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異世界ギルドのレビスパーダ 〜最大積載量測定不能の馬鹿力はいかがですか?〜  作者: 亜菜 三丁
2章 悲しみも痛みも超えて

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12/19

12.ひとりじゃない

 19時に差し掛かったメトリアの空は、闇に覆われる一歩手前で踏みとどまっていた。

 防衛隊メトリア基地を出てから、ツバキとリーゼ、それに付き添うようにニコレスも行動を共にしていた。

 夜を迎えても、街の明るさや賑わいは昼ほど変わらない。むしろ仕事終わりに駅へ向かう人波や、飲食店の灯りに吸い寄せられるスーツ姿の集団が、昼より濃いざわめきを作っていた。


「ニコレスさん。後で話してくれますよね」


 人混みに紛れるようにして、ツバキは隣を歩くニコレスへ小声で言った。


「話す?」

「ゼルヴァ計画のことですよ」

「ああ……そうだったな。私は君に負けたものな」


 あれだけ格好をつけて立ちはだかった人が、いまはどこか神妙だった。

 大切な人が蘇るかもしれない、などという話を聞いた直後なのだから当然かもしれないが、それにしても、今日一日で、彼女の見たことのない顔をいくつも見た気がする。


「外には漏らさないって約束しますよ。ニコレスさんも約束してくれたでしょ? 俺のこと」

「そう、だったな。信用しよう」


 ニコレスは短く息を吐いてから、ツバキの背で眠るリーゼへ視線を向けた。


「リーゼさんの家まで行くのか」

「はい。ゆっくり休ませないと」


 ツバキの背中では、リーゼがすっかり眠り込んでいた。

 侵入して、両親の痕跡を見つけて、そしてあんな再会をしてしまったのだ。張りつめた気持ちが切れた今、こうして意識を手放してしまうのも当然だった。


「この路地です」

「家が近いとは伺っていたが、こんなにも近所にあったのか。……あの黒いバンは?」

「ああ、隊員さんが乗ってきたやつです」


 リーゼの家の前には、防衛隊の黒いバンが停められたままだった。

 住宅街の中で明らかに浮いて見える黒塗りの車体が、暗くなる空の下、夕方の騒ぎがまだ終わっていないことを示しているようだった。


「基地にある車両だな。帰りに返しに行くよ」

「お願いします」


 そこで、ツバキの背中が小さく動いた。


「んん……。ここは」

「起きた? リーゼの家、帰ってきたよ」

「……そうか。帰って、きたのか。すまん」


 リーゼはまだ半分夢の中にいるような声だった。


 家に入り、三人は広間に集まった。

 夕方に来た時と変わらず、この家は広く、そして静かだった。リーゼを一人にして帰れる空気ではない。自然と、ここで夕飯をしようという流れになった。


「すみません。買い出し行ってもらっちゃって」

「このぐらいさせてくれなければ割に合わない」


 テーブルにはニコレスが近所のコンビニで買った惣菜が並び、白飯だけはここの炊飯器を借りて炊いた。

 容器のままでは味気ないからと皿に移してみたものの、食卓の景色はどこか寄せ集めで、今の三人の状況そのもののように思えた。


「すみません。私の家なのに」

「いいのいいの。キッチン貸してくれてありがとうね」


 ツバキとニコレスが食卓の準備を進めている間、リーゼはずっと座ったままだった。

 ぼんやりと手元を見つめていて、時折こちらに視線を向けるものの、何かを言う気力までは戻っていないらしい。


 ようやく三人で手を合わせ、いただきますを言った。

 ツバキとニコレスが箸を動かし始めてから少し遅れて、リーゼも小さく箸を取った。


「ニコレスさん。どこまで話せますか」


 食事がようやく始まったところで、ツバキが切り出した。


「……そうだな。まずは、この計画の目的についてかな」


 ニコレスの口が、重たい扉を開けるようにゆっくりと動いた。


「ゼルヴァ計画の発端は、世界中の魔力濃度が上昇し、それに比例するように魔物が活性化したという報告を受けたことだった」

「魔物の活性化……」


 リーゼがかすかに呟く。

 それは両親の残した資料にも書かれていたことだ。


「ツバキ君。街を覆う結界の歴史は分かるか?」

「え? えっと、勇者トルモ・スクロームの結界……ですよね。今から2021年前、トルモさんが魔王を倒した後、世界中に魔物を弾く結界を展開した。そうですよね」

「その通りだ。歴史はさっぱりだと思っていたが意外だな。その結界は今や解析が進み、少しずつ拡張されながら人類の活動領域を広げてきた」


 ニコレスが言いながら、缶の酒を手に取った。


「あ、ちょっと。外のバンは返しに行くんですよね。飲んじゃってる……」

「基地まで近いんだ。明日に回すことにした。今日は飲まなきゃとてもやってられん」

「はぁ」


 黒いスーツ姿のまま惣菜をつまみ、酒を流し込む上司の姿は、いつもの有能なニコレスとはかなり違って見えた。

 ぱっと見の印象は、はっきり言うとちょっと疲れたおっさんのようである。もちろん口には出さないが。


「それで、その結界と魔力濃度の上昇がどう繋がるんですか」

「本来、結界内では魔物は現れない。しかし今日は、二重結界にもなっている防衛隊基地の内部に魔物が現れた。確認されている限り、勇暦2021年現在で初めての事例だ」

「そんなにまずいことだったんですか!?」

「非常にまずい。だが、想定外ではなかった」


 落ち着いたトーンで告げられた言葉の重さに、リーゼの箸が止まる。


