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異世界ギルドのレビスパーダ 〜最大積載量測定不能の馬鹿力はいかがですか?〜  作者: 亜菜 三丁
2章 悲しみも痛みも超えて

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14/19

14.子供心

 4月19日月曜日。この日は朝から、メトリアの一角で引っ越し作業を行っていた。


「ツバキ君。このベッドで最後だ」


 ツバキが立っていたのは、三階にある賃貸マンションの一室のベランダ。そこから外を見下ろせば、駐車してあるトラックの中から、先に組み立ててあったベッドが、ふわふわと浮かび上がってきた。


「了解です! 魔力の方は大丈夫ですか」

「問題ない。受け取ってくれ」


 ニコレスは杖を構え、ベッドを宙に浮かせていた。それが三階のベランダまで上がってくるのを、ツバキが受け取る。

 階段を経由することなく、引っ越しの荷物すべてが直接部屋へ運び込まれていた。


「隙間はきっちり詰めましたけど、これでよかったですか?」

「いえ、これでちょうど良いくらいです。ありがとうございました」


 荷物を軽々と持てることで、場所の微調整が簡単にできる。

 ベッドの設置を完了し、ここでようやく現場での仕事が終わった。


「力仕事はギルドに頼めばなんとかなるって噂だったんですけど、本当でしたね」

「たいていの物は持ち上げられるんで、引っ越し以外でも運んで欲しいものがあれば、また依頼してください」

「ありがとうございました!」


 帽子を片手に深く頭を下げて、ツバキは部屋を後にする。

 最近、こうした力仕事の速さや持ち上げられる重量の大きさが噂になり、その手の依頼が増加傾向にあるという。

 もしかしなくとも、この馬鹿力が影響しているのは明白だった。


 時計は13時半を指していた。

 昼休憩もとうに過ぎた頃、スタッフルームでツバキは書類を持ったまま目を丸くした。


「店長? これ、どこか不備でもありました?」

「いーや、報告内容はバッチリなんだけども」


 向かいにいたオールバックの男性、ギルドメトリア支店の店長が、苦笑しながら肩をすくめる。


「今のところはまだ、ニコレスのサインもないとダメなんだよ。本社から突き返されちゃった」

「あちゃあ……だめかぁ」

「まあまあ、今月いっぱいなんだからもう少しの辛抱だよ」

「了解です。……ところでニコレスさんは? もう昼休憩は終わってるでしょう?」


 魔力を通し、建物越しにいまだに戻らない上司を見つめていると、ツバキのそばを通り過ぎるエルリオが、ため息交じりにこう言うのだ。


「どうせまたいつものとこだろうな」

「いつものとこ?」

「最近のあいつ、やたらと防衛隊とギルドを行き来してたからな。何してんのか知らねーけど、忙しすぎて発作でも起きてんじゃねーの?」


 エルリオは軽い調子のまま続けるが、周りの空気は明らかにどんよりとしたものに変わった。

 そこには、軽々しく踏み込めない事情があるように思えた。


「……発作ですか? なんかよくわからないけど、サインもらってきます」

「前にラーメン奢ったビルがあるだろ。あの裏手に墓がある」

「墓……ありがとうございます」


 この大都会の中に墓があるというのは初耳だった。場所を調べるまでもなく、上司の魔力を辿ればすぐに着いた。


「こんなとこあったんだ」


 メトリアに引っ越して少し暮らしたくらいでは、まだ知らないスポットばかりだ。ビルに囲まれた墓地というものは、どこか現実感が薄く思えた。

 春先の花粉のせいか、鼻の奥がむず痒くなるのを感じながら中へ入っていくと、探していた上司の姿が見えた。しかし、墓の前にしゃがみ込んでうつむいていた。


「ニコレスさん」

「ん? あぁ……ツバキ君か」

「休憩時間とっくに過ぎてますよ」


 声をかけると、ニコレスは夢から引き戻されたようにゆっくり顔を上げた。

 普段なら軽口のひとつも返してきそうなものだが、今日は視線に力がない。

 ニコレスが屈んでいた墓前を見ると、聞き覚えのある名前が彫られていた。


「リオン・グレイツ……セルディーになるはずだった人。ですよね。……もしかして、ニコレスさんの恋人さんだったり?」


 半ば確かめるように口にしながら、ツバキもニコレスの隣に屈む。

 墓前に立つと、考えるより先に手を合わせていた。これはもはや癖のようなものだった。


「……君のそういう感の良さ、今だけはイヤになるな。ここに来るのにも私の魔力を辿ったのだろう?」

「はい。ニコレスさんのサインが欲しかったんです」


 そう言って店長に渡された書類を差し出した。

 ニコレスは珍しく不機嫌そうな視線を向けた。「こんな時に」とでも言いたげだったが、何も言わずに書類に印を押した。

 一つ息をついてから、ニコレスはようやく口を開いた。


「リオン君は、同じ士官学校の同級生だった。すごく優秀でね。彼が主席で私がずっと二番手。そんな間柄だったさ」


 実のところ、あまり立ち話をしている場合ではないのだが、こうも落ち込んだニコレスを見て、そんなことは言えなかった。


「リオン君はその成績から防衛隊に入ったが、物好きの彼は研究機関で働くことにした。私は夢を諦めきれずギルドに就職したが、結局、彼の背を追って研究機関にも関わることになった」


