13 グレイウルフ公爵家(2)
「「別に仲良くない!」」
ふたりは仲良く声をそろえて否定をした。うん、やっぱり息がピッタリね。これ以上突っ込むのも無粋なのでそういうことにしておこう。
それにしても、本格的なお茶会のようにテーブルにはたくさんのお菓子が並んでいるわ。クッキーにスコーン、色鮮やかな瑞々しいフルーツが載ったプチタルトや小さなガラスの器に入ったムース、ツヤツヤした一口サイズのチョコレート、サンドイッチなどの軽食まである。
てっきりワンちゃんと遊ぶだけだと思っていたんだけれど……お茶会ならば、もう少し華やかな服装で来た方がよかったかもしれない。私は動きやすさ重視で、白いブラウスに地味なロングスカートを着てきたことを少し後悔した。お母様が娘時代に使っていたブローチも着けてはきたけれど、やっぱり地味なものは地味なのよね。お茶会向きの服装ではない。
あぁ……お姉様達が『絶対に必要になるから』と服を持たせてくれたのは、こういうことだったのね。学生時代は友達らしい友達もおらず、お出かけ用の服など必要がなかったけれど、もう少し服装に気を遣わなければと身をもって学んだ。
ひとり反省会をしていると、隣に座る団長がおずおずと話し掛けてきた。
「シェリル嬢、甘いものは好きだと言っていたな? どれでも遠慮なく食べてくれ」
「あっ、はいっ。もしかして私が以前好きだと言ったことを覚えていて、今日もわざわざ用意してくださったのですか?」
「ああ、あのときは少ししか買わせてもらえなかったからな」
あのときって、ルーちゃん隊長と公園のカフェレストランでランチをしたときのことね。偶然団長にもお会いして、スイーツを買ってもらったのだったわ。
「ほ〜ん、そういうこと。あのときはアタシもスイーツ食べ損ねちゃったのよね。じゃあ遠慮なく」
「おっ、お前はあとでいいんだ!」
ふたりがじゃれ合っている間に、執事がお茶を給仕してくれた。このやりとりに慣れているのか、『ホープ様は冷める前にどうぞ』と微笑んで勧めてくれたので、良い香りのするお茶を一口飲みクッキーを摘んだ。
「美味しい……」
「それはよろしゅうございました。お茶もお好みのものがございましたらお淹れいたしますので」
「ありがとうございます。このお茶もとっても美味しいです」
「クッ、お前に構っている暇はないのに! 見ろ、執事と仲良くなっているじゃないか!」
「あ〜ら、美味しいお茶の話をしてるだけよね? 団長、嫉妬はみっともないわよ」
「なっ、違っ!」
なんで団長が嫉妬? ルーちゃん隊長はニマニマと楽しそうにチョコレートを摘んだ。団長は口をパクパクさせていたけれど、落ち着こうとしたのか少しぬるくなったお茶をひと口飲み、ふぅと息をついた。
「取り乱してすまなかった。シェリル嬢の好きなお菓子はあっただろうか?」
「はい、どれもとても美味しそうで目移りしてしまいますね」
「ん〜さすがは公爵家。相変わらずお菓子のレベルが高いわね」
ルーちゃん隊長は団長の様子などお構いなしに、お菓子を摘んでいた。先程の執事の様子もそうだし、明らかに慣れている人のくつろぎようだ。
「ルーちゃん隊長はこちらに何度か来られたことがあるのですか?」
「うん、騎士団にいると出動以外にも書類仕事や部下の指導もあるから、なかなか自分の訓練ができなくてね。たまにここに来て団長に剣の手合わせをしてもらってるの」
「そういうことですか! 私はてっきり――」
「付き合ってないからな!」
「は、はい」
またも団長から食い気味に否定されてしまった。仕事の時間外にも手合わせするほど仲良しなのかと思ったのに、違うのかー。
「くくっ、そんなにムキにならなくても。まあ、本当に付き合ってはいないわ。単純に騎士団内で互角に剣を合わせられる人が少ないのよ」
「は〜そういうことですか」
総務部長も言っていたものね。ルーちゃん隊長は見た目は麗しいけど、本当に強いって。その隊長と互角に渡り合える団長も、当然お強いんだろう。身分だけで出世できるほど騎士団は甘くないと聞いている。
そんなことを考えていると、ルーちゃん隊長がニヤリと笑って切り出した。
「ねえ、団長。そろそろワンちゃんに会わせてくれてもいいんじゃない?」
「いやっ、それは、まだいいだろう……」
「あら〜だってこれだけ何度もお邪魔してるのに、一度も会わせてもらってないのよ。シェリルちゃんもワンちゃんに会いたいわよね?」
ルーちゃん隊長はテーブルに肘をつき、手にあごを載せた姿勢でコテンとかわいらしく首を傾げた。
「はい! 会いたいですね!」
