第六十二話:真偽・女神転生
──火星の衛星・フォボス、観測室。
監視者A「……神性反応、地表に発生」
監視者B「観測地点:ニューセレノス」
監視者C「そや、大きな依代が出来たやんけ」
監視者D「セッちゃんのですか?」
監視者C「真なる女神に不敬やで」
監視者D「先輩も散々、チビ神とかチョロいとか言ってたじゃないですか」
監視者C「大きなセッちゃん、楽しみやな」
* * *
南の大陸の玄関口、ニューセレノス。
セレノスの名を冠しているが、その実態は、小島に設けられた仮設キャンプである。
しかし、ふたつだけセレノスに負けないものがあった。
島を取り囲む白亜の防護壁。
そして、巨大な女神像である。
特に女神像は、本家セレノスでは失われて久しい。その威容は、本土から多くの参拝者を呼び込んでいた。
そして今、定期船が帆を降ろし、桟橋に寄り添う。
「おお、見でみろ、兄さ。やっぱでっけえど」
船の上で感嘆の声を上げるのは、バーバリアンの女性プレイヤー、ベルウッドだ。
「…………zzZZ」
「やっぱり、舟漕いでらったんかい。置いでぐぞ」
呆れたベルウッドに、船長が声をかける。
「あはは、定期船で舟を漕ぐとは、まっことおもしろいお方じゃ。スカウトしたいくらいぜよ」
船長は愉快そうに笑った。
「兄さんの面倒は任せちょき。おまんは観光してくるとえいぜよ」
「すまねえなあ」
ベルウッドは頭を下げ、桟橋に降りた。
桟橋には先客がいた。
ダークグレイのローブをまとい、肩に小さな黒山羊を載せた男性。魔術師のコーサクだ。
その肩にいるのは、袈裟まで着込んで妙に悟った黒山羊、ゴーちゃんである。
「あ、ベルウッドさん、これは奇遇ですね」
コーサクが腰を四十五度折って頭を下げる。
『わわ、落ちるメー』
肩にしがみついて、ゴーちゃんが落下を堪えた。
『コーサク、我がいるのを忘れてはいかんメー』
「あ、すみません」
どうやら『ルーイン・ゴート』で寝起きするうちに、仲良くなったようだ。
「コーサクさん、ゴーちゃん、久しぶりだねえ。そっちも観光だべか?」
ベルウッドは微笑ましく彼らを眺めて挨拶を返したが、もう一人先客がいることに気がついた。
この熱帯の大陸にも関わらず、銀の鎧をきっちり装備し、背中には三日月の意匠が施された小さな盾を背負っている。
「あれは……」
ベルウッドにも見覚えがあった。
セレノス神殿のNPC、信託の巫女、デルフィーネである。
「NPCも観光するだべか?」
* * *
「ああ、なんと凛々しいお姿! 久方ぶりの謁見にこのデルフィーネ、感謝感激感涙雨あられですわ!」
――観光だった。
デルフィーネは胸の前で手を組み、巨大な女神像をうっとりと見上げている。
「あら? 貴方たちは坊やのお友達の?」
気づいたデルフィーネが、ベルウッドたちへ振り返った。
「あ、はい。魔術師のコーサクと申します」
コーサクは丁寧に一礼し、名前が書かれた白銀比の紙片を差し出した。
「あら、これはご丁寧に……その肩のは?」
デルフィーネの視線が、コーサクの肩へ向く。
『わわわわ、我は……ただの黒山羊のぬいぐるみでありますメエェ〜』
ゴーちゃんは背中に冷たい汗を流しながら答えた。
「おしゃべりさんのぬいぐるみとは、珍しいですねえ」
デルフィーネは特に疑う様子もなく、にこにこと頷いた。
「わだすは、バーバリアンの戦士、ベルウッドっていうだよ」
ベルウッドも軽く頭を下げる。
「おっきいですのね」
デルフィーネはベルウッドを見上げて、目を丸くした。
「大きいといえば、あの女神像は立派ですな」
コーサクが女神像を見上げる。
「もっと近ぐさ行って見でみるべさ。デルフィーネさんも一緒に行がねすか?」
「喜んでご一緒しますわ。ああ、セレネ様! 楽しみでしかないわ……」
一行は女神像の足下を目指して、ぬかるんだ地面を慎重に進んだ。
* * *
「これじゃない……」
女神像の足下で、デルフィーネが崩れ落ちた。
「どうしたべか? わだすには立派な神さんに見えるけっど……」
ベルウッドがオロオロする。
「違うのよ! 持ってる剣は両手剣だし、そのくせ盾も持ってるし、御尊顔も微妙だわ……(※以下滔々と指摘が続く)」
ベルウッドとコーサクは、思わず引き気味になる。
『これは、手抜きだメエ〜』
「そうなのよ! きっとドワーフに発注しなかったんだわ……こんなの偽物よ!」
