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閑話:月刊バグ活用テクニック

 『月刊バグ活用テクニック』という雑誌がある。


 通称――『バグ活』。


 いわゆるゲーム攻略雑誌である。


 大手出版社が発行する『パピ通』などと比べれば、その部数はスズメの涙ほど。


 だが、ゲームに潜むバグの発見や、その活用方法を中心とした尖った記事には、一部のコアな読者から熱烈な支持が寄せられていた。


* * *


 東京、新池袋。


 駅から繁華街を十五分ほど歩いた先に、四階建ての古びた雑居ビルがある。


 一階には宅配ピザの店が入り、建物の前には配達用の原付バイクがずらりと並んでいた。


 そのビルの三階。


 『芸夢社』という小さな出版社が入っている。


 そして、その一角に――『月刊バグ活用テクニック』編集部はあった。


 編集部といっても、立派な看板が掲げられているわけではない。


 スチール製の本棚で間仕切りされた狭いスペースに、向かい合わせの机が二つ。


 それが『バグ活』編集部のすべてだった。


 窓側のデスクでは、ひとりの男が椅子にふんぞり返っていた。


 机の上に脚を投げ出し、煙草を咥えたまま、器用にも大きなあくびをする。


 足の下には、『編集長 堀渡』と書かれた札。


「ふあぁ〜……最近のゲームはテンプレばっかで、つまらんな」


 向かいのデスクでは、ひとりの女性がゲラをチェックしていた。


 男のぼやきにも顔を上げず、原稿へ視線を落としたまま生返事をする。


「はあ……? 最近じゃないゲームって、どんなです?」


 原稿の文字列を追う黒い丸型フレームのメガネは、顔からはみ出しそうなほど大きい。


 そのうえ、レンズもかなり分厚かった。


「そりゃ、天川くん。『ウルトラ・クエスト』とか、『エターナル・オンライン・ファンタジー』に決まってる」


「そのEOFなら、VRMMOとしてリメイクされるみたいですよ」


「ん?」


 天川と呼ばれた女性は、手にしていた原稿をぴらぴらとかざした。


 その紙面には、大きな見出しが踊っている。


 ――『名作RPG、遂にVR化』。


* * *


「MMORPGのVR化って、何気に初めてかもしれませんね」


 天川はそう言うと、手にした原稿へふーっと息を吹きかけた。


 紙がひらひらと宙を舞い、そのまま堀渡の顔の上へ落ちる。


「おいおい、火がついたらどうすんだよ……」


 顔に乗った原稿を払いながら、堀渡が文句を言う。


 天川はクスッと笑った。


「その煙草、どうせ火は付けてないんでしょう?」


「うるせえ。今や煙草は貴重なんだよ」


 堀渡は毒づくと、原稿を手に取り、斜めに目を通した。


 そして、勢いよく椅子から立ち上がる。


「よし、取材に行くぞ!」


「えっと、お留守番は?」


「隣の『月刊あゝ無線人生』の誰かに頼んどけばいい」


 そう告げると、堀渡は椅子の背もたれに掛けてあった上着を引っぺがし、そのまま編集部を出ていった。


 向かう先は階段である。


 この古びた雑居ビルには、エスカレーターなんて洒落たものはないのだ。


「はいはい」


 軽く返事をすると、天川も自分の上着と帽子を手に取り、その後を追った。


 帽子は、左右に羽飾りのついた野球帽。


 上着は赤いスタジアムジャンパーで、表面にはワッペンやバッジがびっしりと付いている。


 天川はそれらを身につけながら、パタパタと階段を降りていく。


「どこ行くのかわかりませんが、先にランチにしませんか?」


 階下へ向かう堀渡の背中へ、天川は声を上げた。


* * *


 道すがら、二人は新々宿駅構内にあるレトロな喫茶店へ入った。


「ホット……おコーヒー……頼む」


 席に着いた堀渡が、メニューをろくに見もせず注文する。


 食事に入ったはずなのに、頼んだのはコーヒーだけだった。


 向かいの席で、天川が不思議そうな顔をする。


 堀渡の視線を追ってみると、隣の席では学生らしい男女が一枚のホットケーキを分け合っていた。


「あ〜ん」


「ん、おいしい〜」


