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16 ジョギング

 朝の恒例となったウォーキングの時間。だいぶ体も慣れてきたようで、騎士の訓練場の周りを歩くのも難なくできるようになってきた。我ながら成長したと思う。今日からさらなるステップアップのためにジョギングに移行しようかな!


 そう決意を固め部屋の扉を開けると、いつものように金ちゃんがお行儀よくお座りをして待ってくれていた。


「金ちゃん、おはよう!」

「が〜う!」

「ふふっ、今日もありがとう。あのね、私もだいぶ慣れてきたから、そろそろ走ってみようかと思っているんだけれど、どうかしら?」

「ふんふん」

「大丈夫そうね。じゃあ付き合ってくれる?」

「がう!」


 今日も金ちゃんにリードを着けて、いつものコースへと向かう。金ちゃんは私の言葉を理解したように、いつもより少し速いペースで走り出した。初心者向けにしてくれているらしい。いきなり全力で走ったら心臓が破裂しちゃうもの、私の技量をよくわかってらっしゃる。


 訓練場の辺りに差し掛かると、十名ほどの騎士達が剣の自主練をしている様子が見えた。入団して間もない騎士などは、早く先輩に近付こうと勤務時間外にもこうやって鍛錬を積んでいるらしい。時々団長や隊長クラスの方々が胸を貸しているところも見かける。


 こうやって王都の治安は守られているのね。頭が下がるわ〜と思いながら近付いて行くと、何かに気付いたらしい若い騎士が訓練の手を止め騎士の礼を執った。周りの騎士達もそれに倣う。

私は誰がお偉いさんでもいるのかと周りをキョロキョロしてみたが、こんな朝早く走っている人は私しかいない。

 えぇっ? なんで畏まられてるの? 私ただの下っ端事務官ですけど? 誰かと間違えられているのかしら?


 私は立ち止まりフェンス越しに『お疲れ様です』とお辞儀をして言うと、隣の金ちゃんが『がう!』とひと声鳴いた。

 騎士達は『ハッ!』と声を上げ、訓練に戻って行く。な、何だったのかしら……金ちゃんは何ごともなかったかのように、また私を引っ張って走り出した。



◇◇◇◇


「ハァハァ、金ちゃん。少し休憩しましょうか」

「がう!」


 広い訓練場を一周走ったところで、休憩を取ることにした。最初から無理をして倒れてちゃ意味がないないものね。今日はこのくらいにしておこう。朝の涼しい時間帯だけれど、張り切って走ったおかげか汗をかいていた。私は近くのベンチに座ると首に巻いていたタオルで汗を拭った。


「くぅ〜ん」

「なあに? 心配してくれたの? 今日は最後まで走れたわ。金ちゃんがウォーキングに付き合ってくれたおかげで体力がついたみたい」

「がう!」

「ありがとう、金ちゃん」

「ふが!」


 私はベンチで隣に座った金ちゃんの背中に腕を回し、首に鼻を擦り付けた。あ〜モフモフ最高……誰も褒めてくれないので、頑張ったご褒美を勝手にもらうことにした。

 なぜか金ちゃんは緊張したように固まっているが、嫌ではないのか私の好きにさせてくれている。調子に乗った私は、金ちゃんの前足を取った。


「が、がう?」

「クンクン」

「ヒュッ!」

「あ〜肉球の匂い、久しぶりに嗅いだわ。これこれ、この香ばしい香りが癖になるのよね」


 ワンちゃんの肉球って、焼いたとうもろこしみたいないい香りがするのよ。実家のクロちゃんの肉球も時々クンクンしちゃってたわ。嫌がってパンチを食らったこともあるけど。

 金ちゃんはちょっと困惑したような表情をしながらも、私の気が済むまで嗅がせてくれた。


「は〜ずっと嗅いでいられるわ」

「ゔ……」

「あら、変かしら? グレイウルフ団長は金ちゃんの肉球を嗅がないの?」


 金ちゃんは首をブンブンと横に振っている。まあ! 犬の飼い主ならみんなやっているものだと思っていたのに、やらない人もいるのか。うん、しかたない。あまり人に見せられる姿でないことは確かだ。


