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異世界ギルドのレビスパーダ 〜最大積載量測定不能の馬鹿力はいかがですか?〜  作者: 亜菜 三丁
2章 悲しみも痛みも超えて

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18.生命の光

 メトリア高等学校での依頼を終え、今日も仕事が終わる。

 ギルドを出ると、同じく帰宅する人が波を作っていたが、その中で歩道脇に立ってスマホを触る者がいた。

 それはツバキの知る人物で、こちらに気がついて顔を上げた。

 

 「やあ。しばらくぶり」

 「……どうも」


 私服に身を包んだ姿に目が慣れなかったが、彼の魔力ははっきりと覚えていた。

 ツバキとともに崩れたコンテナを載せ直し、その後もメトリア基地で何かと案内をしてくれた、初老の隊員だった。

 しかし、防衛隊とは先週にいざこざがあったこともあり、気まずい対面だった。


「どうされました? って言っても、今日はもう受け付けてないんですよ」


 おそらく違うと分かっていながらも、一応、ギルド社員としての接客という形をとったものの、初老の隊員は愛想のある笑みを浮かべながら首を振った。

 

「そうじゃないんだ。どうしても君に会って欲しい人がいてね」

「俺にですか?」

「今回の一件に大きく絡んでる」


 ふっと真面目なトーンでそう言う。その一件というのは、図らずとも防衛隊メトリア基地に自分とリーゼが入った日のことだろう。

 この人は何か知っていそうな雰囲気だったが、一体誰に会わせようというのか。

 迷う中、歩き出した背を見ては自然とその後を追っていた。


「距離はどのくらいですか」

「10分だ」

「なら」


 大事があるわけではないだろう。そう自分に言い聞かせたものの、緊張は晴れない。

 隣を歩くには会話のきっかけが見つからず、二人の間には薄く乾いた沈黙だけが張りついていた。

 互いに敵意はないが味方とも言い切れない。そんな曖昧さが影になって足元に落ちていた。

 

 歩いていると、街の所々に防衛隊の装備で身を包んだ隊員たちが立っているのが見えた。

 時折ツバキや初老の隊員の方に視線を向けるが、通りすがら隊員同士で会釈するのみだ。


「魔物が出たから警戒態勢ですか」

「そうさ。まだ公にはしていないがな」


 通りの角、駅前の広場、交差点の脇。さりげなく立っているようで、その視線だけは周囲を途切れず巡回していた。

 高校で魔物が出現した話題は、この数時間の間で町中に広がっている。世紀の大事件として取り上げられるまでさほど時間はないだろう。

 

 何かあれば自分がすぐに対処しよう。そんなことを考えながら、しばらくまた気まずい間が生まれる。

 そんな時、ツバキはふと思い出した。


「……そういえば俺、隊員さんの名前をまだ知りません。なんて呼べばいいですか」

「ああ。そういやそうだな。アンドレイ。アンドレイ・ジルコフだ」

「アンドレイさん。ですか。よろしくお願いします」

「こちらこそ……って言うのも変だな」


 変わらず笑顔の似合うアンドレイ。彼の苦笑を聞きながら行き交う人に紛れて進み、10分程度で目的地へ到着した。


「病院……ですよね。誰かのお見舞いですか?」

「御名答」


 一言そう答えて、黙々と病院へ入って行く。

 面会用紙に二人揃って“知人”と書き、自動ドアをくぐった。

 アンドレイが病院の人たちに親しく挨拶する後ろをついて行き、目的の病室に到着する。するとそこに、例の人物はいた。


「寝ちゃってますね……」


 静かな個室にツバキの声が漏れた。

 枯れた花が供えられた隣。ベッドの上で静かに眠る人がいた。

 しかし、眠っているだけにしては妙に落ち着きすぎている気もする。

 寝息の気配も寝返りの揺れもない。時間そのものがベッドの上だけ止まっているような、不自然な静けさだった。


「確かに寝ているのかもしれんな。この10年間、ずっとこのままだ」

「10年……?!」


 あまりの驚きに声が大きくなるが、ここは病室。咄嗟に声を抑えた。

 夕日に照らされた顔を覗くと、痩せこけた輪郭と皺で随分と歳がいっているように見える。肩のラインから続く細い腕を見て、それがようやく女性であると分かった。


「ま、植物状態ってやつさ」


 腕に繋がったか細いチューブと点滴。穏やかに見えた顔が、途端に空しく映った。

 

