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異世界ギルドのレビスパーダ 〜最大積載量測定不能の馬鹿力はいかがですか?〜  作者: 亜菜 三丁
2章 悲しみも痛みも超えて

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13.元いた世界×時間

「タイムスリップ……?」


 それは、あまりに現実味のない単語だった。

 自分の身に起きたことを棚に上げても、やはりそう思う。


「リーゼは、来年の2月からやってきた、と」

「私にもよく分かっていないんだがな。消えていく世界の中、意識がなくなって、次に目が覚めた時には、今日だった」


 続けてニコレスが、興味深そうに前のめりになった。


「魔物の被害はともかくとして、世界が消えるというのはあまりに壮大だ。……いまいち掴みきれないな」

「あっという間の出来事でしたから。けど、一つだけはっきり覚えていることがあるんです」


 それまで宙を泳いでいたリーゼの視線が、そこで初めてまっすぐ前を向いた。


「あの時、真っ白になった世界で、私に近づいた人がいた。あいつはこう名乗ったんだ」


 そう言って、リーゼは目の前のツバキを見上げた。


「ツバキ・ソウタ、と」

「ツバキ・ソウタ……俺? 俺なの?」


 リーゼは黙ってこちらを見ていた。怯えているわけでも責めているわけでもない。その静けさだけが、かえって落ち着かなかった。


「顔も間違いなくツバキだった。だから今日、基地で初めて遭遇した時、本当にあのツバキと同一人物なのか、信じられずにいた……」


 思い返せば、最初に遭遇した時のリーゼは、今のリーゼから考えると、あり得ないくらいに錯乱していた気がする。

 あの時は、魔力感知を通してようやく落ち着きを取り戻したように見えた。


「もしあの時、世界が消えたのが目の前の男のせいだとしたら。そんなことを考えたこともあったが、それがお前なんだから、困ったものだよな」


 本来そういう物言いは、恨みつらみが乗ってくるようなもののはずだが、リーゼは苦笑していた。


「うーん……。もうちょっと詳しく知りたいな。ねぇ、基地で色々見えたよね。あれ、やってみる?」

「え? あの……それは」


 ツバキの提案にリーゼは、なぜかニコレスの方を見て固まっていた。


「……ん? どうかしたか」

「あ、そういえばあれって」


 ツバキは基地で初めてリーゼと交信した時を思い出す。

 あの時、リーゼに変態とまで言われるほど羞恥心を刺激していたが、もしやと思い、耳元で囁いた。


「……聞くんだけど、二人きりなら大丈夫なの?」


 リーゼは頬を赤くして、小さく頷く。

 やはり、あの時の反応はそういう恥ずかしさを伴うものだったのだろう。


「ニコレスさん。悪いんですけど、一瞬だけ部屋の外にいてもらっていいですか」

「それは構わないが、一体何をするんだ」

「言葉では説明しにくい……けど、ちょっと確かめたいことがあるんです。一瞬で済むんで、お願いしていいですか」

「あ……ああ」


 ニコレスは渋々といった様子で立ち上がった。

 障子の前まで行ってからも、すぐには外へ出ない。何か言いたげに振り返り、結局そのまま扉の向こうへ消えた。


「それじゃあ、いいかな」


 改めてリーゼの方を向き直ると、彼女は視線を畳の方へ下げていた。

 黒いショートパンツの裾を握り、どこか覚悟が決まらないような様子。


「なあ……ツバキ。私が一方的に記憶を見せるのは、不公平だと思わないか?」

「あー」


 言われてみて、ごもっともだと思った。

 それを考えた時、見せるものとしてはちょうどいいものを思いついた。


「そうだね。……じゃあ俺は、タイムスリップくらいすごい記憶を披露しようかな」

「釣り合うのか?」

「絶対に釣り合うよ。異世界転生っていうんだけど」


 言ってから、自分でも冗談みたいだと思った。だが、実際そうとしか説明のしようがないことなのだ。


「異世界転生? ……よく分からんが、分かった。それじゃあ、始めよう」


 お互いに正座をして向かい合う。

 メトリア基地では偶然お互いを見ようとして、結果的に混ざり合った意識。今度は明確な意図を持って二人の記憶が繋がる。


 ―――――


 街の至る所で火が上がっていた。逃げ惑う人々の叫びが崩れたビルの隙間に反響し、ガラスの砕ける音と混ざる。目に入るものすべてが、すでに手遅れの景色だった。

 割れた道路の真ん中で泣き喚く子供がいる。そこへ迫り来る怪獣のような巨大な魔物を前に、リーゼは光のナイフを片手に立ち向かわんとしていた。


「だああああっ!」


 絶望的な街の中で、もはやヤケになったような叫びを上げ、地を蹴って魔物へ飛び込んだ。その時だった。

 目の前の魔物が、上空から降ってきた小さな何かに押し潰された。

