12 グレイウルフ公爵家(1)
――ガサガサ
「金ちゃん! じゃなかった、団長? お疲れ様です」
いつものように裏庭でしょぼいランチを済ませたところで、意外な人物が歩いてくるのが見え思わず立ち上がった。今まで金ちゃん以外の誰にも遭遇したことがない裏庭に、なぜ団長が……?
それにしても、あんなに狭い植え込みの間から出てこなくてもいいのに。金ちゃんが来たのかと思ってしまったわ。
「シェリル嬢、少しお邪魔してもいいだろうか?」
「はい、もちろんです。あの、よろしければこちらにお掛けください」
「ありがとう」
団長は緊張したような面持ちで、私が今まで座っていたベンチのちょうど隣の辺りににドカッと腰を掛けた。私も少し間を開けて座ると、なんだかいつもこうしているような不思議な感覚を抱いた。
そうだ、昨日のお礼を言わなくては。
「団長、昨日はありがとうございました。偶然会っただけの私を案内してくださって」
「いや、こちらこそ楽しかったよ。それで、お礼と言ってはなんだが……」
「お礼? お礼をするのは私の方ではありませんか? お土産まで買っていただきましたし」
「そうか? どちらでもいいが、その『お礼』としてうちに遊びに来ないか」
「こ、公爵家にですか!?」
どどど、どうしましょう! 貧乏貴族の娘である私が、公爵家に足を踏み入れていいものなのかしら。お誘いいただいたからと言って、ほいほいお邪魔したら図々しいわよね? そもそも、なぜそれが『お礼』になるのかよくわからないわ。
「あぁ、違うんだ。そんな不安そうな顔をしないでくれ。グレイウルフ家の本邸ではなく、俺が住んでいるのは騎士団近くの別邸だ」
「別邸、ですか?」
「そうだ。両親は普段領地の邸にいるし、王都のタウンハウス本邸には兄夫婦が住んでいる。だが、俺だけは騎士団に通いやすい別邸に住んでいるんだ。本邸ほど広くはないし、こじんまりした邸だから安心してくれ」
「そうなのですね! でも、それではお礼にはならないかと思いますが……」
「うちにはその……『犬』がいるんだが、シェリル嬢が一緒に遊んでくれると喜ぶと思う」
「まあ、犬ですか! 団長も犬がお好きなのですね?」
「あー、うん? まあそんなところだ。次の休みにでもどうだろう」
「そういうことならば、喜んでお伺いいたし――」
「あっらー、おふたりさん。おそろいでどうしたの?」
「ルーク!」「ルーちゃん隊長!」
今日はやけに人通りが多いわ。普段、私以外は金ちゃんくらいしかこない裏庭に、団長だけでなくルーちゃん隊長まで通り掛かるなんて。ルーちゃん隊長は、右手で長い黒髪をサラリと後ろに流した。
「次のお休みに、団長のお邸にお誘いいただいたんです。ワンちゃんを飼っていらっしゃるそうで、一緒に遊ぶお約束をしたところです」
「ふ〜ん。団長んち、ワンちゃん飼ってるんだ?」
「あぁ、そうだ」
「ね、アタシも行っていい? ぜひそのワンちゃんに会ってみたいわぁ」
「なっ、なぜお前まで! それに仕事は!?」
「今週末はアタシもお休みなのよ。ね、シェリルちゃん、アタシも一緒で大丈夫よね?」
ルーちゃん隊長はワクワク顔で私の顔を覗き込んだ。たしかに、ひとりでお邪魔するよりルーちゃん隊長が一緒なら心強いわね。
「ハイッ! 人数が多い方が楽しいですよね!」
「クッ、シェリル嬢がそう言うなら――」
「決まり! シェリルちゃんはアタシが迎えに行くからね」
「それは俺がしようと思ってたのに……!」
団長は横を向いて、なにやらブツブツと呟いている。どうなさったのかしら?