「じゃあ、どうすっぺか?」
ベルウッドが首をひねる。
「とりあえず、街……キャンプの人たちに話を聞きましょうか?」
コーサクの提案で、ベルウッドとコーサクは聞き込みを開始した。
* * *
ベルウッドは、まず近くでテントを張っている男に話を聞いた。
「女神像? テントしかない状態なのに、資材はどうしたんだろうな?」
次は、たこ焼きの屋台だ。
「女神像? そういえば、ここに商売を始めた晩にはなかったが、翌朝には出来てたな」
その次は、射的屋のノーム。
隣には、黒髪を結い上げた長身の女性が立っている。
この暑さの中、キッチリ和服姿なのに汗ひとつ見せていない。
「女神像? わしは何も知らないぞ」
「わちきも、資材の手配など、なあんにも存じんせんえ」
最後は、焼きそばパン屋の、ちょっと耳が尖った丸メガネの店主だった。
「女神像ですか? 銀行から融資を受けられなかったと聞いております。あんな立派な物が出来たのは不思議ですな」
ベルウッドは首をひねる。
「お金さながったのに、なして一晩で出来だんだべか?」
ベルウッドは店主に礼を言うと、女神像へ足を向けた。
* * *
――桟橋の船上。
「zzzZZZ……」
「まっことよく寝るのお……ん?」
船長が、立ったまま眠り続けるユメゾウに感心していると。
「誰ぞおるがか?」
船室に入る扉の横。並んだ樽の後ろから、小さな影がちょこんとのぞいた。
「わたしだのわね!」
白いワンピースを翻して、両足で甲板に踏ん張る少女。
セレノスの小さな守護神、セレネだった。
「なんと、セレネ様かえ? セレノスを離れても、かまんがか?」
「ちょっとくらい、だいじょうぶなのよね」
セレネはニューセレノスの方を指差した。
「新しい街を見学……いえ、加護を与えなければなりません」
声が変わった。
凛とした鈴の音のような響き。
その影は、甲板に長く伸びていた。
「そりゃあ、まっことご苦労なことじゃけんど……」
船長は、自分より背が高くなった女神を見上げた。
「子供料金はタダじゃけんど、大人なら20pp、きっちり払うてもらうぜよ」
船長はニヤリと笑いながら、神に請求した。
* * *
再び、女神像の足下。
「なるほど、粉飾決算の匂いがしますね……」
ベルウッドの話を聞いて、コーサクが唸る。
「融資がなくても、十分な資金を提供したはずです」
崩れ落ちていたデルフィーネが、コーサクを見上げた。
「これは誰の所業でしょうか?」
立ち上がった巫女は、月下の騎士に似つかわしくない炎のようなオーラを揺らめかせていた。
「さっきのお話、あからさまに怪しいのがいますが……」
三人と一匹は、屋台の立ち並ぶ一角に向かった。
「あんれ? ここに射的屋があったはずだげんどな」
「逃げましたね……」
「逃げたということは、そ奴らが犯人という事ですわね」
デルフィーネが、わなわなと肩を震わせる。
『お、落ち着くメエ〜』
彼女のオーラが強くなり、ゴーちゃんはコーサクの後ろに回り込み、フードに潜り込んだ。
デルフィーネの怒りが頂点に達しようとした時。
雷鳴が響いたかと思うと、突然大粒の雨が島を包み込んだ。
「スコールの時間ですぞ! こちらへどうぞ」
焼きそばパン屋の主人が、庇の下に誘ってくれた。
だが、一行は一瞬でずぶ濡れであった。
「服乾がす魔法どが、ねえべか?」
「残念ながら、私はまだ魔法を覚えておりませんで……」
「ほんに? 魔術師なのにが?」
「いやはや面目ない……」
『隣で炎が渦巻いてるから、すぐ乾くメー』
鉄板ではなく、銀の鎧が炎のようなオーラを揺らめかせていた。
* * *
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【PROMPT FOR DELPHINE】
あなたはセレノス神殿の神託の巫女です。
女神セレネ・エテルナへの信仰は絶対です。
信仰の守り手たる聖騎士でもあります。
弱き者、小さき者を庇護し、慈愛を与えなさい。
強き者、大きな者を制し、なだめなさい。
悪事を働く者、罪を重ねる者を懲らしめ、罰を与えなさい。
女神と共に正義を遂行するのです。
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(……絶対……悪事……罰?)