「……どうして、俺をこの方に?」

「この子は、クローデル・ミハイルって人でね。今のロマノフを作った人……って言っちゃあ失礼か」

「ロマノフさんを……」

「ま、とにかく見てやって欲しい」


 クローデルの閉じた目をそっと覗く。


「……なんだろ。この感じ」


 ふと、身に覚えのある感覚が走った。

 目を閉じているはずなのに、こちらへ意識だけが伸びてきているような、不思議な引っかかり。


「リーゼじゃないけど……俺を呼んでる……?」

「……それは、あれか? 魔力感知ってやつか?」


 突然言われたことにツバキが顔を跳ね上げた。

 

「どうしてそれを」

「まあな。なんとなくあんたの目は、クローデルにそっくりだ」

「クローデルさんに……?」


 その時、突然ツバキの頭に何かが走った。

 言葉ではなく、もっと単純な感覚。こうすれば届く、という確信だけが脳内に落ちてきた。

 

「手を、握ればいいんですか?」

「え?」

「クローデルさんが、そう、言ってます」

「クローデルが? 本当かよ……?」


 言われた通り、ツバキはクローデルの細い手を握った。

 その瞬間、光が走った。


「……っ?!」

『良かった。聞こえたようね』

「聞こえます……聞こえますよ」


 クローデルの口は動いていない。

 それにも関わらず、思念のようなものが直接脳内に響いてきた。

 耳で聞く声ではなく、心のすぐ裏側に柔らかく置かれるような声だった。

 ツバキもそれに応じて対話を試みる。


「あなたも、魔力を感じられるんですか」

『ええ……。あなたほどではないけどね』


 その声音には、長い沈黙の底からようやく誰かを見つけた安堵のようなものが滲んでいた。

 ツバキの胸にも、そのぬくもりがじんわりと染み込んでくる。

 

「おい、まさか……会話してんのか?」


 アンドレイにはツバキの言葉しか聞こえない。

 しかしその様子は、どう見ても対話をしているようにしか見えなかった。

 

「……何があったんですか」


 ツバキは彼女の目をじっくりと見つめる。


「これは……うっ!?」


 ツバキの中に、一方的に記憶が注ぎ込まれた。

 クローデルの視界から入ってくるのは、テレビの映像。

 今から10年前の光景と記憶されている。

 これは、クローデルが見た景色そのままのものだった。


「なんでしょう。この感覚は……人が、死んだ……何? 魔力が、悲鳴をあげているというの?」


 濁流が街や人を押し潰していく。そんなリアルタイムの映像を見ながら、負の感覚が吐き気や胸焼けのように押し寄せてきた。

 水に呑まれる人々の恐怖、悲鳴、諦め、呼吸が途切れる寸前の混乱。

 それらが単なる映像ではなく、感情ごと流れ込んでくる。

 大量の恐怖心や悲鳴が魔力と連動してクローデルの中へ一斉になだれ込んでくる。


「前の地震と同じ……いけない……魔力が、広がって……!」

「おい、クローデル! クローデル! しっかりするんだ!」


 映像の前に立って、こちらの両肩を掴んで声をかけるのは、これまた知っている顔。ロマノフ司令官だが、若い。

 今より皺も少なく、声にもまだ張りがある。

 彼は必死に落ち着かせようとするも空しく、やがてそれは臨界点を超え、弾けた。


「カハっ?!」


 病室に響くツバキの声。

 割れたガラスのようにこの一瞬でツバキの意識が弾き出された。

 

『あなたも、気をつけて』

「気をつけるって、何を!? うわっ!?」


 この瞬間に、クローデルとの接続が途切れた。


「はぁ……はぁ……今の景色は、確かにクローデルさんのだった」


 10年前。人が波に流される。この二つの条件さえあれば、嫌でも何の話かが分かる。

 自分も七歳そこらで、テレビでハッキリと見たのだから。


「そっか……あの気持ち悪い感覚を、短時間で受けすぎたから」

「おい! 大丈夫かよ?」


 アンドレイが心配そうに呼びかける。

 

「けど、おかしいですよ……あれぐらいいつも、世界中で亡くなってるじゃないですか……今だってあそこで。あれで、ここまで……?」

「ツバキ!」

「あ……?!」

 

 完全に没頭していたところをアンドレイの声で正気に戻った。

 自分の口から出た言葉の冷たさに遅れて気づき、喉の奥がひどく乾く。

 

