15 ふたりのランチ
団長のお邸にお邪魔して以来、お邸の皆さんに凄く気を遣われている……気がする。
金ちゃんがお昼休みにバスケットを咥えてくるようになったのだ。中身を確認すると『金ちゃんと一緒にお召し上がりください』と書かれた執事からの手紙と、美味しそうなサンドイッチと温かいお茶が入ったポット、日替わりでカットしたフルーツか焼き菓子まで付いている。今までのしょぼいランチが一気に豪華なランチになった。
金ちゃんはベンチで私の隣にお行儀よく座り、私が差し出したサンドイッチをハグハグと美味しそうに食べている。ワンちゃんってサンドイッチも食べるんだなぁ。お茶はカップに注いでおくと、少し冷ましてからペロペロと飲んでいる。猫舌……じゃなくて犬舌でかわいい。
昼食を食べ終わると、金ちゃんは私の膝の上に頭を載せ、気持ち良さそうにお昼寝をした。私も思う存分撫でられるので、癒やしのモフりタイムになっている。
ここ数日はそんな昼休みだったので、今日もてっきり金ちゃんが来るのかと思っていた。
「シェリル嬢」
「グレイウルフ団長! どうされたのですか?」
「執事から昼食を預かった。今日、金ちゃんはペットサロンだそうだ」
「まあ、それでわざわざ団長が? 金ちゃんが来られない日はパンでも買いますから、お気遣いなく」
「いや、俺も一緒に食べたかったからゴニョゴニョ」
「えっ?」
「いや、なんでもない。ここ、座ってもいいか? 一緒に食べよう」
「ええ、どうぞ」
金ちゃんの代わりに颯爽と現れた団長は、いつも金ちゃんが座っている場所に腰を下ろした。当然だけれど、騎士服を着た団長は金ちゃんより大きいので距離が近い。団長は持ってきたバスケットを私の膝に置くと、ソワソワした顔でこちらを向いた。サンドイッチが楽しみなのかしら。わかるわ〜団長のお邸のは美味しいものね。
「ありがとうございます。団長のお邸の料理人は腕がいいのですね。いつも美味しくいただいています」
「そうか、うちの食事を気に入ってもらえたならよかった。食の好みが合わなければ毎日つらいからな」
「そう、ですね?」
団長は嬉しそうな顔でそう答えた。毎日? 金ちゃんが来てくれる時はごちそうになるけれど、毎日ってほどでは……まあいいか。私はあまり深く考えるのはやめた。
バスケットには今日もサンドイッチが入ったお弁当箱が入っている。取り出して蓋を取ると団長の方へ箱ごと差し出した。
「団長、お先にどうぞ」
あれ? なんだかちょっとがっかり顔。私、なにか間違ったのかしら。
「団長?」
「あぁ、もらうよ」
団長はしゅんと肩を落としてモソモソとサンドイッチを食べ出した。いつもなら私が金ちゃんに食べさせているけれど、さすがに大の大人にあーんは失礼よね。
私は自分の分のサンドイッチを取り、パクリとかぶりついた。う〜ん、今日のサンドイッチも美味しい。バターが塗られたパンにきゅうりとチーズ、厚めにスライスされたハムが入っている。初夏にきゅうりが食べられるなんて贅沢だわ〜しかもお茶会のサンドイッチとは一味違うガッツリ系。騎士である団長に合わせたのかしら。上品なものよりむしろこれがいい、やっぱり肉は正義よね。
あっいけない、サンドイッチに夢中になってお茶を入れるのを忘れていたわ。
「団長、お茶をお入れしましょうか?」
「頼む。そこに置いておいてくれるか」
「はい。あの団長、もしかして猫舌ですか?」
「ああ、熱いのが苦手で少し冷まさないと飲めないんだ」
そういえば、お茶会でもすぐには手を付けていなかったわね。団長も猫舌だったんだ。
「ふふっ」
「なんだ、子供っぽいか?」
「いいえ、金ちゃんも猫舌みたいなんです。ペットは飼い主に似るって本当ですね」
「んぐっ、そ、そうかな」
「ええ、金ちゃんは団長にそっくりです。猫舌なところも、毛の色も……あら、瞳の色も――」
「シェリル嬢!」
「ふぁい!」
びっくりしたー! 金ちゃんと団長の似ているところを探していると、突然団長から名前を呼ばれて頭の中に浮かんだことがどこかへ吹き飛んでしまった。
「いや、なんでもないんだ」
「そうですか……あっ、そうだ。団長にお会いしたらお渡ししたいと思っていたんです」
「なにかな?」
「先日のお礼にと、刺繍をリクエストされましたよね? やっとできあがったんです」
「本当か!」
「はい、こちらです。こんなものでお礼になるのかわかりませんが」
「ありがとう」
紙袋でラッピングしたハンカチを団長に渡すと、嬉しそうに微笑まれドキッと心臓が跳ねる。こんなお顔もされるのね。お預かりしたハンカチに拙い刺繍を入れただけなのに、こんなに喜んでもらえるなんて、なんだかくすぐったい。
団長はいそいそと紙袋を開けた。
「これはっ!」
「はい、金ちゃんの横顔をモチーフにして隣に団長のイニシャルを入れました」
「素晴らしい……額に入れて部屋に飾っておくよ」
「いやいやいや、使ってください! 飾るようなものではありませんよ」
「では、毎日持ち歩くよ」
「洗濯はしてください」
団長は宝物を手に入れた子供のように、刺繍をそっと撫でている。金ちゃんの刺繍にしてよかったぁ。大事なペットのモチーフなら喜んでもらえるかなと思ったけれど、想像以上に気に入ってくれたみたい。
そんなことを考えていると、背後から聞き覚えのある声が降ってきた。
「あら〜おふたりさん、おそろいでどうしたの?」
「ルーちゃん隊長!」
「なんだ、お前か」
「やだ、お邪魔だったかしら」
「そんなことはありませんよ、もうランチは食べ終わりましたし。ルーちゃん隊長にもお渡しするものがあるんです」
「あら、な〜に?」
気配もなく突然現れたルーちゃん隊長は、私達の間にグリグリとおしりを入れて真ん中に座った。ちょっぴり狭いが、ギリ座れている。団長は落ちそうになっているけれども。
「先日お預かりしたハンカチです。刺繍を施しましたのでどうぞ」
「やだー! 嬉しいわ。見てもいい? キャー! かわいい黒猫ちゃん!」
ルーちゃん隊長は大騒ぎでハンカチを受け取ってくれた。団長とのギャップが面白い。
ハンカチには、かわいくデフォルメした黒猫の首にリボンを着けたデザインの刺繍をした。団長のと同じく隣にイニシャルを入れている。
「お前……こんなにかわいくないぞ」
「んまあ、失礼ね。黒猫ならアタシにピッタリでしょう?」
「ルーちゃん隊長のお宅では猫を飼っているのですか?」
「ん〜まあ……いるわよ。かわいいかわいい黒猫ちゃんが」
「シェリル嬢、騙されてはいかんぞ。馬鹿でかい黒猫だからな!」
「団長の家のワンちゃんだって馬鹿でかいじゃない!」
またふたりがじゃれ合い出した。なんだかんだ言って、仲良しなのよね。騎士の仕事中のおふたりのことは知らないけれど、子どものケンカみたいで微笑ましい。こんなにかわいらしいケンカをするおふたりが、魔物や暴漢と戦う姿は想像できないわ。
「本当に仲良しで――」
「「仲良くないっ!」」




