け取り馬の背に乗った。今日はそのつもりで乗馬用のズボンも履いている。
「くっ、ルークとは二人乗りしたのになぜ……」
「団長ー! 揃ったので出発しますか?」
「ぐぬぅ、すぐに行く」
団長はなにかブツブツと呟いていたが、他の騎士達に促され出発することになった。
「シェリル嬢は騎馬訓練場に行くのは初めてだろう。はぐれるといけないから俺と並んで行こう」
「はい、よろしくお願いいたします」
公開演習は郊外にある騎士団の騎馬訓練場で行われる。訓練場の中は、定期的に騎士達が訓練で使っているので整備はされている。が、その周りにある観覧席などは使われていないために、こうして公開演習の前にチェックが必要なのだ。
騎士団の門を出ると、先導の騎士達に連なり郊外へ向けて馬を走らせた。街中ではそれほどスピードは出せないけれど、街外れに差し掛かると先頭の馬がスピードアップした。
くぅ~楽しい! 自分で走るのは得意じゃないから、なおさら馬で遠乗りするのは爽快な気分! 久しぶりの乗馬を楽しんでいるうちに、あっという間に騎馬訓練場に到着してしまった。残念、もう少し乗っていたかったのに。
「シェリル嬢……馬、本当に乗れたんだな。しかも騎士のスピードに着いていけるなんて」
「田舎では乗れないと困りますので。王都に出てきてからはずっと乗っていませんでしたが、意外といけましたね?」
「そ、そうか……」
あれ? 団長の頭にしゅんと垂れた耳が見えたような……気のせいかしら?