「そうかー、やっぱり公爵家の皆さんは上品だからクンクンされないのね。いや〜もったいないわ」

「ふうん?」

「はー、貧乏貴族でよかった! だって誰からも怒られないから、犬の肉球嗅ぎ放題だもの!」

「が、がう」


 貧乏でもひとつくらいいいところがあるものね。私は時間が許す限り金ちゃんをモフり、思う存分クンクンした。


「ん〜金ちゃん大好きよ!」



――そんな私達を、まさか騎士達に見られているとは思いもせずに。



◇◇◇◇


「聞いたか」

「なにが?」

「ほら、団長の――」

「ああ! 総務の事務官の子とイチャついてたってやつか」

「人目も憚らず、抱き合ったり手のひらにキスをしたり、愛おしそうに見つめ合っていたって」


 騎士達の詰め所では、今この話題で持ちきりであった。高位貴族でありながらお見合いも片っ端から断るので、婚約者もおらず浮いた話ひとつなかった騎士団長に、熱愛のお相手が現れたのだ。

 仲良く朝の散歩をしていることは密かに噂になっていたが、決定的な場面を目撃されたのは初めてだった。あの厳しいグレイウルフ団長が恋人にどう接しているのか、みんなが興味津々になるのも無理はない。


「ここだけの話……実は俺も、昼休みにふたりが一緒に過ごしているのを見たことがある」

「本当か!」

「おい、詳しく聞かせろ!」

「ああ。あの事務官の子が裏庭でベンチに座っていて、その膝の上に団長が頭を載せて寝そべっていた」

「「「膝枕かよっ!」」」

「遠目で見ただけだが、あれは間違いなく団長だった。あんなにでかい狼は、この騎士団内には団長以外にいない」


 たしかにな、とみんな納得した。犬の獣人よりもひと回り大きいのが狼の獣人だ。獣化すると、ガタイのいい騎士でも思わず一歩下がるほどの迫力がある。

 それをシェリルは『かわいいワンちゃん』と撫でくり回しているのだから、ある意味大物だと言えよう。思い込みとは実に面白い。


「あ〜あ、久々に若い女の子が入ってきたと思ったのにな」

「どっちにしろ俺達には無理だよ。総務のヒルダさんに聞いたけど、伯爵家の令嬢らしいぞ」

「あの子、華やかさはないけどよく見るとかわいいよな」

「俺、真面目な眼鏡っ子好き」

「おい、それ絶対に団長の前で言うなよ!」

「スウィフト隊長からも可愛がられているよな。めったなことは言わないほうがい――」

「あ〜ら、その話詳しく聞かせてもらおうかしら?」

「「「スウィフト隊長!」」」


 騎士達は音もなく突然現れた上司に、喉の奥がヒュッと鳴った。それとは対象的に、上司はニヤニヤと楽しそうにしている。先程まで騎士達が座っていた椅子に座り、優雅に足を組んだ。


「ね、どんな噂になってるの? アタシにも教えなさいよ」

「し、しかし……」

「大丈夫よぉ〜団長には内緒にしとくから」


 長いまつ毛を搭載した片目をパチッとつぶり、騎士達をそそのかす。この美貌は女性だけでなく汗臭い男どもにも有効なのだ。


「うっ。絶対、内緒にしてくださいよ?」

「任せといて〜ほら早く!」


 渋々話し出した騎士達の話を、上司は頬杖をついてふんふんと聞いていたが、最後まで聞き終わる前に机を叩いて笑いだした。


「あははっ、そんな話になってたの!? グフッ、あのふたり無自覚イチャイチャね」

「団長達、お付き合いをされているんですよね?」

「ん〜、どうかな。まあ仲がいいことは確かね」

「やっぱり!」

「どちらにしろあんた達、あの子に手を出そうなんて考えない方がいいわね」

「もちろんです!」

「まだ死にたくありません!」


 騎士達は直立不動で、こくこくと頭を上下させた。


「アタシの大事なお友達でもあるんだから、シェリルちゃんを困らせたりしたら許さないわよ」

「「「ハッ!」」」



 騎士達の間で噂になれば、他の事務官達にもすぐに広まる。こんな見当違いの熱愛の噂が流れているなど、知らないのは本人達だけであった。


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