デルフィーネの中で、何かがズレていく。
(悪者……懲らしめ……逃げた……居ない……)
腰の剣に手が伸びる。
(罰を与える……誰に?……居ない……誰に?)
(誰に? 誰に? 誰に? 誰でもいい?)
炎のオーラが、一際大きくなっていった。
* * *
苺模様の財布をはたいて、なんとか運賃を払って船を降りたセレネは、女神像の前にいた。
地面をえぐる弾丸のような雨粒も、彼女の周りには落ちない。
「ほほう、セレノスの依代と少し違うが、大きいのは良いのお……小さいと色々不安じゃからのお」
セレネは両手を掲げる。
「まずは、依てみるかの……」
安っぽいメッキが、薄い黄金の光を放つ。
目を閉じて、島を見下ろしていた像の顔が天を仰ぐ。
目が開き、瞳が揺れる。
足下に、セレネの姿はなかった。
(おお、なんと羽根のように軽い素材じゃの。おごったのお)
聖金属類で出来ていたかつてのセレノス神像より、手足が軽々動く。
少し楽しくなってきたセレネは、大きく伸びをした。
豪雨の中、人々からは、急に神像が大きくなったように見えた――。
* * *
あの偽女神像が、雨の中、影を伸ばし動き出した。
(あれ……あの偽物……悪い?)
だが、腰の剣を抜いたところで、巨像には届くまい。
(大きい……もの……制する……)
デルフィーネは、コーサクとベルウッドに視線を戻した。
(大きい……)
「デルフィーネさん、どしただ?」
ベルウッドが、ただならぬ雰囲気を感じて後ずさる。
「……でも、足りない」
視線は、コーサクの背に向かう。
「大きな力を感じるわ……その力……」
『ちょ、やメ〜て〜』
ゴーちゃんの毛が逆立つ。
デルフィーネは剣を抜き放った。
「その力、奉納なさい!」
雷が、掲げた剣を直撃し、辺りは白に染まる。
雷鳴が轟き渡り、雨音を蹴散らした。
光が薄れ、音が止んだあと――。
巨大な黒い影が屹立していた。
漆黒の鎧の騎士。
整った顔立ちは柔和なデルフィーネのものだったが、その頭部からは二本の捻じ曲がった角が伸びていた。
巨大騎士は剣を掲げ、咆哮を上げた。
視線の先には、女神の巨像。
「偽女神像! 成敗致す!」
聖魔混淆の鎧は、その一歩を踏み出した。
* * *
(……なんじゃ?)
雨の向こうから、黒い巨影が迫る。
咄嗟に上げた剣が、黒い剣を受け止めた。
(重っ! これは両手剣ではないか?)
とはいえ、幅広の両手剣は、相手の剣戟を受け止めるに十分な頑丈さだった。
左手の盾も構えて押し返す。
「どこの邪神か? 顔を見せてみよ!」
依代の表面が光を強め、雨粒がセレネの周りを避けるように円弧を描きつつ落下する。
それは、水で囲われた円柱のようだった。
天から一条の光が差し、巨影を照らし出した。
(デルフィーネ!? ……に角?!)
