14.子供心
4月19日月曜日。この日は朝から、メトリアの一角で引っ越し作業を行っていた。
「ツバキ君。このベッドで最後だ」
ツバキが立っていたのは、三階にある賃貸マンションの一室のベランダ。そこから外を見下ろせば、駐車してあるトラックの中から、先に組み立ててあったベッドが、ふわふわと浮かび上がってきた。
「了解です! 魔力の方は大丈夫ですか」
「問題ない。受け取ってくれ」
ニコレスは杖を構え、ベッドを宙に浮かせていた。それが三階のベランダまで上がってくるのを、ツバキが受け取る。
階段を経由することなく、引っ越しの荷物すべてが直接部屋へ運び込まれていた。
「隙間はきっちり詰めましたけど、これでよかったですか?」
「いえ、これでちょうど良いくらいです。ありがとうございました」
荷物を軽々と持てることで、場所の微調整が簡単にできる。
ベッドの設置を完了し、ここでようやく現場での仕事が終わった。
「力仕事はギルドに頼めばなんとかなるって噂だったんですけど、本当でしたね」
「たいていの物は持ち上げられるんで、引っ越し以外でも運んで欲しいものがあれば、また依頼してください」
「ありがとうございました!」
帽子を片手に深く頭を下げて、ツバキは部屋を後にする。
最近、こうした力仕事の速さや持ち上げられる重量の大きさが噂になり、その手の依頼が増加傾向にあるという。
もしかしなくとも、この馬鹿力が影響しているのは明白だった。
時計は13時半を指していた。
昼休憩もとうに過ぎた頃、スタッフルームでツバキは書類を持ったまま目を丸くした。
「店長? これ、どこか不備でもありました?」
「いーや、報告内容はバッチリなんだけども」
向かいにいたオールバックの男性、ギルドメトリア支店の店長が、苦笑しながら肩をすくめる。
「今のところはまだ、ニコレスのサインもないとダメなんだよ。本社から突き返されちゃった」
「あちゃあ……だめかぁ」
「まあまあ、今月いっぱいなんだからもう少しの辛抱だよ」
「了解です。……ところでニコレスさんは? もう昼休憩は終わってるでしょう?」
魔力を通し、建物越しにいまだに戻らない上司を見つめていると、ツバキのそばを通り過ぎるエルリオが、ため息交じりにこう言うのだ。
「どうせまたいつものとこだろうな」
「いつものとこ?」
「最近のあいつ、やたらと防衛隊とギルドを行き来してたからな。何してんのか知らねーけど、忙しすぎて発作でも起きてんじゃねーの?」
エルリオは軽い調子のまま続けるが、周りの空気は明らかにどんよりとしたものに変わった。
そこには、軽々しく踏み込めない事情があるように思えた。
「……発作ですか? なんかよくわからないけど、サインもらってきます」
「前にラーメン奢ったビルがあるだろ。あの裏手に墓がある」
「墓……ありがとうございます」
この大都会の中に墓があるというのは初耳だった。場所を調べるまでもなく、上司の魔力を辿ればすぐに着いた。
「こんなとこあったんだ」
メトリアに引っ越して少し暮らしたくらいでは、まだ知らないスポットばかりだ。ビルに囲まれた墓地というものは、どこか現実感が薄く思えた。
春先の花粉のせいか、鼻の奥がむず痒くなるのを感じながら中へ入っていくと、探していた上司の姿が見えた。しかし、墓の前にしゃがみ込んでうつむいていた。
「ニコレスさん」
「ん? あぁ……ツバキ君か」
「休憩時間とっくに過ぎてますよ」
声をかけると、ニコレスは夢から引き戻されたようにゆっくり顔を上げた。
普段なら軽口のひとつも返してきそうなものだが、今日は視線に力がない。
ニコレスが屈んでいた墓前を見ると、聞き覚えのある名前が彫られていた。
「リオン・グレイツ……セルディーになるはずだった人。ですよね。……もしかして、ニコレスさんの恋人さんだったり?」
半ば確かめるように口にしながら、ツバキもニコレスの隣に屈む。
墓前に立つと、考えるより先に手を合わせていた。これはもはや癖のようなものだった。
「……君のそういう感の良さ、今だけはイヤになるな。ここに来るのにも私の魔力を辿ったのだろう?」
「はい。ニコレスさんのサインが欲しかったんです」
そう言って店長に渡された書類を差し出した。
ニコレスは珍しく不機嫌そうな視線を向けた。「こんな時に」とでも言いたげだったが、何も言わずに書類に印を押した。
一つ息をついてから、ニコレスはようやく口を開いた。
「リオン君は、同じ士官学校の同級生だった。すごく優秀でね。彼が主席で私がずっと二番手。そんな間柄だったさ」
