19、作戦 暗闇
「今回の任務の目的は
大侯爵の護衛ではありません。
真の目的は、
キリ聖共和国よりアイ皇女と二人の子を
救出する事にあります。
共和国を相手に
私達は少数精鋭で作戦を遂行する為、
命の保証はできません。
圧倒的戦力に立ち向かう可能性があります。
命を惜しく思う者は、
本日を持って任務を降りても構いません。
皆さん、いかがしますか?」
僕は皆に尋ねた。
「まー、傭兵は命を張って対価を得るもの。
志願したときから覚悟はできてる。
きちんと報酬さえ貰えればいいよ。
俺は金を貯めて、自分の帆船を持つ事が夢だ。」
ジユがまず答えた。
「そうですね、実は私も金を貯めて、
多くの人々が動物と触れ合える動物園を
作ることが夢です。
依頼を受ける時に提示された特別報酬は
非常に高くて魅力的だ。
降りる理由はないですね。」
ロクもそう答えた。
「ルビは?」
僕は彼女に訊く。
「私は、金に興味はない。
戦いで多くの人間を切り刻むことが
できるから、傭兵になった。
敵が多いほど、たくさん殺せる。
こんな楽しい事はない。」
さらっとした顔で彼女は
恐ろしいことを言った。
「怖いねー。
仲間は殺さないでくれよ。」
ジユが肩をすくめてニヤついた。
「では隊長、よろしければ、
作戦の具体的詳細を私から説明致します。」
コウが言った。
「お願いします。」
「まず明日、私たちは、
ここにお越しになる建国の四勇者の一人である
ジン辺境伯に助力をお願いする予定です。
結果的に、
辺境伯が助力に応じるかどうかに関わらず、
その後直ちに、大侯爵、大侯爵の執事長のセイ、
使用人兼看護師のチカと我々は、
まず西のチヨ大河に向かい、
舟にて大河を下り海にでます。
海に出て船を乗り換え、
そこから、水の都ベネに向かい、
再度大きな船に乗り換え、共和国の首都マドを
目指します。
マドでは、感謝祭の晩餐会で
普段は軟禁されている
アイ皇女とお会いする手筈は整えております。
今回の救出作戦は、皇女の依頼から始まりました。
皇女は必ず、共和国からの脱出に応じるはずです。
脱出の方法ですが、
ジユには、まず囮になっていただきます。
手筈は整えてありますが、
高速帆船哨戒艇のフライドラゴンを一艘奪い、
チカと現地で密偵が準備している孤児の子二人を、
皇女とその子らに見立て逃げていただきます。」
それを聞いて、ジユが納得したような顔で言った。
「だから、俺が選ばれたのか。
まあ、元々フライドラゴンは、
俺の死んだ親父が設計したものを
共和国海軍が奪ったものだ。
ちょい自慢だが、
あのドラゴンが翼を広げたような三本足の帆船は、
実は子供の頃に俺が作った模型が
原型になってるんだぜ。
任せとけ。」
「ジユ、あなたの帆船の扱いが一流なのは、
わかっています。
でも、いいですか。
多数の追手にも簡単には拿捕されず、
ある程度の距離を保ちながら逃げ、
海上へ敵の注意を
出来るだけ長く引きつけて下さい。」
コウは念を押した。
「了解した。
だが、あんたらは、
囮を乗せて重くなった俺の操るフライドラゴンが、
最後は敵国海軍に捕まると思っているだろうが、
そうはならない。
敵を引きつけるだけ引きつけた後は、
きっちり逃げ切ってみせるよ。」
ジユは自信満々に言った。
「ジユが敵の注意を海上に向けている間に、
私たち本隊は国境の山岳地帯をつたって、
帝国に帰還致します。
足枷になる大侯爵は置いて行きます。
大侯爵も、その件は了承済みです。
国境沿いの案内は、ロクにお願いします。
あなたは、辺境の山岳地帯出身ですよね。
我々は、辺境伯が協力するかしないかに関わらず、
辺境伯領地を通って帝都に帰還致します。」
「国境を超え、
三国にまたがり狩りをしていたこともある。
あの辺りの山々には詳しい。
大丈夫だ、安心してくれ。
まあ、どちらにせよ敵さんの大軍を辺境伯領地に
誘導することになるだろうね。
こりやぁ、辺境伯は、
めちゃくちゃ怒るだろうなぁ。」
ロクは、キキの頭を撫でながら
少し微笑みを浮かべて言った。
