2 金ちゃん
翌日、朝から部長と一緒に騎士棟へと挨拶に向かった。第一隊から第五隊まである隊長室を、手前の第五隊から順に訪ね挨拶をする。隊長クラスは書類仕事も多いので、これからも顔を合わせる機会が多いんですって。
『よろしくお願いいたします』と挨拶をすると、どの隊長も『むしろこちらが世話になるよ』と優しく返してくれた。騎士団って怖い人や厳つい人が多いのかと思っていたけれど、優しそうな人が多くて安心したわ!
年齢層も様々。若い方もいれば中年に差し掛かった方もいた。騎士団は実力主義なので、強くて統率力があれば若くても出世できるのだそう。
「次は第一隊だよ。なんというか……まあ、会ったらわかるか」
「はい?」
部長の歯切れが悪い。なにか問題でもあるのかしら?
第一隊の隊長室をノックすると、『は〜い、入ってちょ〜だい』という声が中から聞こえてきた。ん? 今までと反応が違うわね。他の隊は『入れ』とかだったのに。
「失礼します、総務部です。新人事務官が入りましたので、ご挨拶に伺いました」
「あら〜、いらっしゃい。久々に若い子が入ったのねぇ〜」
そう言って出迎えてくれたのは、長く伸ばしたツヤツヤの黒髪を紐でひとつに結った美麗な男性? うん、男性よ。他の隊長みたいにゴツいマッチョではなく、細身だけれど背も高くてしなやかな筋肉は付いている。
喋りだけを聞くと女性っぽいわね。だけど中性的な美形だから全く違和感はない。
「はじめまして。総務部に配属されました、シェリル・ホープと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「や〜だ、かわいいわ。シェリルちゃんね。アタシは第一隊の隊長ルーク・スウィフトよ。ルーちゃんって呼んでね〜」
「ル、ルーちゃん……隊長」
「んふふ、とりあえずそれでいいわ」
ルーちゃん隊長……もとい、スウィフト隊長は灰青色の目を細めると楽しそうに笑った。いや、入りたての新人事務官が精鋭揃いの隊長に向かって、『ルーちゃん』なんて呼んじゃまずいわよね。さすがに。
「今度、お茶でも飲みにいらっしゃいよ。ゆっくりおしゃべりしましょ」
「は、はい。ありがとうございます、スウィフト隊長」
「んー、違うでしょ」
「ルーちゃん隊長」
「よろしい。昼休みでも仕事終わりでもかまわないわ。楽しみにしているわね」
ルーちゃん隊長は長いまつ毛を搭載した片目をパチンと瞑り、流し目をくれる。妙に色っぽい。本当に騎士なのだろうか。実は騎士服は衣装かなんかで、人気舞台役者の間違いではないかしら。
隊長室を辞してから、思わず部長に聞いてしまった。
「あの方、本当に騎士ですか?」
「正真正銘、第一隊の隊長だ。普段はあんな感じだけれど、戦闘になるとそりゃあ凄いらしいよ」
「へ、へぇ」
人は見かけによらないって本当ね。ルーちゃん隊長が戦闘しているところなんて、全く想像できないもの。だけど美形は大好物だ。そこにいるだけで目の保養になる。お茶のお誘いは社交辞令でしょうけど、遠くから眺めるくらいはいいわよね。私は仕事に来る楽しみをひとつ手に入れた。
「最後は団長に挨拶しよう」
部長の声に顔を上げると、いつの間にか廊下の一番奥にある団長室の前に着いていた。扉をノックをすると、低い声で『入れ』と入室の許可が出る。部長に続いて部屋に入ると、執務机の椅子に座った灰色の髪の大柄な男性に声をかけた。
「失礼します、総務部です。グレイウルフ団長、新人事務官が入りましたので、ご挨拶に伺いました」
「総務部に配属されました、シェリル・ホープと申します。どうぞよろしくお願――」
「君はっ!」
「えっ?」
団長と呼ばれた男性がガタンと音を立てて突然立ち上がった。えっ、なになに? 私どこか変だった?