 リーゼは咄嗟に子供を抱き寄せ、土煙の中にいる人物へナイフの切っ先を向けた。


「よかった。間に合って」

「だ、誰……」


 土煙の向こうから現れた顔にリーゼは息を呑んだ。

 そこにいたのは、強靭な筋肉をもつ黒髪の青年だった。

 全身が淡い光で包まれ、神秘的とも取れるオーラを放っていた。


「俺は、ツバキ・ソウタ。君がリーゼ・ミュイ……なんだね」

「え……なんで。あなたは__」


 見知らぬ男に正体を聞こうとした、その瞬間だった。


「……っ?!」


 目の前の魔物が白い粒子になって消えていく。気を取られていると、周りのビルや車の残骸が白い粒子となって消えていくのだ。


「な……なんだ?!」


 そして腕の中にいたはずの子供も、同じように白い粒子となって消えていった。いつの間にか、辺り一体にある全てが真っ白になって消えていった。

 そして、自分と目の前の相手だけがその場に残されていた。


「なんだ?! どうなってる?!」

「おどかせてごめんね。こうするしかないみたいで」

「あ、あんたがやったのか……!」


 湧き上がる怒りも、恐怖と混乱に押し潰され、光のナイフを構える手が震えていた。

 ツバキと名乗った男から発せられる、得体の知れない気配と魔力。この状況にもかかわらず悟ったような静かな佇まいに、リーゼはただ恐れるだけだった。


「君は、すごく大事な存在らしいから。……頑張って」


 ゆっくりと伸びる手に抗えないまま、こちらの意識が眠りに落ちるように途切れた。


 ―――――


 ツバキはいつの間にか、駅の構内で学校帰りの電車を待っていた。

 学校の制服姿のまま冷たいベンチに座って、遠くの建物に沈みゆく夕陽を見つめながら、固まっていた。


「洗濯回して……飯食って、洗いもんは、明日でいいか。卒業式……一応行かないとな」


 視界は動かない。頭も回らない。

 両腕がズボンの上に垂れ下がったまま、周りに聞こえないほど小さな声で、ぼそぼそと先の予定を呟いていた。


『一番線を快速電車が通過いたします。危険ですので、黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』


 機械からの声が、空っぽになった頭の中でよく響く。

 感情のない声が今だけは心地よかった。


「……よし」


 気がつけば、決心がついたように立ち上がっていた。

 リュックを足元に置いたまま、ゆっくりと前に出る。靴先が黄色い突起に触れる。粒の感触が足裏に上がる。

 これで楽になろうとした。足先がさらに前に出かかった、その瞬間、


『やりきれ』

「うわっ……!」


 突然声が聞こえ、咄嗟に足を引いた。

 一人になってから、何度も繰り返した自分の言葉だ。

 幻聴のように響いたその声が、自分を再び現実へ連れ戻した。


「そう……だよな。何やってんだ俺……」


 二歩下がって、踵が黄色い粒を踏み返す。

 そこで、肩に何かが触れた。

 振り返るより先に、今度は硬い手が背中に触れ__


 __トン


 ツバキの貧相な体が、勢いよく前方へ飛び出した。

 足が空を掻く。胸が浮く。レールの褐色が視界の下へ流れる。

 列車の咆哮が耳をちぎった。

 光がスローになって大きく膨らむ。

 音が急に遠のく。

 世界が水槽の底のように静かになる。


 上半身が捻れて、肩越しに何かが視界を横切った。

 制服の胸元。第二ボタンのない学ランが、すぐそこにあった。

 視線が合う前に、光がこの身を包んだ。


 そこで記憶は途切れた。

 次に目を開けた時、視界にあったのは見慣れない木組みの天井だった。すぐ上では、髭を蓄えた老人がこちらを覗き込んでいた。


「こほん……もし、ワシの声が聞こえているなら、手を上げて欲しい」

「ぁ……あ……」


 ぼやけた景色に理解が追いつかない。

 漏れた声は自分のものとは思えなかったが、それでもツバキは呼びかける声に応えるべく、乳児のように小さな手を上げた。


 ―――――


「見えた……」


 さざなみのように混ざり合っていた感覚がそこでふっとほどけ、ツバキの声が静かな広間に響いた。

 畳の匂いと部屋の静けさが戻ってきても、まだ身体のどこかがあの景色に引っ張られていた。


「すごく、静かな景色だった……だが、躊躇いなくお前は、線路に身を投げようとして……それに目が覚めた時の景色は、あれはどういうことだ……」


 基地で意識が交わった時とは違い、リーゼは頬を染めながらも、必死に先の光景を思い返していた。


「あの静かな場所が俺のいた世界なんだよ。魔力も魔法もない。俺の現実。あの場所に帰って、俺は生き続けなきゃいけない」

「すごく辛そうだったぞ。……誰かに背中を押されたが、あれは、じ、自殺する寸前だったじゃないか」