こんなにかわいい仕草をされたら、抗えるわけがない。私は全力で乗っかった。
「クッ、ならばケネリーを呼んでくれ」
「かしこまりました」
執事は軽く一礼すると、お邸の方へ戻って行った。ワンちゃんはケネリーという名前なのかしら? ワクワクして待っていると、ひとりの男性が執事と共にこちらへ向かってきた。
「失礼いたします、家令のケネリーと申します。アレックス様、お呼びでしょうか」
家令だと名乗り私達に礼をした三十歳ほどの男性は、話を聞くために団長の方を向いた。
「あぁ、その、犬を連れてきてくれ」
「かしこまりました。あぁそうだ、お茶会の最中に申し訳ありませんが、ひとつふたつ執務のことで確認したいことがありまして」
「そうか、すぐに行く。シェリル嬢、戻ってくるまでゆっくり遊んでいてくれ」
「はい、ありがとうございます」
そう言い残すと、団長は家令と共にお邸へと入っていった。ケネリーってワンちゃんの名前じゃなかったのね。ルーちゃん隊長とお茶を飲んでいると、間もなく家令がリードを付けた大型のワンちゃんと共にこちらへ……ん? あれは――
「金ちゃん!?」
「がう!」
うそ! 団長の家のワンちゃんって、金ちゃんだったの!? たしかに、騎士団に近いし抜け出して行ける距離だわ。公爵家の飼い犬なら、毛並みがいいのも納得。私は思わず立ち上がると、リードを引きずりながら走り出した金ちゃんを両腕を広げて抱き止めた。
「金ちゃんあなた、団長のお邸の子だったのね!」
「ホープ様はアレッ……んん、金ちゃんをご存知で?」
「はい! この子、騎士団の裏庭に迷い込んできたことがあって、それ以来仲良しなんです」
「んぷ、ふぅ……左様でございますか。仲良くしてくださってありがとうございます」
あれ、今なんか噴き出しそうになった? 家令のケネリーさんは深呼吸をひとつすると、仕事用の笑顔を取り戻した。
「へぇ~金ちゃんっていうんだ。は じ め ま し て〜!」
「んがー!」
ルーちゃん隊長もしゃがんで、金ちゃんの頭をガシガシと撫でる。心なしか、金ちゃんは面倒くさそうな表情をしていた。
団長のワンちゃんが金ちゃんだとわかっていたなら、金ちゃんグッズも持ってきたのになぁ。でもきっと、ここにもおもちゃはあるわよね。
「金ちゃん、ここのお庭なら思いっきり走り回れるわね。何して遊ぶ?」
「がう!」
金ちゃんが一声上げると、心得たように家令がカゴを持ってきた。その中にはいつもの柔らかいボールの他にも丸いお皿のような物、端を結んだ短いロープなどよくわからない物まできれいに並べられて入っていた。
「どうぞ、こちらをお使いください」
「ありがとうございます。金ちゃんどれにする?」
「がう!」
金ちゃんはボールを咥えると、私の手にぽとりと落とした。ふふっ、まずはボール遊びね?
「わかったわ。じゃあ投げるわよ。えーい!」
「がう!」
私のヘロヘロ球を難なくキャッチした金ちゃんは尻尾を振り振り戻ってくる。私が『凄いわ!』と頭を撫でて褒めると、頬にスリとモフモフの顔を擦り寄せてくれた。
「ふう〜ん、じゃあこの球は取れる? もちろん取れるわよね? だって騎士の家の犬だもんね? おりゃあ!」
横で見ていたルーちゃん隊長は私の手からボールを取ると、その美麗な顔に似合わないドスの効いた掛け声を出してボールを投げた。金ちゃんはピクリと耳を立てると、物凄い勢いで駆け出し見事に空中でボールをキャッチ! 私が投げたボールよりずっと遠いところにもかかわらずだ。
「凄い!」
金ちゃんはドヤったような表情でフフンと鼻を鳴らすと、ボールを咥え戻ってくる。ルーちゃん隊長は少し悔しそうにして、カゴの中からお皿のような丸いものを取り出した。
「このボール、軽すぎてあまり速く飛ばないわ。フライングディスクで勝負よ」
「がーう」
どうやら、あのお皿のような物は飛ばして遊ぶものらしい。ルーちゃん隊長は手首にスナップを効かせると、フライングディスクを広い庭に向けて放った。
おお! 先程の柔らかいボールよりも速く遠くまで飛んでいく。金ちゃんは隊長が手を離した瞬間に飛び出し、物凄い跳躍力で空中のディスクをキャッチした。
「凄い! 本当に凄いわ!」
「まだまだよ! 剣で鍛えたこの手首で、もっと速く遠くへ飛ばしてやるわ!」
「ぐるる!」
金ちゃんとルーちゃん隊長は、夢中でフライングディスクで遊んでいた。ふふっ、初めて会ったとは思えないほど打ち解けているわ。私は心地よい風が吹き抜ける芝生に座って、ふたりのじゃれ合いをのんびり眺めた。