「ふーん」


 天川はひとつうなずくと、フォークを手に取った。


「私のマッターホルン・ナポリタンを分けてあげましょうか?」


 テーブルの上には、山のように盛られたナポリタン。


 天川はその頂上に鎮座していたタコさんウィンナーをフォークで刺すと、堀渡の口元へ差し出した。


「いらん!」


 堀渡はそっぽを向き、運ばれてきたホットコーヒーを苦そうにすすった。


「EOFの開発会社に行くんですよね?」


「ああ。駅からすぐの高層ビルに入ってる」


「うちとはえらい違いですね。取材、受けてくれますかね?」


「大丈夫だ」


 堀渡はコーヒーカップを置いた。


「コネがある」


 そう言って、ニヤリと笑った。


* * *


 地上六十階建ての高層ビル。


 最上階は展望台、その下はレストラン街。

 五階から五十八階までは、企業のオフィスが入るエリアになっていた。


 堀渡と天川は、まず五階のビル受付で手続きを済ませ、ビジターカードを発行してもらう。


 EOFの開発会社が入っているのは、五十八階だった。


 二人はビジターカードを使ってゲートを通り、五十八階へ直通するエレベーターの前に立った。


 エレベーターの扉には、開発会社のロゴマークが掲げられている。


 赤、白、黒。


 三色の三日月が、円環を描くように配置されていた。


 その下には、社名が添えられている。


『gase-nomca enterprises』


 扉が開き、二人はエレベーターへ乗り込んだ。


「コネがあるって、ほんとだったんですね……」


 天川はエレベーターの中で、ビジターカードを表にしたり裏にしたりしながら言った。


* * *


 五十八階。


 会社の受付で用件を告げると、二人はすぐに応接間へ通された。


 そこでは、立派なカイゼル髭を蓄えた男が待っていた。


「やあ、景樹叔父さん。お久しぶりです」


 男は右手を差し出し、堀渡とがっちり握手を交わす。


「おう、響も元気そうだな」


 堀渡は握手を解くと、隣に立つ天川を紹介した。


「こいつは俺の部下で、天川沙織だ」


 続いて、天川に男を紹介する。


「これは、俺の甥っ子で、神楽坂響だ」


「どうぞ、よろしく」


 響はそう言って名刺を差し出した。


 そこに記された肩書は――ゲームデザイナー。


「なるほど、コネって親戚だったんですね」


 名刺を見ながら、天川が納得したようにうなずく。


「響の母親が俺の妹なんだよ。さらに父親は、VR機器の販売大手、ヴァーチャレイターの係長だ」


「お父さんのコネはイマイチですね……」


「アイツは大人しいからな……」


 響は苦笑すると、自慢のカイゼル髭を指先で摘まみ、ぴんと横へ伸ばした。


「叔父さん、もうすぐ上司も来るので、バッチリ宣伝してくださいよ」


* * *


 応接間のドアが、勢いよく開いた。


「『バグ活』の人って君たち?」


 入ってくるなり、一方的に問いかけてきたのは若い女性だった。


 短く切り整えた黒髪。

 その顔には、青みがかったメガネが掛けられている。


「おいおい、お嬢。挨拶もまだだろうが……」


 続いて、恰幅の良い中年男性が応接間へ入ってきた。


 二人はそれぞれ名刺を差し出す。


『開発第一部 統括ディレクター 七瀬真琴』


『開発第一部 サブディレクター 鈴木克也』


(逆じゃないのかしらん?)


 天川はそう思ったが、もちろん口には出さなかった。


 真琴は交換で受け取った二人の名刺を眺めて難しい顔をする。


「ほりわたり……かげき? 珍しい名前ね……でも、沙織ちゃんの方は天の川の織姫みたいで覚えやすいわね」


 真琴は一人で納得すると続けた。


景樹(かげき)君、沙織ちゃん、先月号の『バグ日和』は面白かったわよ」


 応接セットの椅子へ腰を下ろすなり、真琴は捲し立てる。


「ふたつの境界データでバグを炙り出す手法は、とっても参考になったわ」


 堀渡は自分の名前を間違えられても、気にも留めずに応じた。


「そいつはどうも。あのコーナーは読者投稿でして……先月は常連の誰だったかな?」

 