 ニコレスが誰かの背中を追う側だったというのが、いまひとつ想像できなかった。

 いつだって前を歩いている人にしか見えなかったから。


「そしてしばらくして立ち上がったゼルヴァ計画だ。完成したシステムによる初めての変身。正義感に満ちたリオン君がいざ変身した時、うまく適合できないまま、痙攣して動かなくなってしまった」


 淡々と語られる一言一言だけが重かった。

 墓の下に眠る名前と、変身に失敗して倒れた人の姿が、ようやく一つに繋がる。


「彼を引き継いで私は変身を志望した。結果、変身に成功。あっけなかったよ。今では私がセルディーだ」


 そこまで言って、ニコレスは自嘲気味に笑った。


「しかしリオン君が、復活するかもしれないと来た」


 喜ぶでも怒るでもない。ただ処理に迷っているような響きだった。


「恋人が生き返るかもってわりには、止めようという流れに何も言いませんでしたね。リーゼは失敗したように言ってましたけど、もしかしたら表に出なかっただけで、実は成功していた。なんて可能性もあるのに」

「それなんだがな。なんであっさり納得したのかと……」


 言葉は尻すぼみになり、そこで止まる。

 視線が落ちて、墓石に刻まれた名前を避けるように揺れた。


「ここに来て、改めて考えて、はっきりとわかった。もしリオン君が生き返ったら、今度は私が守る番なんだ」

「……ん?」

「ずっと優秀なあの人に守ってもらって、甘えていたというのに、今は私の方がずっと強いじゃないか……って」

「それは……それは、すごくナメてます」


 ツバキは間を置いてから、はっきりそう言った。

 慰めるような場面ではないと思ったし、実際にそう感じたからだ。

 相手が死んでようが、生きていようが、人をたった一つの基準で見てしまうのは、あまりにも勝手だった。


「笑ってくれ。私は、人のことをそういう風に見ていたんだよ。守るとか、守られるとか」

「……ニコレスさん。あなた、両親とはどうなんですか」

「ん? 両親? そうだな。最近は会えてないが、二人とも違う基地ながら防衛隊で働いている。小さい頃から、ギルドに入りたかった私に戦闘や魔法を叩き込んでくれた。だから今の私があるのだろうな」

「そっか……」


 短い質問だからこそ、ニコレスの返事からその距離感を探ることができる。

 やはりというか、この人は早く大人をやるようになったのだろう。子供のうちに甘えていい時間を、あまり持てなかったのかもしれない。

 それとも、自分で思い当たる節があるから、勝手に仲間意識を寄せているだけなのかもしれない。


「じゃあ、戻りましょ」


 ツバキが軽く勢いをつけて立ち上がると、ひと呼吸遅れてニコレスも立ち上がった。

 墓前に長く居座ったからといって、気持ちに都合よく決着がつくわけでもない。

 それでも座り込んだままの時よりは、ほんの少しだけ顔色が戻ったように見えた。


「ニコレスさんなら俺が守りますから。もっとわがままでいてください」

「ツバキ君……?」

「子供の自分を認めた方が、きっと人生、楽しいですよ」


 ツバキは親指を立ててニコレスへ向けた。

 その時の自分が笑っていたのか、哀れんでいたのかは、自分でもよくわからなかった。


「……私は先輩だぞ」

「けど俺の方が強いですよ」

「はっきり言ってくれる……」


 歩きながら苦笑する二人。

 ギルドに戻る道中、ツバキがふとニコレスの方を振り向いた。


「あ、そうだ。ずっとあそこにいたんじゃ昼も食べてないでしょ? パンかおにぎり、どっちがいいですか」


 袋から惣菜パンとおにぎりを取り出して、ニコレスに見せる。


「……そうだな」


 ニコレスはこんなことにしばらく本気で悩んでから、結局、両手を伸ばした。


「お、欲張りー」

「君が言ったのだろう。子供の自分を認めるべきだと」


 その言い返しに、ツバキは思わず吹き出した。

 墓前で見せていた沈んだ横顔が少しだけ遠のいた気がして、これなら、ひとまずはいいかと思った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

あなたはどんな人に甘えたいですか。


続きが読みたい方は、よければブクマや評価をしていただけると助かります。感想とかもあれば、より読んでもらえている実感が湧きます。

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