第六十四話:古地図散歩
「あれ? これはなあに?」
結はNPC商人の販売物リストに見慣れないものを発見して、首を傾げた。
アイコンは、古びた羊皮紙のものだ。
その表面には文字ではなく、簡素な線画のようなものが描かれている。
試しにリストをタップしてみると、解説窓が表示された。
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【古びた宝の地図】[No.123]
大盗賊『ピピン』の財宝の謎を示す古びた地図。
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「宝の地図だ!」
結の目が、ぱっと輝く。
「モジャールさん、これ売って!」
「100ppじゃ。まからんぞ?」
ヒゲの商人は、即座に差し出された100ppに少し意外そうな顔を見せたが、そのまま商品を手渡してきた。
結は早速、地図を手に取って空に透かした。
「うーん、どこだろう?」
縦にしたり、横にしたり、裏返してみたりする。
だが、簡素な線だけで描かれた地図では、場所の特定までは無理そうだった。
そもそも、結はEOFの地理に明るいわけではない。
「みんなに聞いてみよっと」
結はモジャールに手を振ると、セレノスの石畳を蹴って走り出した。
目指すは、みんなの待っている酒場――『ルーイン・ゴート』だ。
* * *
――酒場『ルーイン・ゴート』。
地図を目にした途端、ケンタは腕を組んで難しい顔をした。
「うーん、『宝の地図』かあ……」
すぐに食いついてくると思っていたシャチョーも、なぜか静かだ。
「ああ、『宝の地図』かね……」
ログ爺に至っては、地図を一瞥しただけでテーブルへ投げ出した。
「どうせ、ハズレじゃわい」
「えっと、どゆこと?」
結が目に『?』マークを浮かべて聞くと、ようやくケンタが説明を始めた。
「旧EOFに『宝の地図』システムが導入された時、みんな最初は盛り上がったんだ……でも」
その言葉を遮るように、シャチョーが横から割り込んでくる。
「99%モンスターが湧くトラップ箱だったんだて!」
さらにログ爺が補足した。
「残りの1%もレアアイテムなどではなく、単なる現金か宝石だったんじゃぞい」
「まあ、最初は宝探し自体が楽しかったんだけどな」
ケンタが肩をすくめる。
「最後は地図をNPCに1ppで売った方が儲かるって結論になっちまったよ」
「1pp!」
急に叫んだ結を、一同は不思議そうに眺めた。
* * *
「よし! 決めた!」
結がすっくと立ち上がる。
「一人でも99pp分楽しむ!」
装備を確かめ、そのまま酒場を出ていこうとする。
「待つがね、結ちゃん」
「誰も、行かないとは言ってないぜ」
「その地図の場所もわからんのじゃろう?」
振り返ると、三人もいつの間にか装備を固めていた。
「久々に宝探しを楽しむのも悪くない」
ケンタはそう言って、人差し指を振る。
「モンスターが出た時のために、タンクも探さないとな……」
その視線の先には、テーブルで冷やしラーメンをすすっているバーバリアンの女性がいた。
「え? わだす?」
ベルウッドも半ば強制的にパーティへ組み込まれた。
「あと、一枠空いとるがね」
「じゃあ、そこのコーサクさん、頼んだ」
「ドキッ! わ、私ですかあ? ホントに?」
コーサクも組み込まれ、フルパーティの完成である。
* * *
「さて、場所の特定なんじゃが……一枚では無理じゃ」
ログ爺が、テーブルの上に広げられた地図を見ながら言った。
「えっと、もっといるってこと?」
「そうじゃ。ここに番号があるじゃろ」
ログ爺が解説窓の番号を指す。
「うん、No.123ってあるね」
「これと近い番号を集めるのじゃ」
「なるほど、複数を繋げれば、地形の見極めがしやすくなるわけですね」
コーサクが、ぽんと手を打った。
「でも、モジャールさんはこれ一枚しか売ってなかったよ?」
「門前で売られてたってことは、近くでドロップしたものを誰かが売ったってことだ」
ケンタが椅子の上に立ち上がり、右手の人差し指で天を指す。
「『門前エリア』と『セレノスの丘』を大掃除だ!」
* * *
「門前エリアには出ませんねえ」
コーサクが、ネズミを杖で恐る恐る叩きながら言った。
「こっちは一枚出たぞい。No.98じゃったわ」
「どうやら、『セレノスの丘』が主戦場になりそうだな」
パーティチャットを聞きながら、結とケンタは『セレノスの丘』へ移動を始めた。