「逃げそうになった。……逆にリーゼの方は、大変だったね。あれが未来のメトリアの景色なんでしょ」

「そうだ……遠くないうちに、ああなってしまう」


 お互いに、状況をその身をもって追体験することができた。骨太な映画でも見た後のように、二人で大きく深呼吸をした。

 早速これを部屋の外で待たせていた上司に伝え、改めて情報をまとめることにする。


「ニコレスさん。もう大丈夫ですよ」

「いいのか」


 返ってきた声は、どこか気の抜けたものだった。

 ゆっくりと扉を開け、最初に隙間に顔を覗かせながら入ってくる。


「ツバキ君。私を置いて何を」


 ニコレスは部屋を出る前と同じ場所に座り直した。

 酔いが回ってきたのか、ほんの少し赤みがかった顔が真正面からツバキを見ている。

 問いかけられたツバキは、すぐに顔の赤いリーゼに目を向ける。


「話してもいい?」

「ああ……構わない。信憑性に関わる」


 その一言を聞いて、ツバキは一度咳払いをした。


「前に魔力感知ができるって話したでしょ? あれ、リーゼもできるんです」

「……そうか。リーゼさんも」

「それで、同じことができるせいか、お互いの伝えたいことを、そのまま見せられるみたいなんです」


 なんともないように話すツバキだが、一応理屈で理解しているニコレス。驚きと困惑が混ざったような視線を二人に向けた。


「そうなのか……それは、すごいことだな。何か分かったか」

「はい。リーゼが言ってた消えた世界の話ですけど、あれは本当です。リーゼの視界越しに、確かに見ました。あの姿は、俺で間違いありません」

「……では、本当に未来の世界は」

「めちゃくちゃでした。同じメトリアのはずなんですけどね……これから大変なことになると見ていいと思います」


 ニコレスは顎に手をやり、しばらく考え込む。

 無言で缶を傾け、中身を一気に喉へ流し込んだ。飲み終えたあとでようやく、小さく、そして長く息を吐いた。


「リーゼさん。本格的に魔物被害が出始めたのはいつ頃だ」

「……確か、今月の末辺りでした。5月に入る前のはずです」

「近いな……。今日が4月16日だから、2週間以内か」


 スマホで時間を確認しながら空き缶を振ると、ほんの僅かな中身が打ち付ける音が虚しく響く。


「クローン研究は間に合わないからやめてくれ、と頼まねばならない……というわけか?」

「ニコレスさん……」


 落ち込んだ顔を紛らわすように、冷蔵庫から酒をもう一缶取り出しては、つまみもなしに喉に流し込んだ。


「リーゼさん。魔力感知の話だが、先ほど言った通り話の信憑性に関わる。場合によってはロマノフ司令官にも明かすことになるだろう。……それでも、いいかい」

「……もちろんです。諦めはもう、ついてます」

「だったら俺も一緒です。リーゼを一人にはしておけませんから」


 リーゼがツバキの肩へそっともたれかかる。それをちゃぶ台越しに眺めるニコレスの顔は、どこか眠そうだった。

 やがて空き缶二つを片手で掴んでは、ゆったりと立ち上がった。


「私は先に帰らせてもらう。土日はゆっくり休むんだよ」

「あの」


 背中を向けたニコレスをリーゼが呼び止めた。


「よかったら今日、ここに泊まっていきませんか。……今日は特に、一人が心細くて」

「え……」


 ツバキの濃紺のパーカーを握りながら、静かに呼びかけるその声に、ニコレスの目が泳いだ。


「俺は泊まっていきます。家もすぐ近くなんで」

「私がいては、邪魔になるだろう。失礼する」


 そう言って、有無を言わせぬまま部屋を出ようとして、


「明日車を取りに来る」


 思い出したようにそう告げて、今度こそリーゼの家を後にした。


 夜の街を歩くスーツの影は、外から見れば、さながら疲れたサラリーマンのようにも映っただろう。


「いいじゃないか……泊まっていけば」


 弱々しく呟きながら、右手の中で綺麗に収まっていた二つの空き缶が、強く握られて潰れていく。


「いいって言ってくれているのだから」


 なぜ出て行ったのかと問われれば、多少酔いが回った程度では答えがすぐに出てしまう。

 その答えと真正面から向き合おうものなら、それは、大人として恥ずかしいものであることも重々承知していたのだから、この醜く熱いものを押し込めるので精一杯だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

タイムスリップしたり異世界転生したり大変ですが、その裏でこっそりと三角関係が出来上がりつつある。そんな話でした。


もし続きが読みたいと思った方は、評価でもブクマでも入れていただけるとモチベーションが上がって助かります。

誰かが読んでくれている。待ってくれる人がいるというのは、やはりテンションもやる気が上がるものです。

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