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17/30

17 昼下りの珍事

 近頃とても仕事がやりやすい。私が慣れてきたというのもあるけれど、騎士達の書類ミスが圧倒的に減ってきている気がする。以前は申請書などに間違いが見つかるたびに、騎士棟へ訂正のお願いに行かねばならなかったのに、最近は提出するときに『これで合っていますか』と確認されるようになった。

 おかげで二度手間にならず、大助かりだ。若干、私の顔を見てビクビクされているような気がするけれど……気のせいよね? だって誰よりも下っ端の私にビクビクする理由がないもの。


 今日も午前の仕事が捗ったので、早々に裏庭へと来ていた。ベンチに座って金ちゃんを待つ。一定の時間まで待っても来ないときは、売店にパンを買いに行くのがお約束だ。とはいえ、ほとんど毎日来てくれるんだけれどね。今日は少し早く来たから、金ちゃんもまだ来ないだろうな――


「ちょっとあなた」

「えっ?」


 カツカツと回廊の辺りから足音が聞こえ、声の主が姿を表した。若い女性……それもどこかのご令嬢だわ。手入れの行き届いている、少し赤みがかった明るい茶色の髪をサラリと肩に流し、庶民では手が出ないであろう仕立ての良いデイドレスを身に纏っている。後ろにはバスケットを抱えた侍女も控えていた。なぜ騎士団に、団員でもなさそうな貴族の令嬢が? 

 

 もちろん受付で申請して身元確認ができれば、身内に会いに来ることはできるけれど。全体的に男臭い騎士団に、華やかな若い女性は浮いていた。

 その令嬢がピシリと指を差し言い放つ。


「あなたよ、シェリル・ホープ」

「わ、私ですか?」

「他に誰がいるのよ」

「誰もいませんね」


 その令嬢は、なぜか私の名前を知っていた。誰だろう……どこかでお会いしたことがあったかしら? 社交界デビューをしていないし、お茶会などのお誘いも皆無なので貴族の顔はさっぱりわからないのよ。


「ちょっと、その『この人誰?』って顔やめなさいよ!」

「えっと、申し訳ありません?」


 なんでわかったんだろう。もしかして人の心が読めるのかしら。


「学園ではあなたの隣のクラスだったわ。覚えてないの?」

「申し訳ありません。学園時代は、あまり友達付き合いをしていなかったもので」


 隣のクラスかーそりゃわかんないわ。同じクラスや同じ寮生なら、刺繍のアルバイトを頼まれたり多少は関わりがあったんだけれど、友達と言えるほどの付き合いはなかった。なんなら一番仲が良かったのは、寮の食堂のおばちゃん達だし。あー、久しぶりにおばちゃんのビーフシチューが食べたいな。ホロホロに煮込まれた牛肉が絶品で――


「あなた、人と話しているときに違うことを考えるのはやめなさいよ!」


 なんでお肉のことを考えていたってわかるの! 本当にエスパーじゃないのかしら? この人すごい!


「申し訳ありません!」

「まあいいわ。わたくしはジュリエット・ゴドウィンよ」

「ゴドウィン様というと、伯爵家の?」

「そうよ。貧乏貴族なのに一応知ってはいるのね」


 ジュリエットと名乗った令嬢は、皮肉な笑いを浮かべて言った。貴族の家名と爵位は、基礎知識としてなんとなく覚えている。ただ社交を一切していないので、顔と名前が一致しないだけだ。


「ゴドウィン様、私に何かご用でしょうか?」

「そうだったわ。あなた、最近アレックス様にちょっかいを掛けているそうね」

「アレックス様というと、どちらのアレックス様でしょう?」

「なっ、あなたふざけてるの?」


 えぇ……? ちょっかいって、全く身に覚えがないわ。周りに知り合いの貴族なんていないし、騎士団でもプライベートな付き合いのある人なんて……ルーちゃん隊長くらい? あとは金ちゃん絡みでグレイウルフ団長もかしら。他の騎士とは書類の受け渡しくらいしか接点がないものねぇ。総務部にもそんな名前の人はいないし、アレックスってよくある名前だからなぁ。


「どなたかとお間違えではありませんか? 私にはアレックス様という方にちょっかいを掛けた覚えが……」

「ああああなた! 騎士団の事務官のくせに、そんな嘘をつくなんて! なんで採用されたのがあなたなのよ? わたくしだって入りたかったのに、騎士団は実力主義だからって叔父様のコネも使えないし!」

「はあ……」

「まだしらばっくれるの? アレックス・グレイウルフ様よ! 団長の名前を知らないなんて、事務官失格ね。すぐにわたくしと交代しなさいよ!」

「ああ! そうでした」


 団長のお名前はアレックス様だったわね。普段は『団長』としか呼ばないからピンとこなかったわ。ん? ということは、私が団長にちょっかいを掛けているってことにならない?


