20、霧 湯船
霞ゆく中、僕は必死で彼女を凝視する。
ルビは両手で同時にホルスターの両脇から
武器を取り出した。
武器は折りたたみ式のナイフのようで、
どんな仕組みかは分からないけど、
ホルスターから抜き出されると同時に
刃が飛び出してきた。
ナイフの柄の端にはリング があり、
ルビは指を絡めて、
ナイフをクルクル回転させながら
間合いを詰めてきた。
この変幻自在のナイフがカランビットか!
ルビは双刀のナイフ使いだった。
「ちょっと待っ‥」
僕の言葉を遮って、
彼女は攻撃を仕掛けてきた。
寸止めなどする気のない鋭いナイフの攻撃だ。
僕は一瞬で意識を集中する。
大丈夫だ。
彼女の動きはスローに見えてる。
素早いナイフの動きに翻弄されたが、
僕はルビの攻撃を全てかわす。
いったん彼女は間合いをとり直し僕から離れた。
それにしてもまずい。
さらに急速に霧が深まり、視界が一気に悪くなる。
いや、悪いどころではない。
一瞬で視界はゼロに近くなってる。
ルビの姿は、とうとう霧の中に見えなくなった。
「隊長、なかなかやるね。」
もはや彼女の声だけが、どこからか聞こえた。
超接近戦には、
彼女の武器は無類の強さを発揮する。
漆黒の闇と濃霧の中で彼女の姿や動きが見えない。
もはや見えなければ、
攻撃をかわし続ける事は難しい。
どうする?
はっと閃めく。
逃げるが勝ち。
僕は数字持ちの能力で
草原の中に向かって素早く大きく飛ぶ。
一瞬の大きな跳躍で数十メートルは移動し、
草原の茂みにサッと身を隠した。
霧は深まる。
視界はゼロ。
彼女も僕を見失ったはずだ。
そのまま僕は、草むらの中に静かに仰向けに寝た。
これで万が一、ルビに見つかっても、
彼女の攻撃は上からのみ。
攻撃面が限られれば、
なんとか対処が出来るだろう。
全神経を研ぎ澄まし、
じっと霧に包まれた夜空を見上げていた。
どのくらい経ったのだろうか。
霧が晴れてきて、視界が回復してきた。
僕はそっと起き上がり、
低い姿勢のまま辺りを見渡した。
ルビの姿は見当たらない。
遠くに辺境伯の屋敷らしき、
漏れいる光が見えた。
自分の数字持ちの能力を使えば、
多分2、3回の跳躍で屋敷まで戻れるはずだ。
意を決し、僕は光に向かって跳躍した。
屋敷の前まで無事に戻った。
玄関のランタンの灯火を見て、
僕は安堵の息をついた。
玄関の扉に手を掛けようと
すっと右手を伸ばしたかけた時、
音も無く近づいたルビに
完全に背後を取られた事を悟った。
彼女は僕が戻る場所を知っている。
見失ったなら、そこで待てばよかったのだ。
時間が止まったような感覚。
彼女がナイフを僕の首筋に絡めてくるのがわかる。
時間はゆっくり流れる。
落ち着け。
僕は背を向けたまま、
ゆるりと身を屈めてかわし、
そのまま真後ろに密着する彼女に向かって、
力強く体当たりして飛んだ。
僕らは重なり合って10数メートルは飛び、
転げ回った。
つかさず僕はルビより早く立ち上がり、
彼女に馬乗りになって
両手で彼女の両手首を強く掴んで言った。
「君は、暗殺者、アサシンなのか?」
「痛い。」
彼女は顔を歪める。
「武器を離すんだ。」
僕は強い口調で言った。
彼女が両手の武器を手離すと、
僕は馬乗りのまま、それぞれの武器を投げ捨てた。
それから僕は立ち上がった。
続けて彼女も立ち上がる。
霧の雫に、僕らは薄っすらと濡れて汚れていた。
さっき彼女に触れた時、
彼女の体が冷たいことに僕は気づいていた。
「もう勝負はついただろう。
君の負けだよ。」
男性用の部屋着は上下が分かれていた。
自分の上着を脱いでほぼ裸のような彼女に言った。
「少し濡れてるけど、それでも良ければ着る?」
彼女は頷いて上着を受けとって着たが、
僕に対して、冷ややかな目で見ないでと言った。
やれやれだ。
僕は目を背け後ろを向く。
風が流れた。
そうだ、まだ終わっていない。
僕はまだ、
ルビの瞳は赤いままだと分かっていたはずだ。
横目で背後から、
彼女の右回し蹴りが
僕の首筋に向かってくるのがわかった。
僕はゆるりと身を返し、
反転しながら左前腕の外側で
彼女の回し蹴りを軽く受けた止めた。
瞬間、彼女の蹴りは何かがおかしいと感じた。
彼女の蹴りは足首が直角に固定されたままだ。
僕の受けの反動でカシャと
彼女のブーツの爪先から鋭い刃が飛び出した。
その刃は僕の首筋を掠めかける。
僕は半身になり捌きながら、
更に一歩踏み込み、
そのまま右手は彼女の襟元を掴み、
左手は彼女の右足を抱え、
自分の右足で彼女の左足を内側から絡めて
押し倒した。
瞬間、なぜか僕は俯瞰的に
彼女に覆い被さる自分の姿が見えた。
先程の馬乗りとは違う。
それはまるで彼女を襲っているような体勢だった!
