11 愛のあるダメ出し
「シェリルちゃん! 昨日のデ、ゔうん、植物園は楽しかった?」
月曜日の朝イチで、ヒルダさんとカーラさんに捕まった。私がひとりで楽しめたのか心配してくれたのかしら? 色々と楽しむためのアドバイスをくださったものね。ちゃんと報告しなくちゃ!
「ええ、とても楽しめましたよ。なんと、偶然にも植物園でグレイウルフ団長にお会いしたのです!」
「それで?」「どうなったの?」
「団長もおひとりでしたので、一緒に見て回りました。おふたりに聞いてはいましたが、あんなに広いとは! 天井も高くて、見上げていたら首が痛くなってしまいましたよ。珍しい植物もたくさんあって――あ、大きな蓮の葉があって、小柄な人なら乗ったりもできるって! 世の中には面白い植物がたくさんあるんですねぇ。それと――」
「あーうん、満喫したのならよかったわ。それで、団長とは……」
「団長? そのあとお仕事があるとかで、一緒に騎士団に戻りました」
「他に、何もなかったの!?」
カーラさんが呆れたような顔で言う。何かってナニ? 昨日のことを思い出すようにう〜んと考え込んだ。
「そうだ、団長がお土産を買ってくださいました」
「いいね! 何を買ってもらったの?」
「ミニトマトの苗です! 支柱もいらない、かわいいサイズのトマトなんですよ」
「あぁ……」「だめだこりゃ」
「どうしたんですか?」
「なんでもないよ。まだまだ時間がかかりそうだなと思っただけだよ」
「じかん?」
よくわからないけれど、ふたりは後ろを向いてため息をついた。
◇◇◇◇
――昼休み。騎士団の食堂は、騎士達でごった返している。その中でも一際目を引くたくましい男に、ふたりの女性が突撃していった。
「ちょっと団長!」
「な、なんだ!? あぁ、総務部の女性陣か。なにか書類に不備でもあったか?」
「なにかじゃないですよ! まったく」
ランチのトレーを手に不服そうな顔をするのは、もちろん総務部のヒルダとカーラだ。相手が騎士団長だというのに臆すことなく話しかけられるのは、キャリアの長さゆえだろう。なにせ、アレックスが生まれた頃にはすでに騎士団に入団していたのだから、文字通り大先輩だ。
ヒルダ達にとって老練の幹部以外は、たとえ団長や隊長であろうとずっと成長を見守ってきた子供のようなものなのだ。アレックスは団長になった今も、ふたりには頭が上がらない。
「せっかくのシェリルちゃんとのデートを――」
「ヒルダ女史、カーラ女史! 続きはあちらで食べながら聞こう」
小言が飛び出しそうなのを察したのか、アレックスは柱の陰に隠れる隅の席へと促した。
「それで、なぜ昨日がデ、んん、彼女と一緒だったと知っている?」
「えっ、団長ったらバレていないと思ってたんですか?」
「は?」
「バレバレですよ」「私らだけじゃなく、騎士たちにもね」
「んぐっ、なんだと!?」
アレックスは予想外の言葉に、口に入れたお肉を詰まらせそうになる。それはそうだろう。こっそり新人事務官にアプローチしていたつもりが、周りにはすっかりバレていたのだから。
「あの食堂の回数券、シェリルちゃんにあげたのは団長でしょう?」
「うー、あーっと」
「最初はねぇ、あの子が『ワンちゃんと仲良くなった』と言ってて、誰か獣人の騎士かしらと思ったんだけど。ここには灰色の犬獣人の騎士はいないし」
「そうそう。迷い犬だとしてもこの騎士団にそう簡単に入れるわけはないから、おかしいと思ったのよ」
「あーそうか」
「そうしたらあの回数券! 裏を見たらすぐにピンときたわよね」
「うん、給料天引きの『天』に、団長の番号『001』が書いてあるんだもの」
「「まさかワンちゃんが団長だったとはね〜」」
ピタリと言い当てられて、アレックスはガクリと項垂れてしまった。隊長のルークには見られていたが、まさか総務部の女性陣にまで言い当てられるとは思わなかったのだ。
「あぁ、まだシェリルちゃんにはバレていないわよ」
「そうか、それならいい」
「んもう、じれったいね! 団長はシェリルちゃんのことが好きなんでしょう?」
「まあ、なんというか、気にはなっている……」
「そんなレベルじゃないでしょー!」
アレックスは両側から背中をバーンとどつかれた。『うわっ』と声を上げたが、さすがは現役騎士だけあって、見事な体幹で食事に顔を突っ込むのは免れた。