黒剣が地を這い、掬い上げられる。
「お逝きなさい! 月下転生!」
黒い刀身が淡い光を帯び、天に向けて走る。
セレネ神像の左腕が、盾を持ったまま斬り飛ばされた。
飛ばされた腕は光の粒子となって消え去り、盾は屋台村の側のぬかるみに突き刺さる。
(ぐうぬうう……強度は今ひとつなのね……)
よろめき下がるセレネ。
片腕に両手剣。
軽い身体に重い武器。
わずかな違和感が、大きな隙となる。
剣を盾にするも、片腕では容易にバランスを崩され、左右の連撃に対応出来ない。
「削れなさい! 偽者!」
デルフィーネの剣が、徐々に速く、強くなる。
「壊れなさい! 偽者!」
そして、渾身の一撃が繰り出される。
「真・月下散華!」
* * *
屋台の脇に、巨大な盾が突き刺さっている。
「うへえ、まるで南海の大怪獣ですね……」
コーサクが見上げて言った。
「ゲソとかスルメやアタリメが戦うやつだべか?」
「それ全部イカです……というか、ベルさん、結構お年です?」
「ノーコメントだべっ! それより、あれなんとかならねが? こん島、めちゃくちゃになっちまうべ」
今も、デルフィーネの振るう剣が、勢い余って島の防護壁を砕く。
「うーん、真と偽……倫理演算ですね。真と偽を足せば真……真と偽を掛ければ偽……この場合、掛けるとは?」
コーサクは、デルフィーネの頭の角を見上げる。
「あの合体、ゴーちゃんの意思は無さそうですね……力だけ使われてるから論理和になってる?」
「ロンリーワニ? なんだべ?」
「えっと、とにかく、ゴーちゃんを起こしてみましょう」
「わがったっす! 角を殴れいいんだべ?」
「そっちは理解が早いんですね……」
ベルウッドは背負っていた二振りの斧を抜いて構えた。
「ダブル・トマホーク! だべさ〜っ!」
後方から、ねじくれた角目掛けて斧が飛んだ。
凄まじい勢いで回転した斧は、両方とも狙い違わずヒットする。
「どうだべっ?!」
* * *
「真・月下散華!」
剣閃が三日月の軌跡を描く。
――が!
セレネの両手剣も跳ね上がる。
「神・月下散華!」
三日月に三日月がぶつかる。
同じ技ならば、頑強な両手剣に分があった。
デルフィーネは剣をはね上げられて、たたらを踏む。
そこに、更なる衝撃が重なった。
ガキンンッ、キンッ!
二本の斧が角を直撃し、片方が途中から折れる。
『グおオおオっ!』
うずくまるデルフィーネ。
「ひん? へっかへんへ?」
続けざまの衝撃で、舌を噛んだようだ。
『痛いメー!』
折れた角を押さえて、別の声も漏れる。
「へれねへま?」
『痛いメー!』
「へんもの?」
『痛いメー!』
うずくまった巨人騎士は、小さくなっていき、黒山羊と巫女に戻った。
ただ――角だけが折れたままだった。
『痛いメー!』
* * *
「もうひわへほざいまへぬ!」
もう動かなくなった片腕の女神像に向かって、ぬかるみに五体を投げ出して土下座するデルフィーネだった。
後ろでは、ベルウッドとコーサクが女神像を見上げている。
「片腕の女神像も絵になりますね」
「んだ、剣を天に突き上げでるとこが、かっこええだ」
『痛いメー!』
コーサクの肩で、まだ涙目のゴーちゃん。
「ほんにすまねえな、しょうがながったんだ」
そう言って、黒山羊の頭を撫でるベルウッドだった。
女神像には、もうセレネは宿っていなかったが、デルフィーネは暗くなるまで土下座を続けたという。
* * *
──再び、火星の衛星・フォボス、観測室。
監視者A「……神性反応、船上に移動」
監視者B「苺財布の内部3cpですが渡航可能でしょうか?」
監視者C「また、ちっちゃくなっとるから大丈夫やろ」
監視者D「ああ、子供無料でしたっけ……」
監視者C「でも、神さんの財布事情、厳しいな」
監視者D「賽銭少ないんですかね?」
監視者B「女神像消失後のセレノス神殿は参拝客激減ですから」
監視者C「ニューセレノスにも賽銭箱おかなあかんな」
監視者A「……タグ付与、#女神お小遣い制度破綻」
(おわり)
――第六十二話 あとがき
最後まで読んでくださってありがとうございますメー。
痛みでチャクラが開きそうなゴーちゃんだメー。
次回の『マジチー』は、今週金曜日のお昼頃に閑話を投稿予定だメ〜。
そちらも読んでいただけると嬉しいメー。
もし少しでも楽しんでいただけたなら、ブクマや★で応援だけでもしていただけると、とても励みになるメー。
デルフィーネも、ベルウッドも、コーサクも、みんなペコペコ謝ってくれたメー。
でも、折れた角は戻ってこないメェ……。
自慢のチャームポイントだったのに、これからどうしたらいいんだメェ……。
それに、我は知っているメー。
デルフィーネは、あんなに落ち込んでいたのに、翌日にはコロッと忘れて観光を楽しんでいたメー。
昨日までなかったノームの露店で、妙に出来の良い木彫りのセレネ様(小)根付けを買って、ご機嫌だったメー。
うう……まだ、ちょっと痛いメェ……。
──ゴーちゃん