ハッとする。
僕はサッと彼女を離して立ち上がり、
何歩か後退りして構えた。
ルビも再びゆっくり立ち上がった。
「もう辞めないか?」
僕は言った。
「ええ。」
ルビは拍子抜けするくらい、
あっさりと同意した。
「あなたを、主人、マスターと認めるわ。」
「‥‥」
僕は何と答えていいかわからなかった。
「明日の朝は早い。早く休もう。」
僕らは、それぞれの部屋に別れて戻った。
部屋の入り口には、
まだ新しい制服は置いてなかった。
朝までは、少し時間がありそうだ。
僕は上半身裸のまま、ベッドに横になった。
ルビは、やばいやつだ。
コウに言ってメンバーから外すか?
いや、彼女の実力は相当なものだ。
この作戦に絶対に必要とされるだろう。
あっ、そういえばルビのカランビットナイフ、
草むらに向かって投げ捨てたけど、
明日、探すの大変じゃないか?
僕は、そんなつまらない事を少し考えた。
それにしても体が汗と露と泥でベトベトだった。
気持ちが悪い。
僕はもう一度大浴場へ向かった。
もう温くなった湯に浸かり、
風呂の縁に首を持たれると、
いつのまにか寝てしまっていた。
ゆるりとした水の波紋を体に感じた。
ふと目を開けると裸のルビが湯船の中を、
こちらに向かって歩いてきていた。
全く状況が理解できない。
しかし、その美しいプロポーションは、
僕の鼓動を一気に速める。
風呂場の大きな窓から
夜が白く明けてきているのがわかる。
もうだいぶ明るい。
夢ではない。
彼女は今、ここにいる。
冷静になるんだ。
彼女がどんな攻撃をしてきても、
この明るさなら集中すれば対処できるはず。
ルビは自分の体を隠そうともせず、
そのまま僕の目の前に立った。
薄々は彼女も数字持ちだろうと勘づいてはいたが、
下腹部の右の恥骨のあたりに、
濃い黒の7の数字が読めた。
「君も数字持ちだったんだね。」
僕は何とか言葉を発した。
「あなたの数字は?」
ルビは僕に聞いてきた。
僕は湯船に浸かったまま、
上半身だけ起こして、
体を捻り上腕の6の数字を見せた。
彼女も、そのまま湯船に浸かってくる。
「6なんていう数字持ち、
今まで見たことも聞いたこともない。
仮に、あなたの数字が6だとしても、
あの動きは6では説明がつかない。」
「よくは分からないけど、
口の中にも数字がある。」
僕は正直に言った。
「そうなんだ。」
そう言いながら、
彼女は僕の胸に手のひらを添えた。
「えっ。」
僕は、酷く自分が動揺しているのがわかる。
「私、男を知らない。」
彼女はそのまま、僕に身を委ねてきた。
彼女の豊かな胸が当たる。
蛇に睨まれたカエルのように、
僕は固まって動けなくなった。
ただ薄明の中、
もうルビの瞳が青に戻っていることはわかった。
お読みいただきありがとうございます。
今後の励みになりますので、
ブックマーク・評価・いいねなど
していただけると嬉しいです。