 堀渡が首をひねると、沙織が即座に補足した。


「新川越のケンタウロス氏ですね」


「さすが、読者層がディープだわね!」


 真琴はノリノリである。


「VR版EOFは、まだ企画が立ち上がったばかりだけど、プロトタイプはあるのよ。見て行くわよね?」


 そう言うと、真琴はすぐに立ち上がった。


「神楽坂、VRブースの予約も取ってあるわよね?」


「もちろん。摩天楼の地下深く、地獄の釜の蓋は開けてありますぞ」


(編集長の甥って……興味深いわ……)


 ヒゲの男をまじまじと見つめる沙織だった。


* * *


 先ほどのエレベーターで、今度は地下深くまで降りていく。


 沙織が並んでいるボタンへ目を向けると、五階の受付の下に、地下十三階のボタンが光っていた。


 やがて扉が開く。


 降りた先にはロビーがあり、受付ブースも設けられていた。


 だが、そこに人の姿はない。


 真琴はそんなロビーを素通りし、奥の通路へ進んでいく。


 モスグリーンを基調とした壁面。

 リノリウムの床。


 その雰囲気は、どこか病院を思わせた。


「クローズドベータまでは、ここでやるつもりなのよ。公衆回線はトラブルが多いからね」


 真琴は後ろを振り返りながら、左右に並ぶ窓を示した。


 通路の左右には小部屋が並んでいる。

 それぞれ大きな窓があり、通路側から内部を確認できるようになっていた。


 だが、ほとんどの小部屋はまだ空らしい。


 ドアも開け放たれている。


 沙織は、そのうちのひとつを覗き込んでみた。


 部屋の隅には、長机と椅子だけが置かれている。

 電源や通信のケーブルが、床に丸く束ねられて積まれていた。


「ヴァーチャレイターを、ここに搬入する予定よ」


 真琴はそう語りつつ、通路の突き当たりにあるスライドドアの前に立った。


 ここだけは、ロックが生きているようだった。


 ドア横の操作板には、インターフォンやテンキーが並んでいる。

 その上では、赤いランプが点灯していた。


 真琴は操作板を覗き込むことも、触れることもしなかった。


 だが、赤いランプが不規則に明滅する。


 次の瞬間、スライドドアが音もなく開いた。


 おそらく、監視カメラを使ったアクティブ生体認証なのだろう。


「さあ、どうぞ。ここの四台は、特別製が搬入済みなのよ」


 ドアを抜けた先は、ここまでの小部屋と同じような殺風景な内装だった。


 ただし、空調はよく効いている。


 広さも、これまで覗いた部屋よりはずっと大きい。


 奥には、大きなベッド型のVR機器が並んでいた。


「その前に、飲み物でもいかが? コーヒーと紅茶、どちらが良いかしら? コーラもあるわよ」


 真琴は部屋の隅に設置されたカウンターブースを指した。


 そこにはコーヒーメーカーや、ドリンクサーバーらしき機材が並んでいる。


「クローズドベータ参加者には、ホテル並みの歓待をする予定なの」


(ホテルと言うより、ネカフェじゃん)


 沙織はそう思ったが、もちろん口には出さなかった。


「じゃあ、俺はホットコーヒーを頼む」


 先ほどとは違い、澱みなくコーヒーを頼む堀渡。


 沙織は、そんな編集長を不思議そうな目で見るのだった。


* * *


「まずは、秘密保持契約(NDA)を結んでもらうわ」


 真琴はそう言うと、飲み物が揃ったカウンターの上に書類を差し出した。


 ちなみに、沙織はアイスミルクティーを頼んでいる。


「記事ネタに使っていいもの判断は?」


 景樹が条項を目で追いながら問う。


「原稿を事前チェックさせてください」


 鈴木の方が答えて頭下げる。


「まあ、いいでしょう」


 景樹は懐から取り出したぶっとい万年筆でサインをする。


「……それと、こちらは任意なんですが、受けてくれると助かります」


 鈴木が、もう一枚の書類を差し出す。


 その表紙には、こう書かれていた。


 ――『|深層学習記録使用許諾契約《DLLLA》』。


「……これは? どの程度の記録を、何に使うんです?」


 書類の内容を斜め読みした景樹が、顔を上げる。


「個人情報に関するものは記録しません。使用目的は、よりリアルなNPCモデル構築です」


 鈴木はそう言って、笑った。


「スタッフ総出でやってますが、理系脳ばっかりで、バリエーション出すのに苦労してるんでさあ。なかなか、うまぐいかねえんですよ」


「ふーん、そいつは面白そうだ」


 景樹は乗り気そうな目で、沙織の方を見てきた。


 サインしていいか、という確認だろう。


(これ、私も含まれるのかしら?)