「想定内……?」

「そうだ。これを防ぐために研究を進めていたようなものだからな」


 ニコレスはスマホを取り出し、地図を表示した。

 日本の形に似た島国から西へ渡り、さらに大陸の内陸部を示す地点が光っている。


「ここはカイラ。最も空に近い高原地帯だ。この地には古来、安寧を司る守護龍がいるとされていた」

「守護龍……」


 ツバキはそこで思い出し、席を立った。


「そうだ。あの書類も用意しないと。ちょっと待っててください」


 さっき広げたままにしていた書類を持って戻り、ニコレスへ渡す。流し読みしては、一度だけ深く息を吸った。


「……そうか」


 それだけ呟いてから、再び話を続ける。


「私たちは去年、世界各国の研究員たちと共に魔力濃度上昇の原因調査に向かっていた。そこにいたんだ。守護龍が」

「リーゼのご両親も、その調査に?」

「ああ」


 ニコレスはスマホの画面を二人に見せた。

 そこには大きな翼を持つ四足の龍が映っていた。確かに龍だ。だが、見る者を圧倒する神々しさより先に、痛々しさが目につく。鱗はくすみ、ひび割れ、目元には覇気がない。写真越しでも、その巨体が衰え切っているのが伝わってきた。


「実際にこの目で龍を見ることができたが、鱗も目も、この通りボロボロだった。あの体から発せられる魔力は微弱なもので、いつ息絶えてもおかしくない状態にあったんだ」

「そんな状態の龍が、世界中の魔力濃度を握ってるんですか」

「少なくとも、そう言い伝えられてきた。仮拠点を作って経過観察を続けた結果、龍の弱体化と魔力環境の変化には確かな連動が見られた。そこで持ち帰ったデータをもとに、守護龍の機能を再現するために立ち上がったのがゼルヴァ計画だ」


 ツバキは思い返す。

 金庫の中の資料にも、たしかそんな文言があった。書類の上では理屈として整っていたそれが、こうして龍の写真と結びつくと急に生々しくなってくる。


「でも、今ロマノフさんがやってたのは、そんな話じゃありませんでしたよね」

「そうだな。私は、ゼルヴァ計画は事実上凍結されているという認識だった。実際に形になったのは、計画の途中で派生した対魔物用戦闘システム……つまりセルディーだけだ」

「セルディー。ニコレスさんが変身したやつですよね」


 ツバキは真顔のまま続けた。


「あんな危ないものを開発しちゃって、体に異常はないんですか」

「心配ない。とうに覚悟はできているんだ」

「異常はないかって聞いてんですよ」

「…………まだ、未知数だ。変身中に負荷はかかるが、体調には問題ない」


 言い切ったようで言い切っていない。

 その曖昧さがかえって危うかった。覚悟という言葉で覆っていても、その下には不安が残っている。


「そうですか……。でも、結局ロマノフさんが進捗として見せてきたのはあのドロでした。魔力濃度の抑制とも、守護龍の機能再現とも違う話ですよ」

「司令官は手遅れだったと言っていた。いつ分かったのか。いつから別系統の研究を進めていたのか。私にも分からない」


 食卓に沈黙が落ちた。

 聞けば聞くほど、わからないことばかりが増えていく。

 ツバキは惣菜の切れ端を箸でつつきながら、ぽつりと漏らす。


「……ニコレスさんって、もしかしてだいぶ下っ端ですか」

「恥ずかしながら、そうだな。特に研究チームの中では最年少になる」

「……なるほど」


 妙に納得してしまった。

 ニコレスのことは上司として頼りにしているが、ギルドでも防衛隊でも、組織の中心人物ではない。知っていることにも限界がある。

 強く見える人ほど、全部背負っているわけではないのだと、今さらのように思い知る。


「じゃあ、もしロマノフさんの言う手遅れってのが本当なら、今後はクローン研究を進めながら、結界の中に現れる魔物にも対処していくことになるんでしょうけど……」

「けど?」


 そこでツバキはリーゼを見た。

 その時のリーゼは、二人の会話を聞きながらも、まるで別のものを見ているような苦い表情をしていた。


「リーゼは、復活は無理だって言ったよね」


 呼ばれたリーゼは動揺して肩が揺れた。

 ツバキの背中で喚いた言葉。それは単にショックだっただけではない。まるで結果を知っているような物言いだった。


「そうだ。復活は無理……だった。少なくともそれは、表に出てくることはなかった」

「リーゼさん……?」


 冷静に見守るツバキとは裏腹に、ニコレスはその意味を飲み込めないまま疑問の声を上げた。


「もう、話してくれてもいいよね。リーゼの秘密」


 ずっと静かにしていたリーゼは、重く閉ざしていた口を、ようやく開いた。


「……来年、2022年の2月。結界内部に魔物が発生するようになった街は壊滅寸前になって、人がどんどんいなくなって……」


 二人は黙って聞いていた。

 だが、リーゼが口にしているのは、聞けば聞くほどただの予想でも妄想でもないように聞こえてくる。

 ツバキもニコレスも、途中で言葉を差し挟めなかった。


「終いには、世界中が真っ白に染まって、みんな消えてしまった」

「君は、一体……」


 掠れた声で絞り出したのは、勇暦2021年4月の現在よりも先の時系列の話。


「私は……」


 リーゼはそっと顔を上げた。

 泣き腫らした目の奥に、今度は別の覚悟が宿っていた。


「私は、今日という日にタイムスリップしてきた」

人間、様々な事態に見舞われども、空腹に勝るものはない。はず。


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