その間にも、今度はシャチョーが声を上げる。
「出たがね! 見るがね! この豪運!」
「おお! さすがシャチョーさんです!」
素直に感嘆するコーサクの声が聞こえるが……。
「なんじゃ、またNo.98ではないか」
ログ爺のぼやきが続く。
シャチョーが膝をつく音が聞こえた気がした。
とはいえ、ドロップが確認できたのは大きい。
一行は『セレノスの丘』ゾーンの雑魚を狩り尽くす勢いで、作戦を進めた。
瞬く間に、地図の山が積み上がっていく。
コーサクは表計算ソフト『Bugcel2040』を開き、番号ごとの集計を行っていた。
「おら! おら! おら! いぐっぺよお! ダブルトマホーク!」
ベルウッドが投擲した二本の斧が、丘から顔を出したヒルジャイアントに的中する。
怒り狂ったヒルジャイアントが腕を振り上げ、こちらへ向かってきた。
「うひゃあ! 女神様、仏様、お助けを〜」
コーサクが頭を抱え、右往左往する。
「任せるだす〜!」
ベルウッドが前へ出て身構えた。
「ありゃ、斧がないべさ」
投擲したばかりで、得物はまだ戻ってきていない。
「ええ〜! 大丈夫ですかあ〜?」
情けない声を上げるコーサクを背に、ベルウッドは雄叫びを上げた。
「どおりゃああ〜!」
ヒルジャイアントの短めの脚を、両手で掴む。
なんと、巨体が浮き上がった。
そのままグルグルと振り回される。
まさに、ジャイアントスイング。
回転の勢いが最高潮に達したところで、ヒルジャイアントの身体が投擲された。
ガードポストの小さな塔に激突したヒルジャイアントは、目を回したエフェクトを浮かべたまま、光の粒子となって消え去った。
古びた羊皮紙が一枚、宙を舞って落ちてくる。
「お、宝の地図ですね」
コーサクは、落ちてきたそれを受け止めた。
「No.122! ビンゴです!」
* * *
No.122が出たところで、結のNo.123と並べてみる。
「この線、繋がったな……多分、左から右に並べるので合ってる」
ケンタが二枚の地図をじっと睨んでいる。
「これ、海か湖じゃないですかね?」
コーサクが、No.122の左上隅に描かれた海岸線のような線を指した。
確かに、その線の向こうには波のような『ヘ』の字がいくつか並んでいる。
「波だとすると、川ではないのお」
「まず、海や湖があるゾーンをピックアップしよう」
ケンタが提案すると、ゾーン名あげ大会が始まった。
「セレノス港!」
「ヘスペリア港!」
「ローズティア湖!」
「ノクタリム港!」
「魔女の大釜!」
「アルギュレア港!」
「ニューセレノス港!」
「……もう浮かばないよ」
「意外と少ないけど、地形的にどれもしっくりこないな。特に港だと、建物が描かれていないのは不自然だ」
ケンタが腕を組んで考え込む。
「すると、湖のどちらかしか残らないのお」
「湖のゾーンはどちらも湖面がほとんどで、こんなに陸地がないんだよなあ……」
No.122もNo.123も、そのほとんどは陸地の表現だ。
「繋がった線は道ですかね?」
コーサクが指した先には、二枚の地図にまたがって描かれた二本の線がある。
No.123の宝の位置を示す『×』は、その脇にあった。
「このピピンって有名な人?」
結が地図の解説を指して問う。
「いや、知らないなあ。語感からしてハーフリングっぽいけど……あ! ハーフリングの里って池があったよな」
「グリンダルかね? あっこも丸い建物がいっぱいあるはずだがね」
「うーん、ダメかあ。困ったな……」
「はい、先生!」
「何かね? 結くん」
「えっと、池ならこのセレノスの丘にもあるけど……」
「そう言われてみると……」
丘の向こうを見渡すと、小さな池が見える。
バーバリアンのおっさんが釣り糸を垂れる、あの池だ。
* * *
「とすると……」
ケンタは池の縁の角度と、自分たちが立っている街道を地図と見比べた。
「そこじゃん!」
地図上の『×』に相当する位置は、彼らの目の前だった。
「街道下暗しだがね」
「んだら、掘るだべか?」
ベルウッドが斧を大きなシャベルに持ち替え、構える。
「そうだな。みんなで掘ろう」
ケンタもシャチョーも、ログ爺までシャベルを構えた。
「え? みんな、シャベル持ってるの?」
結が目を丸くする。
「シャベルとツルハシの常備は、RPGプレイヤーの嗜みだぜ」
「べ、勉強になります!」
コーサクが熱心にメモを取る。
四人は瞬く間に、大きな穴を掘り広げた。
カチン!