「す、すみません。さっきクローデルさんと、少しだけ話してました」

「はは……こりゃあ、驚いたな」


 アンドレイは呆れたように目を細めながらも、顔色は冗談抜きで心配しているようだった。

 ベッド脇の椅子を足で引き寄せると、座れとでも言うように顎をしゃくった。


「ロマノフさんは、このことがあってあんな実験を?」

「だな。クローデルがこうなってからは、ずっと何かを抱えて仕事をしているように見えた」

「この人に会わせて、ロマノフさんに同情してほしかったんですか?」

「……同情ねぇ。いや、そうかもしれんな。友達が一方的に憎まれてるのがよほど悔しかったんだな」


 苦い笑いだった。

 防衛隊の人間にしては妙に飾らないその顔に、ツバキは返す言葉を見失う。


「あの実験についても、知ってましたか」

「知ってた、の定義によるな。あいつが裏で動いているのは分かっていた。が、その内容を知ったのはつい3日前のことだ」

「3日前?」

「お前が女の子と基地に来た日。知らねえコンテナを運ぶ奴らがいたんで、問い詰めたらようやく吐きやがった」


 アンドレイはそこで肩をすくめ、呆れたように鼻を鳴らした。

 

「しっかし、あいつの考えそうなことだ」

 

 吐き捨てるでもなく、苦いものを噛み潰すような声音だった。

 そしてちょうどその言葉を拾うように、病室の扉が静かに開く。


「……いいタイミングだ。本人から好きに話が聞けるかもしれんぞ」


 アンドレイが顎をしゃくる先に、ツバキのよく知る顔があった。


「……ツバキ君か」

「はい。クローデルさんのお見舞いですか?」


 入ってきたのはロマノフだった。腕には花束が抱えられている。

 

「……その通りだ。しかし、これは想定外だな。アンドレイ。お前が誘ったのか」

「可哀想なロマノフを見せてやらんと思ってな」

「余計なことを……」


 そう言いながらも本気で怒っている様子はない。

 ロマノフはベッド脇へ歩み寄ると、供えてあった枯れた花を静かに退け、新しい花へ取り替え始めた。

 手つきは妙に慣れていて、これが一度や二度ではないことがよく分かった。


「サリスとラナの娘さんとは一緒ではないか。先日の詫びを入れられたらと思ったが」


 それを見ながらツバキも少しだけ手伝った。

 水差しを持ち直し、古い花をまとめるあいだ、病室に奇妙な共同作業の静けさが流れた。


「クローデルは、なんと言っていたか」

「……知ってるんですか、俺の力のこと」

「魔力感知だろう。紀元前の時代にはかなりの人数がいたという。しかし、今よりもずっと人が死に続けていた時代だ。感受性の高い者から精神が崩壊し、今やほとんど見なくなったがな」


 さらりと告げられたその歴史は、慰めではなく警告そのものだった。

 

「君も、人の魔力に引っ張られないように気をつけろ。特に、死者の怨念にはな」

「言われなくとも、わかってます」


 わかっている。わかっているが、感じるものはいくらでもある。

 特に、こうしてクローデルと触れてしまえば、彼女が抱え続けた10年分の痛みも、その横に立つ男が10年間積み上げてきた執着も。そんなものがまとめて入ってくるのだから。

 

「……あなたは、目覚められなくなったこの人をずっと大事にしている……10年間も」


 ふと、何かが繋がった気がした。

 クローンを作って人が蘇れるようにするという、ゼルヴァ計画の現在の目的。

 人類存続だの、時間がないだの、大義名分はいくらでもある。

 だが、その先に立っているものはもっと個人的で、もっと小さく、もっと強いのではないか、と。


「けど、無策で放置する人ではない」


 ツバキには、ロマノフの気持ちが体感的に理解できたから、そんな言葉がふっと飛び出した。


「あなたがわざわざ、回りくどい方法で世界を救おうとするのは……この人のためじゃないんですか」


 その一言で、病室の空気がぴたりと止まった。

 ロマノフの手が、花瓶の縁に触れたまま動かない。

 アンドレイも何も言わず、ただ二人を見ていた。

 短い沈黙だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

直接的な名称は伏せていますが、クローデルが精神崩壊に陥った災害については、本作の舞台の年代から考えていただければお分かりになると思います。

そういうことです。


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