 沙織は、ちゅう、と甘いアイミティーをストローで吸い込む。


 そして、うなずいた。


(ま、いいか)


* * *


 前方に、輪になった虹が輝いている。


 ゆっくりと回転するそれを、沙織はそのまま通過した。


 ふっ、と身体の重みが戻ってくる。


 足の下に、硬い地面の感触があった。


 この硬質さとでこぼこ感は、石畳だろう。


 沙織は、ゆっくりと目を開いた。


 目の前には、中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。


 ログインした先は、噴水のある広場のようだった。


「ここが人類の西の拠点、セレノスよ」


 後ろから声が掛かる。


「もっとも、今は正門広場ゾーンしか実装されてないけどね」


 振り向くと、そこには白いローブを着た短髪の女性が立っていた。


 真琴――いや、今は『マコト』だ。


 耳が長いので、エルフという種族なのだろう。


 顔立ちは現実の真琴そのままで、ご丁寧に青いフレームのメガネまでかけている。


 一方、沙織の方は人間の戦士だった。


 名前は、ベタに『サオリ』。


 装備は初期装備らしき革鎧である。


 そして、なかなかにムキムキだった。


 キャラクターメイキングがよくわからなかったので、規定で選ばれているものを、ぽんぽん押していった結果である。


「メガネがないのは落ち着かないですね……」


 自動視度調整のおかげで、見え方に問題はない。


 だが、それでもやはり気になった。


「そうよねえ、まだプレイヤー装備としては実装できてないの。ごめんなさい」


 マコトは申し訳なさそうに言った。


「それにしても、編集長たち遅いわ……」


 鈴木は調整に残るとのことだった。


 そのため、ここでは景樹と響の二人を待っているのだが、一向に現れない。


 UI上の経過時間を見ると、もう三十分は経過している。


 ゲーム時間は五倍クロックだが、キャラメイクも同じクロックのはずだ。


「三十分も何をしているのかしら?」


「キャラメイクは普通、色々悩むもんなのよ……」


 マコトが、なぜか苦笑している。


「ふーん、そうなんですね。しかし暇ですね〜」


「そうねえ……ちょっとバトル体験してみる?」


「街中でですか?」


「このゾーンは、門の外が初心者用の狩場だから、モンスターを出せるのよ」


 そう言って、マコトは操作窓に手を走らせる。


「ちょっと冒険して、コイツいってみようかしら」


 マコトは口の端を上げると、右手を振り下ろした。


「出でよ! ノール! ポチッとな!」


* * *


 正門の向こう、真っ直ぐ伸びた街道の先に、黒い人影が出現した。


 ソレは出現と同時に天を仰ぎ、鼻をひくつかせる。


 その鼻は大きく突き出ており、人のそれではなかった。


 狗頭の亜人。


 ノールだ。


 やがてそのノールは、こちらに気づいたのか、門に向かって走り出した。


 速い。


 瞬く間に門を越え、広場へ踏み込んでくる。


 サオリは慌てて剣を抜き、盾を構えた。


『ガウッ! バウ!』


 盾で受け止める。


 だが、押された。


 サオリはそのまま後退する。


 獣臭い息が、間近に迫っていた。


「す、すんごいリアルですね〜」


 内心ビビりながら叫ぶサオリであったが、一応はゲーム雑誌の編集者である。


 剣を横に薙いだ。


『ギャン!?』


 脚を斬り付けられたノールは、眼を真っ赤に染めて怒り狂った。


「痛たたっ!」


 振り回された爪が、サオリの腕を掠める。


「えっと痛覚調整は?」


 すげない返事が返った。


「まだ未実装。代わりに、はい、マイナーヒール!」


 淡い金色の光がサオリの傷口を覆い、痛みが引いていく。


「もしかして、これ死んだら……死ぬほど痛い?」


(沈黙)