「リードを着けて、本物のワンちゃんみたいに朝の散歩をしてるって聞いたわよ」
「なぜそれを!」
「そりゃあ、朝練中の騎士達が目撃してるからね。噂は耳に入ってくるよ」
「それで騎士達が知っているのか……」
「誇り高き狼の獣人が、飼い犬の真似までするなんてよっぽどのことだもの」
ヒルダとカーラは、『そうでしょう?』という顔でアレックスを覗き込んだ。
「彼女は……大の男でも恐れる狼の俺に、かわいいワンちゃんと言ってくれたんだ」
「あの子、しっかりしてるようでそういうところが抜けてるんだよねぇ」
「シッ、黙ってなさいよ」
今日はアレックスを挟んで座っていたおかげで、ヒルダの肘鉄は繰り出されなかった。
「物心がついたときから厳しく躾けられていた俺には、彼女の反応が新鮮だったんだ」
「なるほど、それでワンちゃんの真似をずっと続けているのね」
「あぁ、あの甘美な時間を知ってしまったからには、もう昔の俺には戻れん」
「でも、ずっと犬の真似を続けるわけにはいかないでしょう」
「人間の俺にも慣れてもらおうと、努力はしているのだが……」
「「甘いわ」」
アレックスは両側から厳しいダメ出しを食らい、しゅんと目を伏せた。獣化していたら、尻尾は下がっていたことだろう。いつもはキリッとしているのに、ここ最近アレックスの表情も豊かになってきたと言える。
「どの辺りが駄目だったのか教えてくれ」
「ワンちゃんが植物園に誘ったのはよかったわ。あの子も団長からだと遠慮しただろうし」
「本当か?」
「そうねぇ、偶然を装うのはヘタレだけれど、まぁ及第点かしらね」
「その、いきなり俺が誘うのは警戒されるかと思って……」
アレックスは横目でチラリとふたりの反応をうかがう。ふたりは胸の前で腕を組んで、鬼教官のような雰囲気を醸し出していた。
「園内ではちゃんとエスコートしたんでしょうね?」
「もちろんだ! 迷わないよう腕を貸した」
「よろしい! 合格!」
ヒルダからの合格をもらい、アレックスは少しホッとした表情を見せた。
「でもねぇ……」
「まだなにかあるのか!」
カーラがあごに手を当て考えるような素振りを見せると、アレックスは途端に不安そうな顔になる。
「お茶くらい飲んで帰ってもよかったんじゃない?」
「そうそう、それにお土産がミニトマトの苗? もうちょっとロマンチックな物はなかったのかねぇ」
「う、たしかに。彼女が欲しいものを優先してしまったが、花くらい贈ればよかったな」
「あの子がミニトマトを欲しがったの?」
「あぁ、他に花の鉢植えもあったのに、それには目もくれず」
「「ハァ……」」
ふたりはやれやれと言わんばかりの顔で首を振った。
「問題は団長だけじゃなさそうだね」
「まったく、色気より食い気なのかね」
「俺もランチくらいは誘いたかったんだ。だが、幹部会議の時間が迫っていて仕方なく」
「それは残念だったね」
「きっとまたチャンスはあるよ。そうだ、団長のお邸にでも招待したら?」
「うちに?」
「そうだよ! 『うちにワンちゃんがいるから遊びに来ないか?』とか言って」
「なんと、その手があったか! ヒルダ女史、カーラ女史! アドバイス恩に着る」
「いいんだよ、私達もあの子には幸せになってもらいたいからね」
「あの子、まだ若いのに色々と諦めている感じがするのよ」
シェリルは家にお金が無いことや結婚を諦めていることなど話したことはないが、ふたりはなんとなく言葉の端々から察していた。あんなに素直で仕事も一生懸命ないい子なのに……と、おせっかいを焼きたくなったのだ。
「その点、団長なら安心よ。身元ははっきりしているし、身分差も許容範囲だし」
「なにより真面目でいい男だしね! あの子も犬好きだし、なかなかお似合いだと思うわ」
またもふたりはアレックスの背中をバーンと叩いた。団長の威厳も形なしである。だが、アレックスも嫌な気はしていなかった。むしろ、母のように心配してくれるふたりをありがたいと思っていた。まあ、正確には犬ではなく狼だけども。
「おふたりとも、アドバイスに感謝する」
「団長、頑張ってね」
「またいつでも相談に乗るからね」
ふたりに力強く頷くと、アレックスはいつものシェリルが待つ裏庭へと向かった。