「隊長と私は、いざという時は、
一、リウ王子、
二、ヤン王女、
三、アイ皇女の優先順位で
それぞれを抱き抱えて逃げます。
我々は数字持ちです。
絶対に逃げ切って見せましょう。」
「はい。」
僕は答えたものの、少し戸惑っていた。
僕らは僅かな期間で、
付け焼き刃的に集められた者たちではなかった。
それぞれ各人が重要な役割を担っていた。
これだけの人材を短期間で集め、
作戦の立案をしたコウや大侯爵の
手腕は尊敬に値する。
ただ、作戦の説明をしているだけのはずが、
コウが、いつの間にか一瞬で
隊を仕切っているような雰囲気になっていた。
僕は道化のようだ。
僕が先程、
皆に任務を降りてもいいと言った言葉に、
皆が乗らない事をコウはわかっていたのだろう。
やはり予言者、四勇者の血筋だからだろうか。
僕は何か嫉妬の様な感覚を、コウに覚えていた。
コウの話しは続いた。
「ルビにはしんがりを務めてもらいます。
とにかく迫り来る追手があれば
全て駆逐して下さい。
傭兵団入隊三日で名を馳せた、
あなたの実力を信じています。」
「ああ、全てを切り刻む。」
ルビは俯きながら、
誰とも視線を合わせず冷たく言った。
僕はルビの美しい横顔を眺めた。
その後、食事と団欒が終わり、
僕らは、それぞれの自室に戻って休むことにした。
結局ルビだけは、ほとんど喋らなかった。
部屋に戻ると僕は、窓から夜空を眺めた。
今夜は月は無く、その代わり、
暗闇に満天の星々が輝いていた。
不思議だ。
コウや皆んなの話しを聞くと、
この任務は成功するような気になってくる。
そして傭兵は元々大義でなく、
自らの欲望のために戦うのだと実感できた。
何も深く考える必要はない。
いや違う。
それでも違うのだ。
この作戦の成功は帝国に戦火を運ぶことになる。
僕にその責任が負えるのか?
そもそも、この作戦について神帝は、
成功を望んでいるのか?
失敗を望んでいるのか?
大侯爵は?
師団長は?
いったいどうなんだ?
僕は窓の外を見ながら、ふーと深く息を吐いた。
明日、本当に辺境伯と立ち合うなら、
早く寝て体調を整えるべきだろう。
だが眠れそうもなかった。
僕は部屋をそっと抜け出し、
玄関から外へ出て、ほんの少しだけ歩いた。
夜空の銀河を眺めながら目が慣れ、
星空の中、そよ風に揺れる草原を眺めた。
瞬間、僕はドキっとした。
そこにルビがいるのに今、気が付いた。
ルビは、こちらに近づいて来る。
「君も、眠れないの?」
僕は彼女に訊いた。
「少し散歩しない。」
彼女は僕の質問には答えず、
そう言って草原の中の道を歩き始めた。
「いいよ。散歩しよう。」
僕は彼女の後を追った。
僕ら二人は何も話さず、
彼女が僕の少し前を歩き、
ただ僕は彼女の後に続いて歩いた。
高原の天気は変わりやすい。
急に霧が現れ、
星空の光が
途切れ途切れになってきた。
「ルビ、少し霧が出て来たよ。
視界が悪くなる前に早く帰ろう。」
僕は彼女に言った。
その言葉に彼女は立ち止まり振り向くと、
突然、
僕の目の前でワンピースの部屋着を脱ぎ始めた。
「えっ、ちょっと何?」
僕は狼狽えた。
「私、自分より弱い人の
命令は聞きたくないの。」
部屋着を脱ぎ捨てた彼女は、
黒っぽい下着?の上に
肩掛け式で両脇に
武器らしき物が収納されてる
ショルダーホルスターを付けていた。
長く美しい足にはブーツを履いている。
褐色の肌と黒い髪、黒い下着、
黒いホルスターに黒いブーツ。
全てが漆黒に馴染む。
真意を探ろうと、僕はルビの顔をじっと見つめた。
不思議な感じだった。
彼女の瞳は美しい青色だったはずだ。
今は妖しい赤色の光を放ち、
彼女の動きに合わせて、
ゆらめく残像を残していた。
これは幻影なのか?
人間の瞳が光りを発することなんて
あるのだろうか?
そして心地よい夜風が完全に止み、
霧の深まりとともに、
目の前の彼女の姿も徐々に霞んでいった。
非常に悪い予感がした。
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