「団長? 大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。ルーク、くれぐれもおかしな真似はするなよ」
「や~ね、これでも現役の騎士よ? ちゃんとお姫様をエスコートします」
ルーちゃん隊長は、芝居がかった仕草で手を胸に当て騎士の礼を執った。
いや、お姫様って誰!? 美麗なお顔でウィンクをするルーちゃん隊長に、どう反応していいのかわからず、変な愛想笑いになってしまった。
◇◇◇◇
「すみません、お待たせしてしまって!」
「いいのよ〜、大して待っていないわ」
次の休日、ルーちゃん隊長とは騎士団の正門で待ち合わせをした。うっ、私服姿も眩しいわ。柔らかそうなシャツにベスト、細身のパンツ姿のルーちゃん隊長は貴族令息らしい品があった。喋らなければどこかの王子様みたいだ。
近いと聞いていたのでてっきり歩いて行くのだと思っていたら、ルーちゃん隊長は馬の手綱を引いていた。
「馬で行くのですか?」
「うん、近いとは言っても歩くと少しかかるし、かといって馬車で行くほどの距離でもないのよね」
「そうなんですね。あの、私は馬を持っていないので――」
「何言ってんの。二人乗りすればいいだけでしょ」
「ひょぇ!」
ルーちゃん隊長は私をヒョイと抱えて馬に乗せ、自身も後ろに乗り込んだ。現役の騎士って凄いわ! 細身に見えて、軽々と私を持ち上げちゃうんだもの。
「ふふっ、なに呆けてるの? 行きましょうか」
「あぁ、はい! お願いいたします」
騎士団の正門を出ると、馬は貴族のお邸が並ぶ方角へと歩き出した。昔はうちもタウンハウスを持っていたらしいのよね。私が小さい頃に手放したみたいだから、記憶にはないけれど。それにしても、大きなお邸ばかり。本物の貴族ってすごいわ〜。私がキョロキョロと辺りを見渡しているうちに、十五分ほどで馬は歩みを止めた。
「さあ、着いたわよ。ここが団長の家よ」
「えっ、ここですか?」
団長、『こじんまりした邸』っておっしゃっていませんでしたかね……私の目の前にあるのは、紛れもなく大邸宅なんですけど! 広い前庭の向こうに三階建ての左右対称になった白いお邸がデーンと構えていた。
連絡を受けていたのか、門番が私達の姿を見てうやうやしく門を開け通してくれた。
これが『こじんまり』なら、本邸はどれほど大きなお邸なのかしら? 恐るべし公爵家! 玄関前で馬から降ろしてもらうと、タイミングよく玄関の扉が開き執事が丁寧なお辞儀をした。
「スウィフト様お久しぶりでございます。ホープ様もようこそお越しくださいました。アレックス様は中庭でお待ちでございますので、そちらへご案内いたします」
「本当久しぶりね、お邪魔するわね」
「お、お邪魔いたします」
ルーちゃん隊長は初めてではないらしい。顔なじみの初老の執事に中庭へと案内された。ここもこじんまりとは程遠い、広い芝生の広場にきれいに整えられた低木が組み合わされた素晴らしいお庭だ。その一角に東屋があり、どうやら今日はそちらでお茶をするみたい。
「アレックス様、お客様がお着きになりました」
「シェリル嬢! よく来てくれた!」
団長が素早い動きで立ち上がると、私の方へ駆け寄ってきた。自宅だからか、団長は先日より若干ラフな服装をしていた。お招きいただいたお礼をすると、挨拶もそこそこに団長自ら椅子を引いてテーブルに着かせてくれた。
「アタシもいるんですけどぉ〜」
「あぁ、そうだったな。お前も座っていいぞ」
「んもぉ! もう少し歓迎してちょうだいよ!」
あまり仕事中のおふたりを知らないけれど、いつもこんなに仲良しなのかしら。騎士団って意外とほんわかしているのねぇ。
「おふたりとも、仲良しなんですね」
「「別に仲良くない!」」
面白そうなことには積極的に首を突っ込む、ルーちゃん隊長。