「何かあるがね!」
「壊さないように、ここからは丁寧にいくぞ」
そして、宝箱は掘り出された。
* * *
その宝箱は未知の金属でできており、隅々まで精緻な装飾が施されていた。
なにより、巨大だった。
「おっきいね……」
「これは……象でも入ってるのか?」
「こりゃ、見たことのないタイプじゃのお」
「当たりだがね! 大当たりに違いないがね!」
「わだす、わくわくしてきたっぺ」
「大きいつづらは、大外れの予感がするんですが……」
コーサクの懸念を聞き流し、シャチョーがワキワキと手の準備運動をしながら、箱の周りを調べる。
「……鍵穴がないがね」
「じゃあ、鍵はかかってないんじゃ?」
「開かないがね……」
「大きいから重いだけだっぺよ」
ベルウッドが腕をグルグルと回し、蓋らしき部分を抱えた。
「ふんぬうう〜っ!」
だが、ビクともしない。
「これはアレだな。『一撃必開』のスキルの出番だな」
シャチョーがビクッと肩を震わせる。
「あ、アレは売り切れだがね」
「冗談だよ。地図の持ち主が触れば開くはずだ」
ケンタは笑いながら、結を振り返った。
「えっ! 私?」
みんなの視線に促され、結は宝箱に手を当てた。
* * *
結が触れた瞬間、宝箱は光の粒子と化し、天へ昇っていった。
あとに残されたのは、そそり立つ白い壁だった。
「うわ、何これ……箱より大きくない?」
「上が見えないがね……」
「これは、動いてませんか?」
コーサクの言う通り、白い壁はその表面を波打たせながら、ゆったりと、だが確実に動いていた。
「モンスターならやっつけっか?」
「待って!」
結が目を凝らす。
白い壁の上方に、かすかにタグが見えた。
「ネームタグが黄緑色だよ。敵対モンスターじゃない」
「よく見えるな……なんて名前だ?」
「うーん、もう見えない……」
辺りには、いつの間にか霧が立ち込めていた。
ブモオオオォォー!
その超大型モンスターは、地面を揺るがすような鳴き声を響かせると、滑るように霧の中を進んでいく。
エリス草原へ続くゾーン境界に向かっているようだ。
もっとも、セレノスの丘から出るゾーン境界のうち、その巨体が通れそうなのはそこだけである。
「あ、待って!」
思わず、結は白い壁に手を伸ばした。
わずかに指先が触れた感触があったが、白い影は霧の中へ溶け込むように消えていった。
一同は呆然と、その姿を見送った。
やがて霧が晴れると、結の足元には小さな宝箱がぽつんと残されていた。
* * *
結は小さな宝箱を拾い上げた。
今度は、触れても何も起きない。
ぐるりと眺めてみるが、やはり鍵穴もなかった。
「シャチョー……」
結は上目遣いに、シャチョーの様子をうかがう。
そして、頭を下げた。
「解錠お願いします!」
「おれも気になるけど、売り切れだがね」
「経験値キャンプ、付き合うよ?」
「ううう……」
「シャチョー、このままじゃ終われないだろう?」
ケンタも頭を下げる。
「わしらも付き合うぞい」
「気になってしょうがねえだ」
「よっ! シャチョー!」
最後にコーサクが囃し立てた。
「あー! もう、わかったがね!」
シャチョーは、結の腕の中にある箱へ向けて手をかざした。
「ぬるExポ!」
* * *
小箱は上下左右へ複雑にスライドし、いくつもの回転を見せた。
最後に側面の板が左右へ割れ、中身が露わになる。
「これは……? 布? いや、革か?」
箱の中には、白い帯状の革が入っていた。
「こりゃ、なんだがね?」
「なんじゃろなあ……何かの触媒かのお?」
「ううん、違うよ……これは」
結がその革を手に取る。
「握り革だよ!」
「握り……なんだて?」
「これだよ、これ!」
結は弓を取り出すと、その握りを示した。
「ここに巻いてある革が、握り革なんだよ」
「なるほど。結に合わせた報酬が出るシステムか」
「大騒ぎしたわりに、革一枚とはしょっぱいがね」
シャチョーがぼやきながら、天を見上げる。
「まあ、結が使えるなら、99ppの元は取れただろう」
「そうじゃのお。これで一件落着じゃ」
不思議なことに、誰一人として、それを鑑定することすら忘れていた。
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【巨影獣の神革】
地上の覇王ベヒーモスの神革。
効果:使用した武具を神具と為す。
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「私は、もうとっくに99pp分楽しんだよ〜」
西の空へ沈みかけた夕陽が、セレノスの外壁を赤く染め上げていた。
「近くてよかったね。楽しい散歩だったよ」
「散歩にしては、いろいろ大変だったけどな」
ひとしきり、苦い笑いが交わされた。
「さて、帰ろっか」
「おっしゃ、ダブった地図をモジャールに売りつけるがね」
そう言うシャチョーの腕には、数百枚もの古地図の束が抱えられていた。
「それは解かないの?」
「そいつは、もう勘弁だがねー」
嫌そうな顔をするシャチョーを見て、また一つ、笑い声が上がった。
(おわり)
――第六十四話 あとがき
最後まで読んでくれて、ありがとさんだがね。
『トーチ』の鍵開けマスター、シャチョーだがね。
次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿する予定だでね。
また『バグ活』の連中がやらかすらしいでよ。
そっちも読んでもらえたら、うれしいがね。
ちょびっとでも楽しんでもらえたなら、ブクマや★で応援をしてもらえると、どえりゃあ励みになるがね。
しっかし、山みたいにでっかいモンスターまで出てきて、最後は革切れ一枚とは……『宝の地図』クエストは、やっぱりどえりゃあしょっぱいがね。
まあ、この地図の束をモジャールに売りつけて、元を取るがね。
ん? 1枚1ppじゃ、そっちもしょっぱいだろて?
あのヒゲ親父、ナツキにはど甘いでね。
お使いで頼めば、1枚80ppは固いがね!
こりゃあ、笑いが止まらんて。
――シャチョー