『バウッ! ワウッ!』


(沈黙)


「……死なせないわ」


「痛いのは否定しないのね……」


 サオリの背中に、冷たい汗が流れた。


(汗までリアルにしないでもいいのに……)


* * *


 『バウッ!』


『バウッ! バウッ!』


 嫌な汗は、嫌な予感を運んでくる。


 ノールの猛攻を盾と剣でなんとか遠ざけていたサオリだったが、そこにもうひとつ咆哮が重なった。


「も、もう一匹湧いた?」


 慌ててそちらに剣を向けて牽制する。


 だが、その背後から、最初のノールの爪が走った。


「きゃ!」


「マイナー・ヒール!」


 マコトが慌ててヒールを飛ばす。


「おかしいわね。一度に湧くのは一匹のはずじゃ……」


 訝しげに門の外の出現(ポップ)ポイントを見やる。


 すると今度は、街道の脇に新たなノールが出現した。


「……わかったわ。ヘビやネズミがポップしていないから、その枠が全部ノールになっちゃったのね……」


 マコトは、ちょっとだけまずいなあと思いつつ、囲まれたサオリにヒールを飛ばす。


 だが、それがもっとまずかった。


 サオリは戦士が初めてで、盾役としての基本である挑発スキルを使えていなかった。


 サオリと切り結んでいる一匹は問題ない。


 だが、他の二匹はヒールに反応して、マコトへ跳ねた。


「ちょ! きゃあ!」


 体当たりを喰らい、マコトは跳ね飛ばされる。


 サオリは慌ててそのノールたちの背中を斬りつけ、なんとか引き戻した。


 だが、マコトは気を失ってしまったようだった。


「マコトさん? ど、どうしよう……」


 さらに、門の前に人影が増える。


 サオリは、目の前の三匹で手一杯だった。


 ここにもう一匹追加されたら、死を待つのみである。


(死んだらゲームオーバーかしら? ちょっとだけ悔しいわね)