実のところ、あまり立ち話をしている場合ではないのだが、こうも落ち込んだニコレスを見て、そんなことは言えなかった。
「リオン君はその成績から防衛隊に入ったが、物好きの彼は研究機関で働くことにした。私は夢を諦めきれずギルドに就職したが、結局、彼の背を追って研究機関にも関わることになった」
ニコレスが誰かの背中を追う側だったというのが、いまひとつ想像できなかった。
いつだって前を歩いている人にしか見えなかったから。
「そしてしばらくして立ち上がったゼルヴァ計画だ。完成したシステムによる初めての変身。正義感に満ちたリオン君がいざ変身した時、うまく適合できないまま、痙攣して動かなくなってしまった」
淡々と語られる一言一言だけが重かった。
墓の下に眠る名前と、変身に失敗して倒れた人の姿が、ようやく一つに繋がる。
「彼を引き継いで私は変身を志望した。結果、変身に成功。あっけなかったよ。今では私がセルディーだ」
そこまで言って、ニコレスは自嘲気味に笑った。
「しかしリオン君が、復活するかもしれないと来た」
喜ぶでも怒るでもない。ただ処理に迷っているような響きだった。
「恋人が生き返るかもってわりには、止めようという流れに何も言いませんでしたね。リーゼは失敗したように言ってましたけど、もしかしたら表に出なかっただけで、実は成功していた。なんて可能性もあるのに」
「それなんだがな。なんであっさり納得したのかと……」
言葉は尻すぼみになり、そこで止まる。
視線が落ちて、墓石に刻まれた名前を避けるように揺れた。
「ここに来て、改めて考えて、はっきりとわかった。もしリオン君が生き返ったら、今度は私が守る番なんだ」
「……ん?」
「ずっと優秀なあの人に守ってもらって、甘えていたというのに、今は私の方がずっと強いじゃないか……って」
「それは……それは、すごくナメてます」
ツバキは間を置いてから、はっきりそう言った。
慰めるような場面ではないと思ったし、実際にそう感じたからだ。
相手が死んでようが、生きていようが、人をたった一つの基準で見てしまうのは、あまりにも勝手だった。
「笑ってくれ。私は、人のことをそういう風に見ていたんだよ。守るとか、守られるとか」
「……ニコレスさん。あなた、両親とはどうなんですか」
「ん? 両親? そうだな。最近は会えてないが、二人とも違う基地ながら防衛隊で働いている。小さい頃から、ギルドに入りたかった私に戦闘や魔法を叩き込んでくれた。だから今の私があるのだろうな」
「そっか……」
短い質問だからこそ、ニコレスの返事からその距離感を探ることができる。
やはりというか、この人は早く大人をやるようになったのだろう。子供のうちに甘えていい時間を、あまり持てなかったのかもしれない。
それとも、自分で思い当たる節があるから、勝手に仲間意識を寄せているだけなのかもしれない。
「じゃあ、戻りましょ」
ツバキが軽く勢いをつけて立ち上がると、ひと呼吸遅れてニコレスも立ち上がった。
墓前に長く居座ったからといって、気持ちに都合よく決着がつくわけでもない。
それでも座り込んだままの時よりは、ほんの少しだけ顔色が戻ったように見えた。
「ニコレスさんなら俺が守りますから。もっとわがままでいてください」
「ツバキ君……?」
「子供の自分を認めた方が、きっと人生、楽しいですよ」
ツバキは親指を立ててニコレスへ向けた。
その時の自分が笑っていたのか、哀れんでいたのかは、自分でもよくわからなかった。
「……私は先輩だぞ」
「けど俺の方が強いですよ」
「はっきり言ってくれる……」
歩きながら苦笑する二人。
ギルドに戻る道中、ツバキがふとニコレスの方を振り向いた。
「あ、そうだ。ずっとあそこにいたんじゃ昼も食べてないでしょ? パンかおにぎり、どっちがいいですか」
袋から惣菜パンとおにぎりを取り出して、ニコレスに見せる。
「……そうだな」
ニコレスはこんなことにしばらく本気で悩んでから、結局、両手を伸ばした。
「お、欲張りー」
「君が言ったのだろう。子供の自分を認めるべきだと」
その言い返しに、ツバキは思わず吹き出した。
墓前で見せていた沈んだ横顔が少しだけ遠のいた気がして、これなら、ひとまずはいいかと思った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
あなたはどんな人に甘えたいですか。
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