「ええぇぇぇぇーーーっ!?」

「あなた、ちょっと鈍くありませんこと?」

「いやいやいや、ちょっかいって。色恋的なアレのことですよね?」

「他に何があるっていうのよ」

「ないないない、団長にちょっかいなんてそんな恐れ多いことを」

「誤魔化しても無駄よ! 騎士団にいる従兄弟からも聞いたんだから。あなたが団長とイチャイチャしてるって」

「してませんー!」

「アレックス様はわたくしが密かに狙っていたのに、お見合いも申し込む前に断られるし! よりによって、なんであなたみたいな地味メガネなのよ!」


 あ、やっぱり同級生みたい。そのあだ名を知っているなら間違いないわ。あまりの事態にそんな現実逃避をしていると、植え込みからガサガサと音がして灰色の影が飛び出し、私とゴドウィン様を隔てるように立ちはだかった。


「ぐるるるる!」

「金ちゃん!」


 なんというタイミング! きっと、私とこの令嬢が喧嘩でもしているんじゃないかと勘違いしているわね。すんごいぐるぐると喉を鳴らして威嚇してるし。


「大丈夫よ。この方とはお話をしているだけだから」

「アレッ――」

「がうがうがうっ!!」

「ひいっ!」


 金ちゃんは近付いて来ようとしたゴドウィン様に、大きな声で吠えた。どうしたんだろう、こんな金ちゃん見たことがないわ。


「なぜそんなに吠えるのですか? わたくしは以前ご挨拶させていただいた、前第二隊長の姪ジュリエット・ゴドウィンですわ! アレッ――」

「がうがう!」

「ひいっ!」

「金ちゃん、一旦落ち着こう。ね?」

「ぐるるる」


 後ろから金ちゃんを抱きしめ、ゴドウィン様に飛びかからないよう抑え込む。

 なるほど、この人は前第二隊長の姪だったんだ。たしか、去年隊長職から引かれたあと、後進の育成のために指導部に移られたと聞いた。指導は厳しくも的確と評判で、普段はニコニコと気のいいオジサマという印象の人だ。

 その方への差し入れか何かで入場許可をもらって、騎士団内をウロウロしていたら私を見かけたって感じかしら。う〜ん、でも本当に誤解なのに。


「なによなによ! そんなに見せつけなくてもいいじゃない! あなたなんて、買ったアボカドがいつも半分黒くなってる呪いにかかればいいんだわ! うわあぁぁん、叔父様ーー!」

「失礼いたします。お嬢様ー! 走るとあぶないですー!」


 ゴドウィン様はじわりと涙を浮かべると、突然走り去ってしまった。残された私はしばしポカンと立ち尽くし、バタバタと追いかける侍女の背中を見送った。しかも地味に嫌な呪いを吐かれていったわ。お嬢様なのに、よくそんなことを知っているわね。


「……なんだったのかしら」

「くぅ〜ん」


 金ちゃんは耳をペタリと下げて、心配そうな顔で私を見上げていた。


「ハッ、金ちゃん。ごめんね、びっくりさせちゃったわね」

「が〜う?」

「私もよくわからなくて。あの方、私の同級生みたいなんだけど……どうも誤解があるみたい」

「ふうん」

「まあいいか。それよりお昼休みが無くなっちゃうわ」

「がう!」


 金ちゃんは、植え込みの近くに置きっぱなしになっていたバスケットを運んできてくれた。


「金ちゃん、今日も美味しそうなランチをありがとう」


 ふたり並んでベンチに座りお弁当箱の蓋を開けた途端、先程の騒動はどこかへ吹き飛んだ。私達は残りの時間、食べることに集中した。


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