「いや、なんでもない。あー、俺は王立騎士団団長のアレックス・グレイウルフだ」
そう挨拶すると、俊敏な動きで机の前にいた私のところへ回り、ガシリと手を掴んだ。
「ひいっ!」
「よろしく頼む」
鋭い金色の瞳が私をジッと見ている。なんだ、握手か。びっくりしたぁ〜。これは騎士団方式なのかしら。あまり男性と握手をしたことがないから戸惑ってしまう。
それにしても大きな手。剣だこがある、正真正銘騎士の手だわ。ちょっと怖そうだと思ったけれど、優秀な騎士ってそういうものよね。団長ともなると数百人の騎士をまとめないといけないんだもの、怖いくらいでちょうどいいのかもしれない。
「こちらこそ、お願いいたします」
私も軽く握り返し、騎士団の上官への挨拶は終了した。
◇◇◇◇
今日も昼休みは安定の裏庭だ。だだっ広いのに、本当に誰もいないんだもの。私のショボいランチにはうってつけなのだ。今日のお弁当は、昨日の夕食に作ったポテトサラダの余りをバゲットに挟んできた。ポテサラを多めに作って正解だったわ。パンが少し硬くなっちゃってるけれど、アゴの運動になったと思うことにした。
――ガサガサ
「誰っ!?」
ちょうど食べ終わった頃、植え込みから音がして振り返ると、昨日の灰色のワンちゃんが飛び出してきた。
「ワンちゃん! 昨日はちゃんとお家に帰れたの?」
「がう」
私がそう話しかけると、ワンちゃんはゆっくりと近寄ってきて私の前にスッと座った。
「あなた、騎士団で飼われているんじゃないのね。この辺りの貴族のお邸で飼われているのかしら?」
「ぐるる」
「うーん、わからん」
学園時代は成績優秀でも、さすがに犬語までは習っていない。ただ、私に対して警戒心はなさそうだということはわかった。今日も触らせてくれるかしら?
「ワンちゃん、今日も触っていい?」
「がう」
私が差し出した手に頬をすりっと寄せてくれた。どうやら触ってもいいらしい。私はワンちゃんの顔周りをモフモフしながら、話し掛けた。
「あなた、お名前は? なんて呼べばいいのかしら」
「ア〜ウウン」
「ア〜ウウン? ふふっ、本当になんて言ってるんだろ。おしゃべりできたらいいのにね。そうだ! あだ名を付けてもいい? あなたと私だけのあだ名よ」
「がう!」
「ん〜なにがいいかしら。そうねぇ、お目々がきれいな金色だから『金ちゃん』なんてどう?」
「あうあう」
「な〜に? 気に入った? ふふっ、じゃああなたは今日から金ちゃんね」
金ちゃんは満足げな顔をして、私の膝にあごを載せた。か〜わいい!
私は残りの時間を、金ちゃんをモフることに専念した。モフモフ好きではあるけれど、官舎暮らしでペットを飼うことはできないし、そもそもそんな金銭的余裕もない。まさかこんなところで、かわいい犬に出会えるなんて思ってもみなかったわ。ずっとこうしていたいなぁ。
しかし無情にも昼休みの終わりが近付いていた。
「金ちゃん、残念だけどお昼休みが終わってしまうわ。また私と遊んでくれる?」
「がう!」
そう返事をした金ちゃんは、植え込みの方へ走って行ってしまった。
「かわいかったな〜。また、来てくれるといいな」
◇◇◇◇
「団長から女の子の匂いがする」
「な、なにを言ってるんだ!」
「は〜ん、この匂い知ってるわ。シェ――」
「ルーク! 早く報告しろ!」
「お〜こわ。アタシだけじゃなくて、獣人なら誰でも気付くと思いますけどぉ〜」
「なんでもない!」
「ハイハイ、そういうことにしておきます」
アレックスは怖い顔を作って威厳を保とうとしたが、ルークからは赤くなった耳が見えてニヤニヤされただけであった。