* * *


 門前に出現したのは、銀の鎧だった。


 ノールではない。


「ほっほっほっ! 助太刀致しますぞ、サオリ殿」


 銀光が走り、ノールの背を斬りつける。


 さらに、くるりとターンを決め、大上段に剣を振り上げた。


 口元でカールした髭が揺れる。


「響……さんなの?」


 どうやら、特殊なアバターで入ってきたようだ。


 頭上には、『セレノンティス』というネームタグが浮いている。


「はっはっは! セレノスの切り札とは、私のことであります!」


「ここの開発陣、人の話を聞かない人ばっかね……」


 サオリは呆れつつ、目の前のノールと切り結ぶ。


 なんとか一匹を倒し、残り二匹を二人で分担する。


 それぞれ、残りのノールを削りきれそうだった。


 終わりが見えた。


 サオリがそう思い、ほっとした時だった。


 門前の初心者用フィールドに設けられたモンスター出現(ポップ)ポイントに、一斉にノールが湧いた。


 その数、ゆうに十数匹。


 ソレらは赤く光る目で、サオリとセレノンティスを睨みつけた。


* * *


「ぬおおお!?」


 一匹を削りきったセレノンティスこと響だったが、多勢のノールたちに囲まれて、瞬く間に光の粒子と化した。


「ぬう、無念であります……」


 そして、ノールたちは一斉にサオリの方を向く。


 赤く濁った眼が、サオリの脚を地面に縫い止めた。


「うーん、初回バッドエンドかあ〜、残念」


 剣を構えてはみる。


 だが、どうにも心許なかった。


 先頭の一匹が、爪を振り上げて襲いかかってくる。


 サオリは盾を前に掲げ、思わず目をつむった。


 盾は弾き飛ばされ、無数の鋭い爪や牙に身体が裂かれる。


 そう思った。


 だが。


『ギャン!』


 上がった悲鳴は、ノールのものだった。


 サオリは恐る恐る目を開ける。


 倒れたノールの額には、十字型の手裏剣が刺さっていた。


「忍法・影縫い!」


 一斉に襲いかかろうとしていたノールたちの動きが止まる。


 よく見ると、それぞれの影にクナイが刺さっていた。


 棒立ちのノールの間を縫うように、小柄な影が奔る。


 なんと、ショッキングピンクの影だった。


「我は、闇に潜み、影に生きる者……参る!」


 目に痛いほどの色彩の残像を残して、影が分裂する。


「忍法・影分身!」


 五体に分身した影は、赤、青、緑、黄色、ピンクと五色の忍び装束をまとった――ウッドエルフの少女たちだった。


 全員が一斉に、背中の刀を抜く。


 短めの直刀。


 鍔が妙に大きい。


 忍者刀というやつだろう。


「忍法・華厳の太刀!」


 縦一閃に振り下ろされた刀が、ノールたちを光の粒子に変えた。


「忍法・白糸の太刀!」


 残りのノールも、曲線を描いた太刀筋で倒されていく。


 残ったのは、サオリの前の一匹。


『バウッ! ガウウゥ!』


 身を捩って暴れるうちに影が動き、クナイが外れる。


「わ、たっ、たっ!」


 サオリはなんとか盾でいなす。


 いつの間にか分身を解いたピンクの影が、前に出た。


 青眼に構えた刀が、ノールの動きを牽制する。


 しかし、ノールは構わず爪を振るう。


 小さなピンクの影は、一撃で引き裂かれそうに見えた。


 思わず飛び出そうとするサオリだったが――。


「忍法・木の葉隠れの術」


 どこからともなく吹いてきた風に、木の葉が舞い、ピンクの影が薄れる。


 ノールの一撃は、木の葉を数枚引っ掛けただけに終わった。


 ノールはキョロキョロと、見失った影を探す。


 上だった。


 空中でくるりと回転した影が、刃を振り下ろす。


「忍法・飛瀧権現!」


 最後のノールが、縦真っ二つに唐竹割りとなる。


 その光の粒子が薄れるまで、ピンクの少女は自慢げに両手を翼のように広げたポーズを決めていた。


* * *


「編集長……ですよね?」


 サオリは、決めポーズ中の少女を眺めて言った。


「ど、ドキッ!」


 ピンク忍者は振り向くと、ぶんぶん首を振った。


「我は、シャドウ・メープル! 編集長などではない!」


 そう言い置いて、去ろうとする。


 だが、白いローブにドンっと突き当たった。


「あらら、上級職の解放はまだのはずなのに……」


 目を覚ましたマコトだった。


「いや……その、ジョブ選択にはなかったけど、手入力が出来て……」


「さっすが『バグ活』の皆さん! バグ出しが捗りますわ!」


 マコトは、ポンと手を叩いて喜んだ。


「やっぱり、編集長じゃないですか〜。こんな可愛らしい格好して〜」


 筋肉戦士サオリが、ピンク忍者の背中をバンバンと叩く。


「仕方ないだろ、くノいちしか選べなかったんだ……って違う、編集長って誰だ? 我はシャドウ・メープルだっってんだろ!」


 可愛らしい叫声が響き渡り、石畳に吸い込まれていった。


 作りかけの街が、少しだけ本当の街の賑わいに近づいたようだった。


(おわり)


――閑話:月刊バグ活用テクニック あとがき


 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


 EOFデザイナーの神楽坂響です。


 次回の『マジチー』は、本編を来週火曜日のお昼頃に投稿予定とのことですぞ。

 闇駆ける大盗賊の財宝を示す、いにしえの地図が見つかったとか。

 そちらも読んでいただければ、これに勝る喜びはありません。


 もし少しでも楽しんでいただけましたら、ブクマや★で応援だけでもしていただけると、大変励みになります。


 さて、今回の件ですが。


 統括がポップテーブルを一括で書き換えてしまったため、その後始末はなかなか骨が折れました。


 新人の西本君と二人で、すべて手作業でしたぞ。


 うん、これで全部かな?


 本番運用でセレノス門前にノールが出現したら、まさに地獄の釜の蓋が全開ですからな。


 それにしても、伯父貴のセンスは素晴らしかったですなあ。


 可憐なくノいちがノールの一団を殲滅するなど、まさに魂震える天上の超絶技巧(ヴィルトゥオーゾ)


 いやはや、見事な独奏でありました。


――神楽坂響


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