11、対決 まどろみ
彼女はある程度の距離を保ちながら
僕の前に立った。
「真名には真名で応えます。
私の名はウミ、真名はカ。
ウミ=カ。真名によって成す意味は
海の香りを運ぶ者。」
ウミ=カ。素敵な名だ。
北部地方の山国出身の僕は
まだ海を見たことがない。
これも運命か。
「ウミ、君が買い戻した家って?」
「この研究所は私の実家よ。
今は無償で軍に貸し出してる。」
良かった。彼女の言葉に真実はあった。
ウミは先程の会食の時の服のままだったが、
腰に細身の反りがある鞘に収まった
長剣を携えていた。
いや、あれは多分限られた剣士のみしか保有を
許されない太刀というものだろう。
僕の支給品の直剣より数倍強い玉鋼で出来ている。
しかし彼女は短いフリルの下から、
折りたたみ式の警棒を取り出し、
一振りしてシャキーンと伸ばして構えた。
腰の太刀は使わないのか?
僕は一度見た技は大体真似できる。
でも実は、その技を習得したり、
それを応用しようと、こっそり自主練している。
彼女の小魚が川の中をクンと鋭角に切り返すような
剣捌きは簡単に見えて結構難しい。
相手を打ち付けた反動で切り返さないと
僕にはあのような剣捌きは無理だった。
僕は半身になり、
ウミに間合いを計らせないように、
自分の後ろ後段に鞘を付けたまま
自らの直剣を隠して構えた。
これから繰り出す技は
ウミに影響を受け自分で編み出した技だ。
いや、技と言うには稚拙なものだろう。
でも試してみようと思う。
僕は剣の鞘を自分の右手人差し指と親指で
軽く押さえながら構えてる。
彼女が本気で僕の指を警棒で打ち付けたら
指は潰れる。そしたら剣は握れない。
彼女より、早く動かなくてはならない。
風を動かす。
僕は遠目の距離で
後ろ下段の構えから前方に直剣を振り上げる。
その時、鞘を押さえていた指を緩める。
鞘だけが彼女の顔に向かって飛んで行く。
彼女は簡単に警棒で飛んでくる鞘を弾く。
その隙に僕は全力で間合いを詰め、
上段から切り掛かるように、
大きな動作で剣を右肩に担ぐ。
彼女は上段からの真剣の切り掛かりに反応し、
体を捌きながらも釣られて警棒を上段に構える。
僕はそこからさらに加速し腰をグッと落とす。
彼女の捌きの方向を見定めながら、
剣を持つ手首を雑巾を絞るように返し
剣の刃ではなく、平らな腹の部分で、
上段ではなく彼女の空いている中段の胴体を
肩口からスライドさせた直剣で
下から浮き上がるように打ち上げる。
彼女は右手はそのまま添えたまま、
警棒を左手だけでストンと下に落とし、
両手の間で僕の剣が
直接胴体に当たるのを警棒で防ぐ。
常人で数字持ちの動きに反応するなんて
何という反射神経だ。
だけど、ここからが数字持ちの力技だ。
僕はバケツに水を入れ
遠心力で振り回して飛ばすような感覚で
腰を入れながら、
防御しているウミの体を剣の腹で持ち上げ、
剣に彼女の体重を乗せたまま、
力づくでグルリと振り回し吹っ飛ばした。
方向は中庭に面した渡り廊下の方向だ。
渡り廊下には並行して引き戸が幾つもあり、
その奥に部屋があるのは、
前回訪問した時に知っている。
彼女は7、8メートルは吹っ飛び、
大きな音をたてて
引き戸をぶち破ってその部屋の奥に転げ込んだ。
多分、引き戸がクッションとなって
そんな怪我にはならないだろう。
いや逆にもう立ち上がってこないで
欲しいと思った。
僕は彼女とは戦いたくない。
月明かりの中、
人影がぶち破られた部屋から見えた。
影は倒れたウミを
抱き抱えながら渡り廊下に現れた。
「マサ兵長、
痴話喧嘩に真剣を抜くのは良くない。」
僕は剣を持ったまま呆然とした。
現れたのは師団長だった。
ウミは意識があり、
何かを師団長に伝えると、
彼はそっとウミを降ろして
こちらに近づいて来た。
「今宵、ミオ中佐は外泊している。
護衛の衛兵達は私の振る舞った酒で
潰れて寝てしまった。
そちらの黒装束は私の密偵だ。
騒ぎを大きくする必要はない。
ここは私有地の中、まあ君が剣を抜いたのも
大目に見よう。」
「しかし‥」
僕の納得してない様子を見て
師団長はキッパリと言った。
「私、シセ少将よりマサ兵長に命じる。
現時刻を持ち、
帝都警察兵を解任し
最高親衛隊特別見習いとして採用する。
階級は伍長とし、
今から君は私の直属の指揮下に入る。
私の命令に従いなさい。」
そして師団長はポケットから
薬を取り出して僕に命じた。
「気分を落ちつかせる薬だ。
我が真名誓い毒ではない。
飲みなさい。」
「師団長殿、私は真実を求めています。」
「これを飲めば、
君が望む真実と向き合う事を約束しよう。
大丈夫だ、我を信じよ。」
一瞬ためらったが、
彼のカリスマには
逆らえないものがあった。
僕は師団長から薬を受け取り、
一気に飲みこんだ。
すると急に頭がクラクラして、
片膝をつき、そして崩れ倒れた。
薄れていく意識の中で師団長の声が
微かに聞こえる。
「大丈夫だ。目が覚めた時、
君は真実と向き合ってる。」
僕は完全に意識を失った‥
まどろみの中で
何かが唇に触れた感じがした。
さらにちょっとこそばゆい感じがした。
そう自分の顔に誰かの髪が当たっている様な感覚。
目が覚める。
目の前に覆い被さってミオ先生が
僕の顔を見ていた。
気付くと、なんと先生は裸で、僕自身も裸だった。
一瞬で胸がドキドキする。
僕には全く記憶が無い。
「おはよう。
悪の私と善の君が交わって
どんな子供が出来たか楽しみね。」
「えっ、何を言っているのですか?
ちょっと待って下さい。先生と私、その‥」
僕は動揺した。
先生は笑って起き上がると
豊かで美しい胸の下の
右の肋骨の辺りに33の数字があった。
そして置いてあったローブを纏い、
僕の質問には答えず、
部屋を直ぐに出て行ってしまった。
僕は自分の服を探して着て
彼女のあとを追って部屋を出た。
外は明るく、朝を迎えていた。
先生の姿はなかったが、
部屋の外には少し悲しそうな表情の
白衣を着たウミが立っていた。
何となく気まづい。
「あっ、昨日はごめん。
怪我はなかった?」
僕はまず謝った。
「大丈夫よ。
それより師団長が呼んでるわ。
ついて来て。」
僕はまだ理解が追いつかないまま、
師団長のいる部屋に連れて行かれた。
「マサ伍長。
最高親衛隊特別見習いとして
君に特殊任務を命じる。
キリ聖共和よりアイ皇女を救出するのだ。
今回の任務は少数精鋭で行う。
君が指揮官だ。」
僕の知らないところで運命の歯車が回っていた。
「師団長殿、申し上げます。
私は自らの真名に誓い、新たな任務の前に
黒装束の仮面の者の正体を知りたいと存じます。
真実を教えて下さい。」
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